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獣人

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そのままジェラルド伯と連れだってクレインの陣営に向かった。
鍛練場にはガードの率いる部隊がクレインと混ざって得物を使った組手をしていた。
「うちの部隊はいかがですか?」
「ベアードからかなり熱心と聞いてます」
こちらに何人か気づいて頭を下げるがまだ終了ではない。
続けているとクレインの個々の独特な武器と剣術に翻弄されていると見て取れた。
他の部隊なら力のごり押しで行けそうな所も少々華奢なガードの部隊は小技にあしらわれ苦戦している。
「今は個々の組手ですが、団体だと変わりますか?」
私兵団と自警団の混じった組手を眺めた。
「クレインは団体を重視してますから、そちらの方が難しいかもしれません。人相手の拿捕などは自警団の方が慣れてます」
意外に思ってジェラルド伯の顔へ目を向けた。
「賊の討伐は私共が向かう前に地元でやってしまいますから、私兵団の出る幕はそうそうありません」
領内を巡回は魔獣の間引きと自警団の底上げに訓練を見て回ることが主だそうだ。
奥方の団もそれを担っているそうで交代で本邸に残って動くのが常だと説明をする。
「クレインへ罪人を放逐する馬鹿がいますから」
隣国を含めて隣り合った領地に二ヶ所、刑法としてクレインに罪人を流してくるそうだ。
やめるように告げても古い法律だからと言い訳に変えようとしないと不機嫌に答えた。
「おかげで人材は豊富ですがね。あそこで槍を構えている獣人達の多くは他領から放逐された罪人です。ここで役立つなら放免する約束で自警団に勤めてます」
目を向けると一角に狐や熊などの複数の獣人が槍を片手に立ったまま休憩していた。
「よく手なずけましたね」
草食なら分かるが肉食の獣人は扱いづらいことで有名だ。
動物の本能が強く気難しい一面を持っている。
王都に獣人専門の兵団があるが個々の能力は高くとも、統率が難しいことから解体の憂き目にあっている。
黒獅子の派兵の直前に人材の引き取りをあちらの団長から打診が来ていたと思い出した。
「よそに比べて差別がないからでしょうね。クレインはむしろ異能者の彼らを歓迎します。仕事も婚姻も自由ですし、移り住むのも自由にさせています。私共にとって種族など些細なことです。災害や魔獣の前では身分も種族も関係ありません」
うちで扱うかもしれないという懸念からジェラルド伯に団員として扱うコツはないかと尋ねるとないと答えた。
「能力だけを見るなら私兵団に組み込みたいのですが、彼らの多くは一人行動を好み気ままです。群れでボスに従う気質の獣人を除外すれば、熊や狐、猫科の者は目の前に強者がいなくなった途端にもとに戻ります。チームにリーダーを置けばまだましかと」
勝手に抜け出したり昼寝をしたりは日常茶飯事だと話す。
「見張りや護衛といった業務は全く任せられません。事前に集合を伝えても散り散りにどこかに行って時間通りには集まりませんし、唯一、襲撃の鐘が鳴ったら広場に集まることが出来るだけです」
そんな扱いづらいなら私も引き取る気がなくなる。
「普段、彼らはどうやって日銭を稼いでるんですか?王都でも肉食獣人はなかなか仕事がなくて強盗や盗賊に身を落とすのに」
「熊獣人の多くは養蜂業をしてます。好物ですし、蜂に襲われても平気だそうです。狐は漁業や簡単な狩りをして生計を立ててます。街の近くの森に住むので緊急時は狼煙を上げて危険を知らせます。猫科も狐と似たようなものですね。しかし女性に好まれる性格してるので大半はヒモだと報告がありました。それでも職にあぶれたものはうちで雇います」
「話を聞く限りでは扱いの難しさを感じます。彼らに何か出来ますか?」
「色々試して分かったのは、猫科は意外と行動範囲が狭くて小さな家屋の警護は好むことですね。本邸と別宅、他にいくつか所有している孤児院や治療院の巡回を任せてます」
「共通点は好きに動けて自由に昼寝が出来ることですか?」
「ええ、私兵団には向きません」
ほら、と促されるので向けた手の先を見ると勝手に組手をやめて昼寝を始める彼らの姿があった。
「あれで揉めませんか?」
「揉めますよ。今は気質と理解する者が多くてましです。その代わりと言ってはなんですが、獣人には前衛を義務付けてます。後衛で指示待ちは苦手なのでちょうどいい。しかしそちらに貸し出すのは憚られると思いこちらで使ってます」
他にも細かく尋ねて興味を持つ私に不思議がりなぜかと問う。
「うちの団に獣人の部隊を引き取るかもしれないのです」
「…それは難儀ですね」
事情を話すと、とうとうですかとあっさりした反応だった。
「設立は先々代より以前、サイや象の大型草食の兵団でした。あとから肉食獣人を増やして統率が利かなくなり評判が悪くなったとか。うちも父の代から獣人を使う機会が増えて昔の資料を漁りました」
気質の違いをどう扱うか話しているうちに鍛練は終えたガードが寄ってくるので軽く手を上げて挨拶をする。
話の間、暇をもて余したエヴは私の尻尾を掴んで待っていた。
ジェラルド伯は気づいていないし、私は匂いが付くのが嬉しいので構わなかった。
場所を移してガードとクレインの専門をまとめるクダニが呼ばれた。
二人も経験は浅いとは言えエヴ達の火力に納得し、参加を前提に打ち合わせを進める。
必要事項と懸念を確認して明後日の討伐を決めた。
エヴ達の知識不足はガードとクダニ、それぞれに任せて私とジェラルド伯はお互いの勤めに戻ることにした。
「では、また夜にお待ちしてます」
ジェラルド伯にそう声をかけると軽く会釈をして楽しみにしていると目を細めた。
「ワインと蒸留酒の樽をそちらへ運ばせました。二十で足りますか?」
「は?」
「こちらからの差し入れです。念のためにあと10樽増やしましょう。ベアードとダリウスで4樽は飲みますからねぇ。私とロバート二人で1樽ですし、うちは酒豪が多い」
国内外の領地に赴き、こうやって酒の差し  入れを貰ったことはあるが数がおかしい。
今夜で飲み干す量じゃない。
私の固まった顔を見て察したジェラルド伯が、ふふと笑った。
「有事と言うことで何かと自粛ですからね。最大の貿易相手である隣国への流通も止まってしまって経済が回らない。その対策のひとつにこの辺りの酒蔵の酒は我が家で買い上げてます。そちらにはお礼を兼ねて多めに振る舞おうと思いまして。お気に召してご注文される場合は自警団のイグナスが対応します。お気軽に声をかけてください」
「ありがたく頂戴いたします」
「娘のことは別として、今後を含めた日頃の感謝です」
販路の拡大ついでに早く隣国への道を開通をさせろとせっつかれた。
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