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棒術

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そのあとは鍛練みたいだという理由でステップと関係なく足元への突きを続けた。
横に薙ぎ払ったり連打で突いたり。
ヤンと私は軽い気晴らしのつもりだったが、エヴも興味を持って三人相手に交代で付き合った。
「ステップと関係ないが、足さばきを鍛えるのに意外といいな。私がいなくても練習もしやすいし、ダリウスもこれなら悪くない。動きがいい」
ダンスでとろかった足を素早くさばいてヤンと二人ががりで槍の柄を刺しても何とか付き合っていた。
「ヤン、爪先を狙え」
「失礼をしました」
勢い余って脛を狙ってしまったのを注意した。
「すごーい、わっ」
横で真似て動いたらよろけた。
エヴはまだ無理だ。
ヒールもまともに歩けない。
しかも元々の当たっても平気という精神が根強くかなり勘が悪い。
今は置いた棒に沿って歩く練習で忙しい。
「ダリウス、下ばかり見て猫背だ。こちらを見れば動きがわかるだろう?太ももを高く上げるな。狭い歩幅、最小限で避けろ。エヴ、早くしなくていい。靴に慣れろ。猫背に気をつけて腕や上半身を揺らすな。足だけだ」
「はぁい」
「女性は特にせかせか動くな。ゆったり構えろ」
そのうち大振りなスカートを履いて練習されねばならない。
「ダンスとは、こうやって鍛えるもの、なんですね。細かくて、討伐より、難しい、」
息を乱しながら真面目に呟くダリウスに本当は違うと思ったが、放っておいた。
短期間で上達させるつもりだからだ。
及び腰の付け焼き刃な態度は舐められる。
麻袋を持たせて集中して足元を攻めた。
苦しそうだが、姿勢を保ったまま素早く避けてぶつかっても崩れることなくさっと立て直す。
「これは、何の稽古ですか?」
「お父様」
入り口にぽかんと佇むジェラルド伯がいた。
「ダンスでしたよね?何か、訓練ですか?」
ステップを覚えた二人は麻袋を胸の高さに掲げて私が足元を棒でさばき、エヴは一人で床に横倒した棒の回りを歩き続けている。
何の練習か傍目には理解できずに入口で立ち尽くしていた。
「これもダンスの練習です」
それぞれの練習の理由を述べると納得された。
「エヴ嬢は長いスカートと靴に慣れないとどうにも」
今のまますぐによろけて一人で歩くことも出来ない状態で定番の大振りなスカートの裾さばきは無理だ。
「なるほど、そういうことでしたか」
油断するとふらつくようで、ヤンの腕に軽く捕まって立つエヴの姿をニコニコと頷いて見つめた。
普段の大股でずかずか歩く逞しい姿を思えば今の頼りなさげな様子は可愛らしい。
「エヴ、手を」
ジェラルド伯が軽く腰を屈め紳士的に手を差し伸べる。
「父とダンスをしよう。よいか?」
「はい」
二人が中央に行くので私達は端へ寄った。
「基本は覚えたのか?」
「最初に踊りました。大丈夫です」
「そうか、少しやってみよう。せーの、一、二、」
曲はなくジェラルド伯の動きに合わせてエヴが踊った。
頻繁によろけるので腰を支えて手をしっかり掴む。
ジェラルド伯の腕前は知らなかったがお上手で驚いた。
年に一度、時期になると陛下の謁見を目的に王都に滞在されて王宮や高位貴族のパーティーに息子と参加される。
息子のロバート殿は他の令息同様に女性相手に過ごす姿を時折見掛けるが、ジェラルド伯が女性と踊るところは見たことなかった。
「危なっかしい」
ふう、とため息を吐いてエヴがすまなそうに眉を下げてジェラルド伯を見つめる。
「うむ。妻にそっくりだ」
「わわっ、お、お父様?」
支えていた片手でぐっと腰を引き寄せて、宙に浮いたエヴを抱いたままスカートの裾をふんわり翻るようにジェラルド伯はゆったり歩いて軽く回る。
その優雅さに感嘆し、称賛から拍手を送った。
そのまま両腕に抱えて満足そうに微笑んだ。
「娘が可愛い。いつもは溌剌としてメイス片手に走り回るのに、こうやって淑やかにしておるのも良い」
腕から下ろして髪をひと房手に乗せて手遊びをした。
「妻と並べてあちらで見せびらかしたい。どれだけ美しく可愛いか。しかし披露すればまた回りが騒がしくなる。噂とは真逆の姿に事が大きくなりそうで悩ましい。ああ、困ったものだ」
眉を下げて悩みに片手はこめかみを揉むのに眼差しは優しくエヴを見つめている。
「誰彼と踊るのはいかんぞ?分かっておるか?」
「はい、お母様がお父様の許可した人とだけにしなさいって。パーティーではそうするものって言ってました」
「そうかそうか」
安堵に頬を緩めて目を細めた。
「お父様が下手なのをバレないように全部断ってくれるって本当ですか?」
「う、むむ」
エヴの期待の眼差しに、そんなわけあるかとぼやいた。
「ぶ、」
どうもエヴの母君はさばけた方なようだ。
厳しいと聞いていたが、不要不急を判断しばっさり切り捨てる。
「奥方は刺繍やダンスなどの手習いに興味がないのか?」
戦闘にしか興味はないように思えて、隣のヤンに尋ねると首を振った。
「いえ、そんなことは。我が国の流派は難しいそうですが、隣国流のやり方なら刺繍や歌、楽器など一通りこなせます。ダンスもお上手ですし、とてもお好きです。旦那様とよく屋敷で踊るのをお見かけします」
聞けば何でも踊れるようだが、エヴに教えることはしないと言う。
「なら、なぜ奥方がお教えしないのか不思議だ」
首を捻るとジェラルド伯のエスコートでエヴが戻ってきた。
「団長、お母様はお父様としか踊らないんです」
どうやら聞こえていたようだ。
「お父様が一番好きだから。お兄様と私は二番目だから踊らないっていつも言います」
それを聞いてジェラルド伯が顔を真っ赤にする。
咳払いをして、あとはがんばりなさいと告げるとすぐにホールを後にした。
「仲がよろしいのだな」
「はい、とっても」
まさか子と踊るのさえ夫と比べて拒否する奥方とは。
エヴの教育方針についてもそうだが、やはりかなり極端な方のように思える。
「私も頑張らないと」
やる気のあるエヴに微笑みを向けた。
「そうか。ダンスは好きか?」
「はい。好きです。お母様みたいに上達したいし、さっき団長がキレイでした」
「…さっき?キレイ?」
何のことかと訝しくエヴを見ると忌憚のない様子でこちらを見る。
「ダリウスと踊ってた時の団長。お母様みたいでした」
「…そうか」
誉められてもなんとも微妙な気持ちだ。
エヴの相手もしたのに女役のダンスを誉められるとは思わなかった。
「では続きだ」
側にあった薄い木板を拾い埃を払ったら、エヴの頭に乗せた。
「壁に行け。乗せたまま立っていろ。姿勢の矯正だ」
「うう、はい。あっ、」
すぐに落としてしまい、拾い上げる。
「慣れたら乗せたまま歩け。上達したら薄い木板から分厚い本に変える」
「え?ダンスは?」
「姿勢が全ての基礎だ」
「ええ~…、わわっ、難しいぃ」
落ちそうな板を両手で押さえてよろめく。
「ヤン、手本を見せてやれ」
「私ですか?やったことありませんが」
「やってみろ。この中なら特に姿勢がいい」
もうひとつ適当な板を拾って渡した。
「…ヤンはヒールじゃないもん。…平たいブーツだもん」
エヴの乗せた板より重くて太い物を乗せたまま、簡単にすたすたと歩くのを見て拗ねた。
「エヴならブーツでも難しいからな」
「え?」
「普段から姿勢がいまいち悪い」
「はうっ!」
はっきり言うとかなりショックだったようで息を大きく吸いながら悲鳴のような声が出た。
「うう、ぐず、はいぃ」
涙ぐみながら頭に板を乗せて壁に背を向けて立ち尽くした。
「…泣かせて悪かった」
あれでいいと思ってたのかと内心の驚きを隠して謝った。
「いえ、ぐすん」
「触るぞ。姿勢を整える」
「え?はい、うぐ、」
上向きの顎に手を添えて奥へと押し込む。
「壁にもたれるな」
頭の板を取って背中と壁の隙間に差し込んで確認し、丸まった両肩とヒールで曲がった膝も押し込む。
「これを継続しろ。ほれ」
ぽんと頭に板を戻した。
「はいぃ」
頭のぐらぐらする板に苦戦しながら討伐でも見たことないような必死な顔に堪えきれずに笑った。
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