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愛娘

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側にいたアグネリアもイグナスとの別れがすんだようだ。
トリスとモルガナも、互いに声を掛け合っている。
「アグネリア、お前が欲しがっていた故郷の刀が手に入る。本邸に届けさせるよ」
「大きい奴?小太刀ならいらないけど」
「任せろ。鬼人の持つかなりでかい大太刀だ。太くて立派な奴を見つけたと連絡があった。金に糸目はつけねぇ。お前の里で確認した本もんの名工の作だ」
「嬉しい。鋼の材料がこの大陸では手に入らないから新しく作れなかったの」
壊したくないから飾りたいと言うとイグナスがにんまりと笑う。
「旦那様のおかげで輸入の目処も立った。修繕も可能だからな。好きなだけ振るえよ」
ついでに清酒も届くと言うと酒好きで有名な鬼人は喜色に浮き立つ。
「いいのに。ドワーフの火酒も好きだから、わざわざ遠くの酒まで。お金もかかるから」
喜んだことが恥ずかしくなったのか顔を隠してイグナスに小さく文句を言うとそれさえも嬉しいとイグナスは相好を緩ませる。
「そんな嬉しい顔してるくせに可愛く遠慮するんじゃねぇよ。だいたいどんな酒があったってお前と飲めなきゃ意味がねぇんだ。俺らがここをどうにかしてやる。任せておけよ?お前はそっちを頼むぜ」
「うん。領内の討伐は任せて。ここより大きさも個体数も軽いから私達で動ける。奥様の守りもしっかりやるから」
お互いの無事をそれぞれが願う。
拷問を得手としたアグネリアが頬を染めてイグナスに甘える様はなかなか見物だ。
先程の加虐的な様子は全く見えない。
「何かあれば念話を送るわね、愛してる、ん」
「ええ、私も何かあれば送る。離れるの初めてで、ん、不安。寂しいし」
口付けで熱い夫婦のやり取りをするとトリスとモルガナは交代し、モルガナが御者席に羽ばたいて乗り込んだ。
「時間のかかる」
ブラウンが渋面に出立を今かと待ち構えていた。
「旦那様、かなり刻限を過ぎていますよ」
「邪魔する気にならん」
気持ちが分かるとそれぞれの惜しむ逢瀬をぎりぎりまで待っていた。
夜、泊まる予定の街までは余裕があるそうだ。
その隙にとジェラルド伯は宰相の乗った馬車の窓へ声をかけた。
「宰相、ご息女。途中、飛ばすからかなり揺れます。どこかに捕まっておいてください」
「馬車は持つのだろうか」
「本来、馬車はお勧めしません。魔獣の合間を騎乗して駆け抜けるんです。馬は余分に預けてますからいざとなればそうしてください」
「う、噂はかねがね。本当に危険なのですね」
「妻とアグネリアがいますのでだいたいの個体は大丈夫です。モンマルトル伯爵もかなりの腕前。余程のことがない限り大丈夫です。ペリエ嬢が何もなくここまでたどり着けたのはかなりの幸運。まともな夜営などもせずに領内を駆け抜けたのでしょう。ある意味、早さを重視して少数で動いたのは正解でした」
留まれば食われると思いなさいと忠告すると青ざめた二人は身を寄せあって頷いた。
「旦那様、頭上から申し訳ありません。私はお一人なら抱えて飛べます。いざとなればどなたを優先しましょうか?」
御者席から振ってきたモルガナの問いに、ふむと熟孝する。
「国を担う立場としては宰相と言いたいが、ご息女であろう。体格も男を抱えるより逃げやすい」
「はい」
華奢とは言え背の高い大公と少々小柄ながら横に太ましい宰相。
三人の中ならペリエ嬢だと判断された。
宰相も納得に頭を揺らしモルガナにいざとなれば頼むと声をかけた。
「大公が自分もと仰っても必ず娘だけを連れて行かれよ」
「叔父様なら私を優先されるのでは?」
不安がるペリエ嬢の問いかけにふん、と鼻を鳴らし、覚悟のないあの方のことだと顔を歪ませた。
「いざとなれば本性が出る。可愛いのはご自身だ。私から娘を奪って後先考えず恋に身を焦がす苛烈な娘に育てた大公と妻が憎い」
「そ、それは自身のせいかと思います」
顔を歪ませるペリエ嬢に首を振る。
「クレイン伯より術式は聞いた。いくつも重ね打ちし、気性が歪んだことも。我が家は王家の魔導師としか交流しない。簡易な術式ひとつさえ許可をもらわねばならないのにどこの者がお前に打った?私は許した覚えはない。手引きをした者は誰だ。そんなことを出来るのは確実に大公と妻だ。勝手に二人がしたことを許せない」
自分のせいだと言うペリエ嬢にまたも宰相は言葉を被せる。
「お前が望んだからと幼く判断の甘いお前の言葉を優先し、二人は統主である私を無視した。それで充分だ。術式を安易に使い、お前を苦しめた。引き金は二人。止めなかった私も反省はある」
「こちらもご息女に勝手な術式の付与を申し訳ない」
頭を下げるジェラルド伯へ手を振って制する。
「いえ、こうやって落ち着いた娘と会話を出来るのは初めてです。そちらの術師の話では人族には過ぎた効力のものをいくつも重ねづけされていたとか。カリッド殿よ、貴殿へもいくつも怨となる呪符を送り苦しめたと聞きました。申し訳ない」
急に話を振られて頭を下げた。
離れていたが耳を分かりやすく向けていたので気づいたのだろう。
「謝罪はまた改めてご統主に伺います」
「必要ありません。今は番がいますので。むしろ、ご息女を長年苦しめたことを私も反省します。助言がなければそこに思い至りませんでした」
煩わしさから毛嫌いするだけだった。
「カリッド様、ご迷惑をおかけしました。私も叱られて反省いたしました」
お互いにエヴに叱られたのだ。
自然と二人でエヴへと目線を動かすと、まだ母親をすがって泣いていた。
その会話を最後に馬車が進みを始めた。
「お姫様もさよなら」
砂煙を上げて城門をくぐる馬車と隊列へ手を振っている。
すぐにその場からそれぞれが持ち場に戻る中、エヴは砂煙も見えなくなった景色をいつまでも泣きじゃくって棒立ちに立ち尽くす。
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