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自慢

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「ここの方は、なんでこうも夫婦も家族も睦まじいんでしょうか?」
「…さっき、ジェラルド伯が奥方を抱えて城内へ走っていったそうですね。遠目から見ても金髪の大変美しい方だったとか」
「部屋にこもってるって話です」
羨ましさに全員深いため息を吐いた。
「恋人に、会いたい」
「妻に会いたい」
「子供に会いたい」
じわじわと家族を恋しがる声が広がっていく。
「…いずれスタンビートの間隔が落ち着く。それまでの辛抱だ」
「団長、自分は恋人が欲しいです」
「結婚したいです。どなたか、」
「待て、お前ら。上に馬鹿な頼みごとを言い出すな」
「何仰るんですか?ご自分だけラブラブで」
「そうですよ!団長は良いですよ!毎日、番のエヴ嬢と仲良く過ごせて!」
「私達は空しく娼館通いですよ。終われば早く帰れと急き立てられるんですからね」
「皆、今夜は団長を捕まえましょうよ。エヴ嬢のもとに行かせないように」
そうだそうだと声が大きくなる。
「そうですよ、たまには部下を労うのも団長の務めだと思います」
一人二人ならはねのけようと思ったのに人数が多い。
しかも離れて作業をしながら同意に頭を揺らし睨み付ける目線が増えた。
「酒の支度してくる。夜、覚悟してくださいよ」
一人が抜け出したのを止めようと動くのに他の奴らが肩や腕をがっしりと掴む。
「おい、お前ら」
騒ぎに興味を持ったクレインの奴らやうちの団の者が話に首を突っ込んで、夜の酒盛りの話が広がっていく。
「そちらの陣営で酒宴ですか?飲むんですか?」
嬉々としたベアードまで混ざってきた。
「ベアード、お前まで混ざるな」
こいつは嫌いだ。
睨むのに気にせず顔を緩ませている。
「お気になさらずに。旦那様と差し入れ持ってきますよ。夜は奥様と離れて一人でいたくないはずだから騒ぎたがります」
「ラブラブで幸せな人達と飲みたくないですよぉ、独り身の集まりです」
情けない周囲の抗議にベアードが哄笑をあげる。
「傷を舐め合うより話を聞いて参考にしたらどうですか?コツは教えます」
「え?!」
「コツがあるんですか?!」
ベアードの言葉に食いついて喜ぶ。
「俺の妻は先祖返りのフェアリーですし、イグナスの妻もあの通り鬼人。旦那様だってワルキューレの気質が濃い奥方。それぞれ手に入れるまで年をまたいでいますよ」
知らなかった者は驚きに叫んでいる。
私も年をまたいだことは知らないので興味に耳が揺れる。
「他の奴らも恋人がいるし夫婦仲がいい。それぞれコツかあると言っていた。今言えるのは種族に関わらず女性は後ろ向きな奴が嫌いですね。伴侶として頼りないから。見た目や男らしさではありません」
「そうだな」
私も頷くと心当たりのある奴らは呻いて膝から崩れた。
「ふ、フラれたことあります。そういう理由で」
「…私もだ」
それを見てクレインの奴らが慰めている。
「よくあることですよ。皆、経験あります」
「何度もフラれて強くなるんです」
「今夜、飲んで気分を変えましょうよ」
「だいたい平民と貴族出の違いもありますからね」
「そうそう」
「くうぅ、優しさが染みるぅ」
「まあ、仕事に戻りましょ?」
「仕事を頑張るのもモテる秘訣ですよ?」
落ち込む奴らをあやして仕事に引きずっていく。
「では、旦那様に許可を取りますね。お返事は午後になりますので」
「こら待て、ベアード。私は許していない。お前も私を目の敵にしているだろうが」
「せっかくの酒宴です。そんな不機嫌になることありませんよ。前回は旦那様は楽しめずにがっかりされていました。今回は楽しくやりましょう」
「…オーガは飲めれば何でもいいのか?」
「そうですね。飲めれば構いませんし、息子らのことは本人任せですよ。どんなに親が出張っても最後は自分の力なんですから。私が出来るのここまでです。個人的にお宅のことは気に入ってますし」
「はあ?どの辺が?」
あれだけ喧嘩吹っ掛けておいて何を言い出すのかと眼を丸くした。
「さすが人狼と思っておりますよ。お強い。それだけでなくあなた個人の戦法の手腕やら人身の掌握は見習うところが多い。番を得るために手段を選ばないところも好感が持てます。一回りも離れたお嬢様にあれだけ尽くされているのを見れば」
「馬鹿にしたいのか?」
「意外と卑屈なんですね。私共クレインの男らは最上の伴侶を得ることを幸せと考えています。そのために男を磨くし人間性も高める。あなたの泥臭いやり方に共感を持てると言うだけです。イグナスなんかアグネリアのために金を稼いでいる。滅んだとは言えもとは鬼人族の姫君ですから」
「滅んだなど聞いたことがないが?」
「ホラだと思われますか?」
「分からない話に戸惑うだけだ」
「かなり昔、遠い陸の向こうにもととなる鬼人族がいたそうです。今は散り散りになってしまったけど、五色の肌で別れてそれぞれの里があったと聞きました。この辺りに点在する里はそこから流れてきた者達が色や血を交えながら一緒に支え合って暮らしてると。なので里に行くとアグネリアは黄鬼の姫君として扱われます。あの肌と角の長さは黄鬼の直系にしか出ないそうです。里に結婚の報告をしに行って知らされたとイグナスも頭を抱えていました」
「あの二人に子供はいるのか?」
「五人。里に預けてますよ。全員、黄色の鬼人です。直系の証を継いでいます。羨ましい。うちは一人で精一杯でした」
「フェアリーとの、ああ、これは聞くと厄があるのだったな」
「ブラウンから話したと聞きました。妻とのことは隠す話でもないので周知させてます。その方が妻と街を歩いても気にされることがありませんから」
三人の馴れ初めは気になる。
酒が入ればもっと聞きやすい。
そう思えば断る理由がない。
そう言えばブラウンも既婚者だと聞いていた。
その辺りも面白い話が出てきそうだ。
王都にも種族や混血が多いがここまで先祖返りや多種族に溢れた場所は聞いたことがない。
強い力や見た目を忌避して差別する地域も多いのに。
そう言えば、羽根二人のこともご婦人達は種族の違いだとおおらかに接していた。
淫魔についても忌避することなく同等の扱いをして気にしていなかったことを思い出した。
「今夜、ジェラルド伯もご一緒に来られるといい。色々とお話を聞きたい」
「奥様自慢を聞くといいですよ。面白いですから。隣国についても興味があれば。旦那様はお詳しいので。今度、街道の整備が終わるとあちらとの共同戦線ですよね?」
「ああ」
その件も尋ねておく必要がある。
隣国と交流があると言ってもあちらの国境沿いの領地についての知識は浅い。
ジェラルド伯からある程度聞いておかねば。
「俺の予想ですが、うちのを使うんでしょう?」
「借りていいなら。少しは王都の守りに戻したい」
「やはりそうですか。旦那様も考えは同じはず。自分もそのつもりで行きます。先にどいつが気に入ってるのかお尋ねしときたいのですけどよろしいですか?」
「あちらに逃げた種類がはっきりしない。それによって変わる」
「参考に聞けるなら助かるんですが」
「…そうだな」
クレインの部隊は向き不向きがはっきりしている。
大型を軽く討伐する個人もいるが、苦手な種類になると対応出来ない。
それをカバーするためにチームで動いている。
しばらくベアードにあちらへ行った種類の予想を話し合い、預かる部隊の打ち合わせを進めた。
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