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正直者

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「やあ、カリッド。先に頂いてるよ」
「魔導師長。今、食事ですか?」
昼になり、ヒールでよたつくエヴをエスコートして食堂に入ると食事中の魔導師長が軽やかに手を振った。
「レディ・エヴも、こんにちは」
「こんにちは、えと?あなたは?」
「昨日はご挨拶しておりませんでしたね。王国魔導団の魔導師長シモン・マグリットです。よろしく」
「初めまして、クレイン辺境伯が娘エヴ・クレインです。治療の方ですよね。二人がお世話になります」
立ち上がってお辞儀をする魔導師長にエヴも頭を下げた。
「ほおー、なんと、まあ。初々しいご令嬢ですね」
しきりに感心し、頭を揺らして顎をなぞった。
「あの、ラウルとリーグは、治りますか?もとに戻りますか?」
心配そうに尋ねるエヴを少し意外そうに見つめて頷いた。
「尽力致します。今はまだ必ずとはお答えできません」
申し訳なさそうに眉を下げる様子にエヴはしょんぼりと頷き返す。
「そう、ですか」
とぼとぼと魔導師長から間を開けて末席近くの席に手をかけたので、すぐに黙って椅子を引いて座らせ、私も隣へ着座する。
「エヴ、落ち込むな」
「う、はい。」
「国一番の魔導師だ。唯一の回復魔法の使い手が診ている」
慰めに肩を軽く叩くとショボくれた顔でこちらを振り返る。
「でも、一番すごい魔法使いだから。出来るなら出来ると言います。魔導師長がはっきり言わないのは余程、難しい大怪我なんですね。強い魔法使いは正直者だから」
そう言うとガタッと音をたてて魔導師長が中腰に立ち上がりかけていた。
「レディ?なぜ正直者だと、思うんですか?それは、どういう、意味ですか?いえ、何をご存知なんですか?」
「魔導師長、如何されましたか?」
きょとんとするエヴの顔色を真剣に伺う魔導師長の様子に何が起きているのか理解できない。
「魔法使いは嘘をつけないから濁したり黙った時は言えない事を隠してる時だって。だから、ラウル達のこと、魔導師長様も難しいんですよね?」
「は?エヴ?」
「…なぜ、ご存知なんですか?」
唖然と驚く私以上に魔導師長は唇を震わせ見開いた瞳でエヴを見つめた。
その反応に舜巡し、目をさ迷わせる。
「え、と、厄があるって。嘘ばかりつくと力が消えると聞きました。力のある魔法使いは精霊から力を借りて言霊を操れるから、式を作らずに呪文だけで魔法を使えるって」
魔導師長に負けぬほど目を開いて固まった。
完治が難しいと知られたこともだが、魔法使いが嘘をつくとそういう厄に見舞われるなど聞いたことない。
「どうやって知り得ました?」
圧に怯えた気配のエヴに気づいて手を振って微笑んだ。
「失礼、怒ってませんよ。驚いただけです。広く知られてないはずなのに、一体どこから?」
肩の力を抜いたエヴがおずおずと答えた。
「…ラウルです」
「彼が?…へぇ」
中腰に浮かせた身体を椅子に深く座り直し目は宙をさ迷わう。
「面白いなぁ。知る者は精霊と話せる私ほどの実力者だけなのに。あの子は若いのに知識や術の幅が広い。体内にいくつも仕込んだ術式はどれも面白かった。何とも興味深い」
「120を越えたハーフエルフですよ」
若くないと教えると天を仰いで哄笑した。
「そうか、そうか。120か。それでも年齢の割に見識が深い。素晴らしいよ。レディは術師と魔法使いの違いは分かります?なぜ実力者だけということも、それも習いましたか?他には?こんな遠い地に来て面白い者に会えると思わなかった」
早口に捲し立てて立ち上がると食事を放ってエヴの隣の椅子を寄せて腰かけた。
「お待たせいたしまし、た」
ダリウスと二人でカートを押して現れたヤンがエヴの隣で迫る勢いの魔導師長に一瞬固まった。
「…お食事を、お持ちいたしました。エヴ様、そちらの方は?」
ダリウスが魔導師長に威嚇するように睨んでいる。
「やめろ、ダリウス。王都からお越しの魔導師長だ。今朝、話をしたシモン・マグリット様」
小声で諌めて、食事の支度をしろと促した。
エヴが二人を魔導師長に紹介し、挨拶を済ませるとヤン達は四人分の支度をして私の隣へ二人が腰かけた。
それと一緒に魔導師長の希望で食べかけの食事はエヴの隣へとヤンが世話をした。
「同席ですか?二人はレディの従者ですよね?」
給仕をしていた二人がテーブルに着くと目を丸く見張る。
「一緒に食べたらおかしいですか?あ、もしかして嫌でした?すいません。私達は席を外します」
「違いますよっ。お待ちなさいっ」
立ち上がりかけるエヴを慌てて引き留めて息を吐いた。
「私共、魔導団は身分に関心ありませんから忌避はありません。ただ驚いてしまって。高位のご令嬢なので意外に思っただけです。不躾に問いかけて申し訳ない」
「いえ、気にしてませんし、あの、そろそろご飯、」
お腹空きましたと恥ずかしそうに呟く。
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