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「ベイリーフ!」
「ジェラルド!」
パンッと弾ける音と夫人の跳躍。
どぉっと衝撃音を立てて夫人の突撃を受け止め、踏ん張った足元からは砂煙がもうもうと広がった。
「…ぐぅおっ、く、腹が、苦しい」
「会いたかった」
二人とも強化をかけている。
モンマルトル伯爵やアグネリアと呼ばれた兵士はそれを嬉しそうに眺めていた。
「変わらず睦まじいなぁ、ジェラルド。だが、もう少し強化が遅かったら死んでた」
「奥様、いい加減に手加減を覚えませんと旦那様の命が危のうございます」
不穏な内容なのに回りの穏やかさは変わらない。
「ベイリーフ、面を外せ。顔を見たい」
「待って、ジェラルド」
二人で面頬をむしるように取って、アグネリアが慣れた様子で二人のところへ走ってジェラルド伯が投げ捨てるそれを地面につく前に片手で受け止めた。
「久々に夫人の尊顔を拝める」
「久々?と申しますと?」
側のモンマルトル伯爵に問い掛けると答える前ににんまりと笑った。
「普段は鎧の面頬、ドレスの装いでもベールをかけておられます」
「夫以外に見せないと言うことですか?」
そういう部族や国の風習があるのは見聞きしたが、隣国の貴族では聞かない。
どういうことかと首を捻る。
「いえ、傷があります。ジェラルドを守った時の。戦いに投じる私共からしたら名誉の負傷です。この辺りの者にとって見ることが叶ったら幸運があると言われてます。実際にそうなのかと思うことが多くありましたし、やはり何かワルキューレの加護があるのかもしれません」
「そうですか。…だから皆、眼をそらさず前のめりなんですね」
周囲の反応は二人へ視線を注いで眼を凝らしている。
普通なら気を使って背を向けるのに。
「あいつは人前でキスするほどアホじゃありませんから」
ほら、と促されたので二人を見るとジェラルド伯はいとおしそうに見つめ夫人の顔を撫でて時折、おでこに自身の額を寄せてため息を吐いていた。
「なぜ来た?」
「ロバートから手紙を受けとりましたわ。交代の件で引き継ぎがありましたもの。早くあなたを困らせるお馬鹿さんを追い出さなきゃ」
「本邸の守りは?」
「3人残して地元の自警団と連携させています。モンマルトル領までお送りして引き継ぐ予定です。昨日を含め3日で戻るなら問題ありません」
「ん、移動を含むなら滞在は半日か」
「ええ、このままロバートと交代と思いましたが公爵令嬢がいるのでしょう?領内では私が護衛します。お任せくださいませ」
「分かった。支度をさせる。午後の半ば前には出立しろ」
「かしこまりましたわ」
睦まじい距離を取りながら思ったより仕事を絡めた会話にちぐはぐさを感じる。
「二人とも仕事人間でして」
手を高く上げて振るとジェラルド伯は顔をあげた。
「ケリー、久しぶりだ。今回も世話になる」
「こちらは常日頃の恩がある。それに夫人から見返りはいただいた。ついでに友人としてサービスだ。勝手に支度しておくからロバートとベアードを借してくれ」
「ああ、任せる」
「行っていいぞ」
「ん」
頷くとガバッと夫人を横抱きに抱えて軽く頭を下げた。
「グリーブス団長、半日お暇いただきます」
顔を上げれば満面の笑み。
腕の中の夫人は顔の下半分に両手をかざして隠している。
ロバート殿と同じ青い瞳。
たっぷりの睫毛と形のよい目、高く伸びた鼻筋が美しくて驚いた。
白磁と呼ぶに相応しい艶に輝く白い肌。
二人の子持ちとは思えないほど若々しい。
目が合うと細めて笑い目尻に細い線が入るが、エヴにそっくりな顔立ちと表情に緊張して息を飲んだ。
母親というより姉と言われた方が納得する。
「モンマルトル伯爵、それに付き従う皆さん。望まれていましたね。本当にこれが加護になるのか疑わしいのだけど、お礼に」
手を離すと顎から頬にまっすぐな亀裂を現した。
背後の兵士達が喜びの歓声を上げた。
ヴァルキリーの祝福を見れたと喜ぶ声に、それほど浸透しているのかと驚いた。
「ベイリーフ、見せたくないなら出すな」
顔を胸に引き寄せて隠す。
「女としてはですね。でもたかが傷ですわよ?見られて何がありますの?」
「…私のだ」
含み笑いの夫人に顔をしかめて小さく答えた。
アグネリアが黙って夫人の手に面頬を渡した。
「夫人の加護に感謝します」
「つまらん迷信だ」
「まさか。見た者は危機を免れる。私も経験した。また見られて幸いだ」
不機嫌に顔を歪めたが時間がもったいないとさっさと城門を抜けていく。
「ロバートとはあとで良いとして、エヴはどこ?一目会ってからがいいわ」
「城内だ。寄ってからにする」
「楽しみね。私のお下がりの鎧も持ってきたの。注文した鎧が出来上がるまで代わりにしてくれるかしら?」 
「エヴなら喜ぶ。それに似合うだろう。すぐに手直しの依頼もかけよう」
二人の会話が遠のいていく。
「モンマルトル伯爵、早速お支度の指示をお願いします」
アグネリアが伯爵へと頭を下げた。
「君が指揮を取ってくれないのか?」
「伯爵が上の階級です」
夫人がいなくなった途端に笑みが消えて無表情に格式張った態度となる。
濃い茶色の髪と榛の瞳の鉄仮面が臆することなく伯爵を見つめた。
「分かったよ。グリーブス団長、世話になります。急ぐのでそちらの人員もお借りします」
了承に頷き、その場の部下達に伝言を待たせて四方に走らせた。
中へと入門し、急いで馬車や食料などの支度に取りかからせる。
その途中にイグナスが走ってきた。
「アグネリア!アグネリア!」
呼ばれて指示を出していたアグネリアは顔をあげた。
「イグナス、久しぶり」
に、と頬を緩ませて微笑む。
いつまでも固い態度だったのに、意外なその表情に、笑えたのかと頭の端によぎった。
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