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見合い話

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「顔が強張ってる」
下を見ていた顔をあげて背筋を伸ばし、向かい合わせに同じ動きを繰り返す。
眉間にシワを寄せる顔に口角を上げてからかうとちらっと睨まれた。
「余裕そうに見せろ。間違えても分からん」
「いえ、そういうわけには、」
「そんな顔で格式張って踊るよりいい」
忙しなく動く爪先を蹴ってよろめかせた。
「何を、」
「油断するとこうやって令嬢に蹴られる。足さばきは覚えたろう?続けろ」
顔を歪めて続けるのをそのままに、部屋の端の放ったらかしに置かれた荷物から槍の柄と軽い麻袋をひとつ片手に掴んで戻る。
薄っぺらい軽さから中身は布かと察した。
「これでわざと足を止める。避けてもぶつかってもいいが、すぐに建て直せ。顔に焦りを出すな。あと手にこれを持て」
懐に麻袋を投げた。 
「令嬢代わりだ。胸の高さに」
さっと胸の高さに合わせて持ち上げた。
「脇」
何も言わずに基本で習った幅に合わせて横に広がった脇を締める。
「逆だ。このステップの時は広げろ。肩から水平に。そうだ」
かっ、かっ、と適当なタイミングで足元をつつくと何度もよろけて後ずさる。
下がるなと忠告すればステップに合わせた移動を心掛けた。
「踊りが上手い相手もいれば下手な相手もいる。大事なのは恥をかかせないことだ。相手にこうやって調子を崩されても平然とやり過ごせ」
「く、」
爪先や開いた足の間に長い柄の先を時折当ててヤンの邪魔をする。
「顔」
「わ、笑え、と?」
この状況でと問うので少し考えて首を振った。
「眉間」
そう言うと苦しげな顔をやめて口許を引き締めて無表情を努める。
「そのうち余裕そうに笑え」
「ふ、スパルタ、です、ね」
「ああ、一番貴族に囲まれやすい見掛けだからな。特に鍛えるつもりだ」
「災難、です」
「時間がないから仕方がない」
「ふ、ふふ」
足元に注視し、呼吸は苦しそうだが思ったり余裕を見せて笑っている。
顔を見ると本当におかしいと笑みを浮かべていた。
「余裕だな」
ヤンの様子に少し驚いた。
それに棒さばきについてこれていることに満足してこちらも微笑む。
「いえ、きつ、いです。しかし、ダンス、というより、鍛練、みたいで、笑いが、ふふ、」
もっと上品にするものでしょうに、と笑う。
「そうか。先程、平民だからと言っていたが、映えあるクレインの出世頭だ。高位はなかろうが、他の貴族から見合いが殺到するだろうな。覚悟しとけ」
「は?あだっ、いっ、」
「おっと、よろけた。大丈夫か?」
咄嗟に話が理解できなかったようだ。
見合いの単語で自分から足がもつれて前のめりにたたらを踏む。
「言ったろう?貴族受けがいいと」
一旦、手を止めた。
ぽかんと前屈みの姿勢で私を見つめたまま呆けている。
しょうがなしに柄を持ち直して肩に担いだ。
「平民に?本当の平民ですよ?混じりっけなしの。しかも孤児扱いですよ?」
三男坊以下の、貴族籍からあぶれて庶民に降りた貴族と違うと言いたいらしい。
血筋だけは貴族という庶民は多い。
基本的に貴族籍と認められるのは世襲貴族の統主、嫡男、次男までだ。
子供や妻は彼らの庇護のもと名乗りが許される。
世襲貴族の他に、団や王宮に勤めれば一代限りの爵位を授けられたら家名を名乗れるが、それ以外の者に名乗りの資格はない。
罰則はないが、爵位を得ない職に就いてから家名を名乗るのは恥とされている。
出身として口にするだけで名乗らないのが常だ。
職にあぶれ、いつまでも名を捨てずに親の庇護のもとにすがる者がいる中、私は名乗りをやめる方が清々しくて好ましい。
ふと、独身のまま50を過ぎた脛かじりのじじいを思い出して気分が悪くなった。
あのひひ親父は嫡男でも次男でもなく末子という立場で、年老いた父親に甘やかされパーティーに出て来ては若い娘に手を出そうとする。
しかもデビューしたての、孫ほど歳の離れた相手にだ。
脛かじりの立場とあの年齢、かなり老いた様相なのに自分より下位の若くて大人しい貴族令嬢を下品に扱い追い回す。
趣味趣向の気持ち悪さから忌避していた。
デビュー前から噂は知っていたが、泣いている下位貴族の娘を相手に伯爵位をかざし、物陰に追い詰めていたのを見た時は本気でぞっとした。
私用で出席したパーティーや警備で下品に声をかけたり触るのを何度か諌めたことがあった。
数年前に私自身の立場が固まったということもあり、本人と父親に強く忠告したら、あのひひ親父は何を思ったのか金を片手に一夜限りと口説くのが癖になったらしい。
団に周知して公私関係なくあれの悪行を見掛けたら私の名前を使ってでも止めろと指示を出していた。
あれに関わった部下達からの報告だった。
強くやめさせたいが、見苦しいという理由だけで他家への介入は出来ない。
被害者は立場の弱い者ばかりで、しかも醜聞から守るために皆が口をつぐんでる。
当事者ではない私はそのくらいしか出来なかった。
「気分が悪い」
「失礼しました。申し訳あ、り」
失言と思ったようですぐに頭を下げようとするのを肩を掴んでやめさせた。
「違う。気持ちの悪いひひ親父を思い出した」
「…私を見て、ですか?」
「うだつの上がらない貴族令息よりご令嬢はお前がよかろうと思ったんだ。特に50すぎた独身のひひ親父より」
「そんな方がおられるんですか?」
「いる。あれは気持ち悪い。勤めもなく貴族社会に残りたいから親の庇護のもと独身を続けている。年甲斐もなく若い娘が好きで何度か諌めた」
「…私を見てそれを思い出すのはやめてください」
「悪かった」
非難を込めた瞳に頭をかきながら謝った。
あれと比べるのは失礼だ。
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