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食事を進め、魔導師長はエヴの他にヤンとダリウスも気に入って会話が弾んだ。
「盛り上がってるところお邪魔します、団長」
「ロバート殿」
途中、開いたままの食堂の扉からロバート殿が食事を乗せた盆を片手に手を振って入ってきた。
「お兄様」
「エヴ、ダンスはどうだった?様子を見に行きたかったが、大公の警護から抜け出せなくてね、あ、」
エヴの隣の魔導師長に気づいて足を止めた。
「こちらは、もしかしてシモン・マグリット魔導師長ですか?父から聞いております」
肯定に頷くとロバート殿はテーブルに盆を置いてさっと魔導師長へ礼を向けた。
「初めまして、クレイン辺境伯が息子ロバート・クレインです。王都からわざわざお越しいただき大変痛み入ります」
丁寧な態度と口上に魔導師長も同じように返した。
しかし、目を丸くして動きがぎこちない。
「同席をよろしいでしょうか?」
「はあ、それはもちろん。ですが、…伯のご子息ですよね?…ご子息がなぜ、そのような、自分で食事を、」
「人手が足りませんから。時間も、」
エヴの向かいに座り微笑むと、通路から走る音が聞こえてきた。
「ロバート様、お一人で先に行かれないでください!」
また扉から同じように盆を持ったブラウンがせかせか走って追いかけてきた。
「ったく、私がご用意すると言ってるのに、いくらお嬢様と食事したいからって!あ、失礼しました!お客人の前でっ」
「彼は部隊長のブラウンです。今はせっかちな私に怒っていまして失礼をお許しください」
「いえ、何も気にしておりませんから」
魔導師長は興味津々な眼差しを隠そうとせず、穏やかな態度で非礼を詫びるロバート殿と恐縮して慌てるブラウンを眺めている。
「彼の同席もよろしいですか?本日はこの雨で外の食事場が使えないので食堂の利用を許可していまして」
今朝より小降りになっているが、いつもの食事処は屋外の広場に竈とテーブルを並べただけの簡単な作りなので今日は使えない。
休みと言うこともあり、両団の一般兵の多くは交代で街に行き食事をしてこいと伝えている。
見張りや留守番で残った者は城内で作られた食事を受け取って使用人のホールや調理場の外に設置した天幕で食べているだろう。
「それは構いませんが、他の隊員も利用されるんですか?一般兵も?」
「この食堂の利用は両団の上官までです。一般兵は使用人用のホールか中庭に設置した天幕で食しています」
「はあ、そうなんですね。ほぉー」
物珍しさに首を揺らして何度も頷いた。
「ブラウン、怒ってないで隣においで。それと有事の際、自分のことは自分で。クレイン流だよ」
着座しながら隣から睨むブラウンに肩をすくめた。
「いなければの話でしょうが。世話する者がいるのに無視するから小言が出るんです」
「部隊長をこき使うなんて気が引けるからね」
「最初、食堂に行くのが面倒とごねて、今度は料理番からお嬢様がこちらだと聞いたら盆を持って走り出したくせに。心にもないことを言ってからかわないでください」
「客人の前だよ?」
「理解しておりますが、注意はさせていただきます」
「うーん、小言がやまない」
二人の掛け合いがおかしくて口許を手で覆った。
「カリッド、羨ましいぞ。遠征とはこんなに面白いのか?」
王宮の研究所にこもることが多い魔導師長が私へ拗ねた顔を向けた。
「こちらが特別ですね。他でこのような経験はありません。魔導師長もたまに遠征されるからご存知でしょう?」
「いやー、私が行くことなんてまれだし、呼ばれて用事がすめばトンボ返りだからね。現地と関わることはないよ?」
「遠征があるんですね。魔導師長様、どんなお仕事なんですか?普段、何をするのか知りたいです」
「おお、レディは興味があられますか?」
エヴの問いに喜色満面の笑みを向ける。
「エヴ、やめておけ。魔導師長は御年で話が長い」
もう何度も聞かされた。
聞きたくなくて嫌味を込めてエヴを止める。
「カリッド、失礼だなぁ。レディ・エヴは知りたがってらっしゃるんだからいいじゃないか。ああ、分かったぞ。悋気か?全く、人狼と来たらこれだから困る」
「え"、団長?」
エヴがまたかと顔をしかめた。
「違う」
そう言うのに、じと目で身体を私から仰け反らせて訝しげに睨まれてしまい耳がぺたりと下がる。
「…違うと言ってるのに」
恨めしく睨むと首をすくめて縮こまり、むぅっと唇を突き出す。
「うう、だって。もう嫌なんだもん」
やだぁ、と再度小さく呟くから落ち込んで肩を落とした。
「ははは、伊達男も形無しか。ああ、面白い」
膝のテーブルナフキンを片手に口許を拭う。
「さて、楽しかったが私は患者のもとに戻りますね。レディ、またゆっくり時間を作りましょう。お話はその時に。どうやらカリッドは聞き飽きて関わりたくないようだから、彼は抜きでお会いしましょうね。そちらのお供もラウルもご一緒のぜひ。有意義な時間になりそうですから」
「魔導師長?」
エヴが返事をする前に遮って睨むとまた楽しそうに大笑いした。
「ほらぁ、また焼きもちだ。あー面白いなぁ。こんなに君をからかったのは初めてだ」
「魔導師長は朗らかな方ですね」
ロバート殿も肩を揺らして話しかける。
隣のブラウンも顔を下に向けて手で覆って揺れていた。
「く、くくっ、グリーブス団長と仲がいいんですねぇ」
ぐふぐふと声を堪えながらブラウンが言う。
苦しいなら言わなくていいものを。
「子供の頃からの付き合いですからね。このくらい」
手をかざして出会った頃の身長を見せた。
テーブルより少し上に手をかざす。
幼い陛下とお会いする前に必ず探知魔法をこの魔導師長にかけられていた。
「子供の頃は顔見知りだっただけでしょう。会話らしい会話はありませんでしたよ。本格的な付き合いはこの地位についてからです」
それより早く行かれてくださいと追い払う。
「分かった分かった。こんな焦った君を見れるとは。あはは、でもカリッド、君ともゆっくり話をしたいからね。今夜、夕食をいいかい?」
エヴとの時間を優先して断りたいがそうもいかない。
この軽い感じで重要事項を伝えに来るから気を抜けない。
「夜は、…分かりました。…天幕でお待ちします」
私の借りていた客室はペリエ嬢が使用し、今は大公のもてなしに解放されている。
「天幕で?今日は雨だよ?こちらの客室をお借りしているから、そっちにおいで」
あれも持ってきてよと団の上官だけに流通するお気に入りのワインを仄めかす。
濡れても汚れても魔法でどうとでもなるのに壁の厚い室内を希望したところを見ると案件かとよぎる。
それさえも防音の魔法を使えるのに、二重三重の警戒がかいま見えた。
「分かりました」
よろしくね、と軽く手を振り立ち上がる。
「ではお歴々の皆様お先に失礼します」
さっさと向かった扉の前で立ち止まりこちらを振り返った。
「そういえば片付けも皆さん、ご自分で?」
テーブルに残した自分の食器を見つめて戻ろうと身体を向けたので、ロバート殿が軽く手をあげて制した。
「大切なお客人ですからお気になさらず。こちらで雑事は承りますから、どうぞ治療に専念してください」
「ではお言葉に甘えて。ご子息、お気遣い感謝します」
朗らかに答えると、さっと足元の長いローブを翻して出ていった。
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