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反抗

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「エヴ、受けとれ。少しは気分がよくなる」
ソファーに放ったままの匂い袋をエヴに見せた。
手を差し出すので、座ったまま投げて渡す。
顔を埋めて深呼吸するのを眺めた。
「あとでゆっくり考えろ。今は休め」
さっさと立ち上がってロバート殿とエヴにソファーへ座るように促した。
まだ前屈みに腹を押さえるヤンを小脇に抱えて長椅子に寝かせた。
皆が驚いて固まっているが気にしないことにした。
「薬を借りる」
前回見慣れた薬箱を棚から出して長椅子の横のチェストに乗せて中身を出す。
「自分で、いっ、」
「無理そうだ」
起き上がるヤンを手で軽く押すと痛みに苦しんだ。
ロバート殿とダリウスの動く気配も手を振って必要ないと止める。
「ロバート殿はエヴの付き添いを」
鎧を外すぞ、と一言声をかけてすぐに外して服を脱がすと鳩尾はエヴの拳のサイズに腫れていた。
「吐き気は?」
「今はありません」
触診すると腹の下の出血が分かり全体が熱っぽく状態がかなり良くはなかった。
「程度は分からんが内臓に傷ついてる。このまま寝かせて絶対動かすな。これから熱が出るはず。洗面器も。あとで吐くかもしれん。ダリウス、冷やすものを頼む。沢山だ」
「ヤン!ごめんなさい!」
叫んだエヴが走ってきた。
「お兄様、私が治すから。お願いです。私のせいだから。馬鹿でした。私、」
言いつけ通り許可を得ている。
ヤンは必要ないと言い張るが、渋顔のロバート殿が私を見つめたので頷く。
しばし間を置いて納得に首肯するとエヴに治療を促した。
「いけません!手からお願いしますっ」
顔を寄せたエヴを押し返すが私が胸を片手で押さえつけて長椅子に起き上がる身体を無理やり寝かせた。
痛みのせいで簡単に倒れた。
「団長!なぜ!」
私が治療の口付けさえ嫌がっていたことを知っている。
あり得ないと顔が驚愕に歪む。
「納得していないが、本当に状態が良くない。腹に溜まった血が多すぎる。早く終わらせろ」
嫌がるヤンを睨み付けて叱った。
「そんなに!」
ダリウスも叫んで床に下ろそうとする足を掴んで長椅子に戻す。
「ヤン、じっとしろ!」
「お前まで!離せ!ダリウス!ん!むっうう!」
相変わらず噛みつくように、ごつっと音を立てて口付けをした。
目の前の光景に腹が立つが、膨れてたぷたぷに溜まった内出血を見ればそうも言っていられない。
手のひらから時間をかけるより早急に治すべきだ。
「へえ、本当に早いね」
ロバート殿が見る間に引いていく腹の腫れに目を見張った。
「ふ、ぷはっ、ヤン、本当にごめん」
首にしがみついて泣いていた。
「いけないと、申したのに」
深い溜め息を吐くとエヴの肩に恐る恐る手を乗せてさすっていた。
「…本当に、自分が柔で悔しい。…頑丈な相手が望ましいのでしょう?」
「ヤンがいい。好きだもん」
背後からダリウスのぴしっと固まる気配がある。
「伴侶としての意味ではない」
そう言うが、おろおろと狼狽えている。
「柔でもいいですか?ずっと側にいても?」
「うん」
「おい、ヤン。乗っかるな」
上から覗き込んで横やりを入れた。
「ふふ、そうですね」
忠告を出すが安堵から私の顔が緩んでる。
それが分かってるからヤンも笑った。
「ヤンはこれでいいとして、次は団長も怪我を確認されてください。腹を蹴られたのでしょう?」
「そうですね」
痛みはそこまでないが、気づかないだけの場合がある。
「練習にちょうどいいですね」
「は?」
ヤンの言葉に首をかしげた。
「エヴ様、手からどうぞ」
「そうだね。団長、脱いで?手でしますから。付き合ってくれますよね?」
ダリウスと私は仲良くエヴの練習台だ。
私も口からが良かった。
ついでにロバート殿の監視のもと手から精力も吸われた。
時間がかかったがなんとか出来た。
「…お前だけ」
恨めしさからヤンに小声で一言ぶつけると、そうですねとしれっと答えた。
「…疲れた」
エヴはロバート殿の膝枕でソファーに寝そべっている。
くたぁっと微睡んで疲れたというが、精力を吸うといつもかなり肌艶が良くなる。
髪の艶も増して色が濃くなったように見えた。
「失礼します。二人をお連れしました」
ダリウスが羽根の二人組を連れて戻ってきた。
質素なワンピースに背中から蝙蝠羽根と斑柄のついた鳥羽根が畳まれている。
「今日はよろしくね」
エヴが声をかけるとサキュバスの蝙蝠羽根が顔を真っ赤にして喜んでいた。
「はい!」
どうやら喜ぶと羽根が開くらしい。
バサバサと動いて回りに風を起こしている。
「モルガナ、羽根は閉じなさい」
ヤンが嗜めるとまだ興奮冷めやらぬ様子だが静かになった。
「…凄い。…力が溢れてらっしゃる。あり得ないほど。…凄いぃ」
「…トリス、勝手な発言は許されていない。慎むんだ」
ダリウスが隣から小声で長身のハーピィに注意をする。
「ううーん。…まだ教育は終えてないようだね。困ったなぁ」
侍女と扱うには早計かと呟く。
むっとサキュバスのモルガナが顔を歪め、魔力の揺らぎが見えた。
途端にダリウスとヤンが抜刀しモルガナの首を挟む形で肩に剣を乗せた。
「ひ!」
「モルガナ!あぐぅ!」
「動くな」
ダリウスが片手で素早くトリスと呼ばれたハーピィの首を掴む。
身構える暇もなく、大きな手は軽々と細首を絞めていた。
「ロバート様への不敬は私共で処分します。残念ながらこの者達は教育不足でした。申し訳ありません」
「ヤン!ダリウス!だめ、待って!ああっ、お兄様!」
「まあ、待ちなさい」
起き上がってソファーから降りようとするのをロバート殿が肩を引いて転がした。
嫌だとごねて座り直している。
「魔力の揺らぎが見えました。次期統主であられるロバート様への反抗と判断しました。害となる前に摘みます」
私も見えた瞬間、柄に手を当ててエヴとロバート殿の前に立ち塞がっていた。
エヴもそれは分かっているようで、悩みながらもそれ以上は口を挟まないが、不満そうに二人を見つめる。
「エヴ様、この者達は魔人対策に封印を緩めてありますので他者への攻撃が可能な状態です。人族の常人よりは力のある有翼種ですから厳しく見守らねばなりません」
ご理解いただきたいと付け足すと、エヴは諦めに溜め息を吐いて頷いた。
「何かあれば私が処分するよ」
ロバート殿は飄々と答える。
モルガナは怯えながらも値踏みするような舐めた視線をロバート殿へ向けた。
「うん、ちょっと反抗的すぎるかな。二人とも手を雛して」
さっと離れるダリウスとヤンの代わりにロバート殿が羽根二人の前に立つ。
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