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嫡男

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「3つ数えたら攻撃する。手加減はするけどね。いいかな?」
「はぁ?」
「…何?」
「逃げていいよ。いーち、にー、」
本気を悟って二人が羽根を広げて後ろへと飛びすさる。
「さーん、…行くよ」
ぎぃぃんっ、と重く響く金鳴りと発光。
羽根の二人は天井高く飛んでいたのに、ひと跳ねでモルガナの目前に飛び込んで胸ぐらを掴むと隣のハーピィに投げつけて床に落とした。
重なって倒れた二人は身動き出来ず苦しみに喘ぐ。
「屋外ならもう少し接戦になるかな。負ける気しないけど。あ、続ける?私は付き合っても構わないよ」
何てこともないと言った様子で二人に声をかけたが、怒りに滾った顔の二人から反抗心は消えていない。
ハーピィのトリスが羽ばたかせながら低空飛行で突進する。
連携で後ろからモルガナも続く。
避けると二の矢が来るのか。
ロバート殿はどうさばくのかと一挙一動に注視した。
避けもせずに低く身構えて、どっと衝撃音を立てながらトリスを受け止めると、すかさず羽根の根本を掴んで大振りに振り回す。
今度はトリスの後ろから続けて突進するモルガナの背中に振り下ろした。 
「あうっ!」
「ぎゃぁぁ!」
根本を捕まれた痛みで悲鳴を上げた。
「ひ、トリスが、」
後ろを見るとエヴが半泣きで怯えていた。
「ロバート殿、そろそろ」
こちらを振り返り、私の背後のエヴを見つめて仕方がないと身構えを解いた。
「二人とも、もういいよね?実力は分かったかな。私も飾りの嫡男ではないんだよ」
返事もなくぐったりとする二人の羽根の根本を掴み持ち上げた。
「エヴ、退いてくれる?座らせるから」
「はいっ、早く寝かせてあげてください!」
ぱっと退いてクッションを整えた。
ずるずると乱暴に引きずって二人をまとめてソファーに寝かせる。
「ヤン、お水か何か用意してあげて」
心配に顔を歪めたエヴが二人の衣服を整えて乱れた髪を手櫛で撫でて面倒を見ていた。
「お兄様、やり過ぎです。こんな、可哀想」
「ごめんね。でも確かにエヴの言う通り護衛には心もとないね」
「だから飛べるだけだと言ったでしょう?お兄様の魔圧にも怯んでました」
ヤンが手渡したコップを口許に寄せて飲ませてやるとむせながら目を覚ました。
「モルガナ、大丈夫?」
次にトリスにも飲ませている。
「げ、げほ!」
「頑丈さは素晴らしいね。無傷だ。羽根の折れもない」
ロバート殿は勝手に羽根を広げて怪我の有無を確認している。
「ひぃい!許してください!」
「も、申し訳ありません!あんなにお強いなんて存じませんでした!」
間近のロバート殿に怯えて飛び上がる。
「君らは人種や見掛けで判断しちゃだめだよ。今の人族は混血が進んでそれなりに強化を使えるし、純潔の人族なんて探さないと見つからない。今は昔みたいな無能力者は珍しいんだ。その中でもクレイン家はかなり強い方。母は薄くてもワルキューレの血筋だし、うちの遠い祖先には神族の鬼神や龍神の混血が混じってるから」
「し、神族の、うそ、そんな」
「ワルキューレなんて、神族に仕えた戦闘種よ、伝説の、知恵と死の。その血筋だなんて」
震える二人を無視してロバート殿へ声をかける。
「噂は誠ですか?」
「クレインが神族の末裔と言われてるんでしょう?それはないですねぇ」
クレイン家の神がかった武力に神力を窺われている。
本気にする者はいないが、そう表現する者は多い。
「先代の祖父から薄い混血が祖先と関わったと聞かされて最初は眉唾物でした。我が家の歴史資料に純潔の神族と交流したという記録はありませんし、何の由来もありません。普通のオーガか鬼人、リザードマン、それかドラゴニュートを大袈裟に言ってるんだと思ってたんです。けど、エヴの変わった虹彩と瞳孔の形は龍神の先祖返りらしいです」
「…本当に、実際に血脈なのですか?しかも、エヴの瞳が?」
リザードマンは人型爬虫類の総称。
ドラゴニュートは竜人族だ。
どちらも希少な戦闘種で人口の多い王都でもあまり見掛けない。
武人の家系は彼らを血脈に欲しがるが、惜しいことに貴族社会に向かない。
自由闊達な1人行動を好み、気質の濃い者はすぐに市井に降りてしまう。
そしてその二種族とは違い、鬼神や龍神なら神族だ。
どちらも魔力を越えた神力と呼ばれる力を持つ。
龍神の種類によるが、雷や水を操れると伝説的な扱いだ。
それが、エヴの瞳に?
「ラウルが我が家に関わる全ての資料を確認して何人か鬼神や龍神の特徴を見つけてきました。リザードマンともドラゴニュートととも違う特徴なので間違いないそうです。だから妹は守護の紋が過剰に反応するほどの膨大な魔力量で産まれたと仮定してます。彼を信じるならですけど」
「エヴ、見せろ」
思わずエヴの顔を覗き込む。
「どうぞ」
向かいに真っ直ぐ立つので顔を手に挟んで目をまじまじと見つめた。
太陽のように丸く広がった虹彩はそこまで珍しくないように思えた。
普通は無地を思わせるまっ平らな虹彩が多く、たまにこんな風にガラス底のように煌めく目を持つ者がいる。
違いを探そうと目に魔力を込めるが全く分からない。
あまりにも長くじっと眺めていたせいで、身動ぎをして、パチ、パチとゆっくり瞬く。
一瞬、ほんの一瞬だけ瞳孔が縦長にぐんっと伸びた。
「わ、目が、」
「わ、何?」
初めて見たそれに驚いて声をあげるとエヴも私の反応に驚いていた。
「もう少し見せろ」
何度見ても瞬きの一瞬だけ伸びる。
目の良い人狼がこうやって間近で覗かないと分からないほど。
茫然としているとエヴはまだですかと呑気に問いかけてきた。
確かに普通の竜人やリザードマンなら常時、縦長の瞳孔だ。
虹彩ももっと何かあるかもしれないと向きを変えて覗くと光の加減で水色に変化した。
繰り返し、右に左に顔を動かすとほんの煌めくような一瞬、水色の他に緑や青と主体の紫の上に違う色が重なる。
エヴに関して何度目かになるか分からないほどまた茫然とさせられた。
「ロバート殿、知っている者は?」
「上級上官までです。少数の」
ベアードとブラウンあたりは知っているわけか。
クレインに所属するあと何名かの上級上官を思い浮かべる。
「ちなみに私は鱗持ちです。周囲には母方のドラゴニュートと教えていますが、恐らく龍神のものです。切ってますけど、背骨に沿ってたてがみがついています。神族に仕えたワルキューレの血と混ざって出やすくなったとラウルは推測しています」
「ほぼ噂は事実だったんですね。お二人とも、神族というわけですか」
ロバート殿がどんなに傍流だと言っても神の血筋で間違いない。
しかもこんなに濃い発現したのなら龍神族という扱いになる。
「エヴはともかく私は違います。ただ血脈と言うだけですよ。ラウルが言うには造形に影響が出ただけで他は人です。他国に本当の末裔がいますし、私共は祭り上げられることを望んでいません。今夜は魔導師長のお相手をされると言うことでしたのでよろしくお伝え願いします」
「気づきますか?」
「あの方は国一番のウィッカーですから」
だから避けていたんですと困った顔で微笑む。
そのために私に話したのだから上手く誤魔化せとははっきり言わずそのままエヴとヤンとともに食事に行ってしまった。
ダリウスが残ってトリスとモルガナの室内の説明をすると言って残る。
私もそろそろと部屋を出て、魔導師長の滞在する客間に箱を抱えて向かった。
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