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ウィッチ

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遠巻きにしていた魔導師長が夫人のもとへ進み出ると恭しく挨拶をするのに夫人は大層殺気立っていた。
「ご挨拶なんていらないわ。夫をあなたの悪癖に付き合わせようとなさるのを止めてくださる?」
「さすが伯の選ばれた奥方。対になる美しい精神波をお持ちだ。面頬から見せなくとも美しさが分かる」
「戯言で誤魔化すつもりかしら。お約束いただけないならここで」
柄に手を当てて半身を出すのをロバート殿の手が上から抑える。
「離しなさい、ロバート」
「短慮はやめてください」
モンマルトル伯爵もジェラルドを困らせることになると口添えをすると夫人は一度、その手の力を緩める。
「魔導師長、部屋にお戻りください。妻は気が立っています」
ジェラルド伯も間に入りそう答えると、魔導師長は夫人とジェラルド伯を交互に見つめて目が輝く。
「…本当に、素晴らしい。お二人とも」
しゅうしゅうと音を立てて顔から白い靄が溢れる。
「ああ、しまった。興奮して、また」
手で顔を覆うが若くなるのが止められない。
「この姿は久々か、伯よ。懐かしいだろう?奥方も、以後お見知りおきを」
驚く回りを無視して泣きぼくろの顔を晒した。
「ふ、ふ、見るだけで変身が解けてしまうとは。ぜひサバトにお呼びしたいが二人とも野外の趣味はなさそうだ」
搭乗を済ませていた宰相が窓から顔を出し、慌てて魔導師長に苦言を呈している。
「魔導師長!外でその姿をとることは許されていません!早く!」
「宰相、申し訳ない。興奮するとなかなか戻らぬ」
背中に垂れたフードを取って目ぶかに被ると頭を下げて立ち去ろうとした。
「奥方の忠告は確かに受け取りました。ですが、気が変わったらぜひご一報ください」
通りすがる前に、唖然とするロバート殿に微笑みを向けた。
「ご子息、ウィッカーにご興味があれば、ぜひ」
「…いやぁ、これはすごいですね」
興味深げにフードの中の顔を覗いて、もっと見ようとあっさりと顎を掴んでしげしげと見つめた。
「ロバート、触るのは止めとけ。噛まれるぞ」
ジェラルド伯の忠告に魔導師長は、にやりと顔を歪ませた。
「こんな風に?れ、」
「うおっ」
ロバート殿が突き飛ばすとけらけら笑う。
舐められた唇を手の甲で拭う。
「本性は淫を好む黒ですから。ご子息は見た目も魔力の強さも申し分ない」
「油断するからだ」
呆れたジェラルド伯の言葉にロバート殿が睨む。
穏やかなロバート殿のそんな様子は初めて見る。
負けん気から哄笑する魔導師長を睨み返して顔を歪ませた。
「今年のサバトに来ていただけるなら目玉になる」
「は?ご冗談。お愛想で縁があればと言いたいですけど私の立場であり得ません」
ふう、と軽く息を吐いて力んだ身体を緩ませた。
魔導師長は目ぶかに被ったフードからも分かるくらいじっとりと眺め、ロバート殿に目を向ける。
「精神波をコントロール出来るとは。それに若々しく美しい。先程、伯と変わらない色もしていた。気に入りました。私などいかがかな?お好みなら女体化も可能です」
「…ふうん、…ワルキューレを望んでましたがウィッカーも面白そうですね。性別まで変えられるのは初耳です」
悔し紛れに揶揄を込めて答えるとジェラルド伯がロバート殿の肩を軽く叩いて制した。
「ロバート、この男を乗せるな。白ならまだしも黒は多淫だ。サバトもやめないし、一人で満足する性分ではない」
「だから楽しませるのに」
ふふ、と笑う魔導師長にジェラルド伯はうんざりした様子で首を振った。
「気に入られると面倒だ」
夫人と二人でロバート殿を呆れた様子で叱る。
「ええ、そのつもりでしたのに。易々と魔導師長の挑発に乗ってしまった。反省ですね。あと女体化しようと男は趣味じゃありません。ご遠慮願います」
ごしごしと手の甲で口許をぬぐって困り顔に眉を下げる。
「ジェラルド伯のお子なら面白そうだと思って粉をかけるのに大人しくておかしいと思いました。今まで気性を隠していたのですね。やっと本性が垣間見えました」
エヴはぽかんとやり取りを眺めている。
「ご息女も美しい見かけとお色を持ってらっしゃる。まだ本気じゃないようですね。もっと深みがありそうだ」
目付きが気に入らなくてエヴを引き寄せて背後に隠すとヤン達もじわりと殺気を込めて身を固くする。
「騎士が三人も。ふふ、姫を呪う悪い魔女になったみたいだ」
ジェラルド伯は構っていられないと魔導師長を放って出立の合図を送ると、魔導師長もその姿を晒し続けるわけにはいかないからとすぐに立ち去った。
合図と共に夫人らも騎乗しようとするとエヴが駆け寄って抱きついた。
「やだぁ。お母様がいい」
寂しいとメソメソ泣くのを慰めるとロバート殿が引き取った。
「お母様も一緒がいいよぉ」
「甘えん坊ね。ジェラルド、ロバート、エヴをよろしく」
「ベイリーフ」
面頬の上から頬にジェラルド伯がキスをすると夫人は胸に身を預けた。
「あら、珍しいわ。あなたも寂しいのね」
「少し」
「ふふ、私もなの。会うとだめね。早くことを終えたいわ。無事でいて」
「互いに」
「ロバート、エヴ。あなた達も」
頷く二人に首肯し騎乗すると手を振った。
「ひっ、ひっく、お母様といたいよぉ、ぐすん、」
堪えて手を振り返すが口から出るのは親を恋しがる子供の泣き言だった。
「エヴ、寂しいならその側の求婚者からお相手を選びなさい。伴侶を得ると人生が変わるから。親や兄弟だけが全てじゃないのよ?ロバートもね」
「はぁい、お母様、ひっく、」
兄妹二人で寄り添い合うが夫人の言葉に頷く。
夫人の言葉に寂しそうなのはロバート殿の方に見えた。
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