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兄離れ

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「君は私を指名なのか」
その横では呆れ声のロバート殿と向かい合わせに立つデニスがほくほく顔だ。
ロバート殿より一回り大きく年は近いが、ひとつ年下の19才。
茶色味のかかった金髪と薄いアイスブルーの瞳。
体格と戦闘センスの良さから若くして前衛を担う男だ。
伯爵家の四男坊で、能力は高いが何かと反抗的で担当の上官が手を焼いている。
整っているのに雄々しすぎる見目と自信家な態度から柔和な優男を好む若い貴族女性には好かれていない。
そのせいか元々の趣味なのか庶民の小柄な男相手を好むと聞いていた。
そうと聞くのに、男らしくそれなりに大きな体格のロバート殿を望むのが意外で何のつもりかと目を見張る。
表情から察するに惚れているというより上位貴族のロバート殿にかしずかれたいと考えてるのが伺えた。
高位貴族の嫡男相手に図々しく令嬢扱いで声をかけてキスを迫っていた。
酔っているとは言え馬鹿な奴と呆れて見ていたら、ロバート殿が笑みを崩さず手を顔に触れる手を軽くはたき落とす。
「欲しければこれだ」
腕を軽く曲げて前に出して見せるとすぐに樽の前に移動した。
賞金にならないじゃないかとデニスが文句を言うとにやっと笑って鼻を鳴らす。
「私より強い男ならもっとその気になる。キス以外も楽しませようか?勝てば賞金もベアードと同じ額をつけよう」
自信がないなら子供のように頬へキスしてやろう、といつもと違って不敵に笑みを浮かべ手招きをする。
下心に生唾を飲んで挑戦に乗った。
樽の上で手を組み合う。
「君が私を好むのは知らなかったよ」
目を細めて穏やかに微笑むとデニスは年下特有の生意気な態度で笑った。
「自分の身分で、こんなことでもないとクレイン辺境伯のご嫡男と話す機会なんかありません。ロバート様はご存じないでしょうが、結構人気あるんですよ?親達がクレイン伯の話をするんで」
「へぇ、どんな?」
「一世を風靡した色男って。なのに先の陛下の不興を買って巻き込まれたロバート様はお可哀想に。だとしても、何でそんなに親の影に隠れてるんですか?地味にすることないのに。クレイン伯と張るくらい良い線行くと思うんですよねぇ」
「目立つの嫌いなんだ」
勝ち気な物言いに苦笑いをしながら答える。
「…へえ、嫌いですか。苦手の間違いじゃなくて?クレイン伯に比べられて自信がないとか?親がすごいと子供は苦労しますからねぇ。派手な妹様もいますし、影の薄さに同情しますよ」
「君、本当は私のこと嫌いなんじゃない?」
困ったなぁと眉を下げて笑うとその余裕さが癇に触ったらしく笑みを張り付けたまま、じろっと一瞬睨み返した。
「はは、そんなまさかぁ。そんなことないですよ?」
お互いに笑顔を絶やさないが絡んだ視線から火花を散らす。
「お喋りはもういいですかい?そろそろ始めますよ」
イグナスの采配にロバート殿が笑顔で空いた手を振る。
「私はいつでも構わないよ」
「…本当に余裕そうですね」
負けて泣かないでくださいよと嘲笑を漂わせたデニスの挑発にロバート殿はふふ、といつもの柔らかい含み笑いで返す。
先程と同じように二人の間に垂れ幕で遮られ開始の声と共にばさっと引き上げられる。
お互いに強化をタイミングよくかけたが、笑みの消えたロバート殿が一瞬で樽を肘で割りながらデニスを地面に強く叩きつけた。
「ぐあっ!」
転がされて肩を殴打した衝撃で叫んでいる。
「すまない。大丈夫か?」
うずくまったデニスへ静かに問いかけ、しゃがむとうつ伏せた頭に顔を寄せる。
「有名な父のおかげでね。こういう小バエが集るから嫌なんだよ。払うのも手間だ」
こっそりと小さく囁いた。
「う、くっ」
悔しそうにロバート殿を睨むが肩の痛みで動けない。
あの様子なら折れたなとひとりごちた。
「デニス、賞金は残念だったね」
優しげな笑みのまま立ち上がってそう言うと手を軽く上げて、直ぐ様クレインの団員らがその場から連れて離れた。
こちらへロバート殿が寄って来て怪我人を出して申し訳ないと謝ったので、首を横に振った。
「人員が減るのは困りますが、あれは自業自得ですね。むしろうちの者が不躾な態度で申し訳ない」
職務外の怪我だから補償も出ない。
舐めてかかるからだ、あの馬鹿、と心に留める。
団体の討伐に専念していたが、エドと変わらない力量だと言うのに。
見る目のなさにため息をこぼす。
尻尾をぐっと引かれて背後を見るとエヴが尻尾を抱き締めて私の後ろに隠れていた。
「エヴ?」
ロバート殿と私の立場が逆転して二人で眉をひそめる。
「どうした?エヴ、お兄様だよ?」
ロバート殿が問いかけるのに尻尾からチラッと顔を出して不安そうにしていた。
「お兄様、もう酔ってません?」
「え?まあ、多少残っているけど、」
「じゃあ、嫌です。寄らないで」
鋭い叱責にロバート殿がぴしりと固まっている。
「エヴ?なんで?そんなこと言うの初めてじゃないか?」
「怖いもん。やだもん」
ますます私の背中にぴったり引っ付いて頑ななエヴにおろおろとするばかり。
覚えてないのかと先程の件をこっそり耳打ちした。
「…嘘ですよね?」
「…本人に尋ねてみたらどうですか?それかトリスに」
私とトリス、エヴがロバートを囲んでいたので回りには見えていないと思う。
遠目から様子を伺っていたブラウンも気づいた気配はなかった。
「エヴ!ごめん!許してくれ!」
エヴに聞かずとも私の告げた内容が真実と悟り、慌ててエヴに頭を下げていた。
「怒ってないけど、困ってます。もうしない?」
「しない。約束する。エヴに嫌われたら死ぬよ。もう、酒には気を付ける。本当にごめん」
頭を抱えて肩を落とす姿にエヴが首をかしげて困っている。
「お兄様は大好き。…仲直りする?」
「する」
「はぁい」
自分からロバート殿に近寄って胸にぎゅうっとしがみつく。
ほっとしたロバート殿が抱き締めていつものように顔にキスをしようとしたらエヴが顔を片手で押し返した。
「なんか嫌。しないで、お兄様」
「く、」
エヴがじろっと睨むと悔しいのか悲しいのか判断に悩む表情で悶えていた。
「…仕方ないなぁ。…私が悪い」
もうキスはさせてくれないのかと問うと、むすくれた顔でとりあえず今は嫌と簡潔に答えた。
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