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社交術
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足らないのはどれかヤンと頭を寄せ合い話し合う。
ダリウスは興味がないらしく、汚れ避けのシーツを敷いたラグの上で全員の武具の手入れをしていた。
「…エヴ様、またメイスが曲がってます」
「ごめん」
この間も私へ投げてくの字に曲げたのに、またらしい。
レンガの上に置くと体重をかけて逆方向にしならせている。
「ウォーハンマーに変えます?」
「今度試すよ。お兄様とお父様はメイスより難しいからやめなさいって言うけど」
「今度は根本から折れるんじゃないか?斧はどうだ?」
「それも試します。ダリウス、用意頼んでいい?」
「分かりました」
なかなか上手く戻らないようで向きを小まめに変えながらメイスを曲げて調節していた。
「座学の勉強は分かった。あとは実技だが、歌と楽器はどうしている?刺繍や縫い物も。どれも教本がない」
積まれた教本に目を通して楽譜がひとつもないことに気づいた。
刺繍の図案本や縫い物に関する装飾や衣類のデザイン本もない。
よく考えたらエヴの部屋に楽器や刺繍物はない。
戦時で駆けつけたからと思っていたが、座学の本を取り寄せたのにそれだけないのはおかしい。
「刺繍はハンカチに簡単なのなら、あとは今着てるみたいな簡単な服なら縫えます。歌と楽器は今は楽譜が分かるくらいでいいって。お母様が」
「…はっきりしている」
王都で楽器と歌は客人へのもてなしの手段として念入りにしつける家が多く、縫い物は花嫁修行の中で一番の手習いなのに。
刺繍も嫁入り先の家紋を入れるのに必要なのだが。
教師を雇って学ばせるのに、どれもばっさり切り捨てている。
教育に不熱心な家でも母親が厳しくしつけるのに。
「奥様は読み書きとマナーを優先してされてます。熟練が必要な実技は最低限でよいという方針です」
ヤンがこっそり耳打ちした。
「なるほど」
「いずれ貴族社会と関わるなら、マナーや語学と、社交に必要なものを中心にしております。クレインは外交が多いので」
時間がないからとそれは納得した。
幼少期から行う淑女教育を片手で数える年数で終えようというのだから。
必要なものだけに特化したのも理解できる。
「なら、エヴはダンスは踊れるのか?社交に必要だ」
くるくる回るエヴを想像して尻尾が緩く揺れた。
「全然です。お兄様とお父様に習っていますけど忙しくて相手してもらえません」
「ヤンがいるだろう?」
こいつにも苦手があるのかと意外だった。
「旦那様にも進められて私もお二人から指導を受けましたが、あまり時間を作れずほどほどに学んだだけです」
「ということは多少出来るんじゃないか?」
「残念ながら基本ステップを少しだけです」
それ以外は何も分かりませんと首を振った。
「ダリウスとラウルもか?」
「ラウルは古典のダンスなら存じてます。楽器もいくつか弾けます」
「術式や魔法に関わる奴だろう?」
苦笑を浮かべながら頷いた。
あいつらしくて私も顔が緩む。
「ダリウスは?」
作業中のダリウスを見ると渋面に顔をしかめ手元の大剣を片手に検分しながら、こちらへ空いた手をパタパタと横に振って見せた。
「そうか。だが、その程度と言うなら王都に行ったらどうする?褒賞授与が済むと夜はダンスパーティーだ。全員、主賓だからダンスは避けられないのに、随分のんびりしている。大丈夫なのか?ダンス以外もお茶会や会食など断れない誘いは沢山く、る…ん?」
そう話していると三人が、はたと固まった。
「…ジェラルド伯から聞いてないのか?」
三人揃ってぽかんとしている。
「ヤン、式典の流れを知らないのか?」
「…いえ、流れは把握しておりますが。…ただ、私共は平民の、側仕えですので、パーティーの参加など、考えておりませんでした」
余程、予想外だったのかぼんやりと答える。
「授与式の頃には、臨時兵団は解体されてますよね?そしたら、俺達ただの側仕えです。だから褒賞のみかと」
握っていた埃落としのブラシと磨いていた革鎧をのろのろと胡座をかいた上に下ろすと疑問を浮かべた瞳でダリウスはこちらを見つめていた。
「…陛下の、謁見で終わりじゃないんですか?」
エヴは謁見で終わるつもりだったのか。
「終わりじゃない。普通、授与式のあとはすぐにパーティーだ。陛下と王妃のファーストダンスの後、王家筋や高位貴族、上位職の歴々が踊る。立場上、私とエヴの参加は当然だ」
「え、エヴ様は理解できますが、俺達はなぜ?旦那様も、何も仰らなかった」
「ジェラルド伯のお考えは分からないがご存じだと思う。陛下から名誉職を給わった場合、実権の返納後に功労として今の地位を残される。名ばかりとなるが、三人は副団長とその補佐官だから参加資格はある。しかも主賓。当然呼ばれる」
これは本当に考えていなかったのだと察して、茫然とする三人相手にダンスの練習をすることになった。
ダリウスは興味がないらしく、汚れ避けのシーツを敷いたラグの上で全員の武具の手入れをしていた。
「…エヴ様、またメイスが曲がってます」
「ごめん」
この間も私へ投げてくの字に曲げたのに、またらしい。
レンガの上に置くと体重をかけて逆方向にしならせている。
「ウォーハンマーに変えます?」
「今度試すよ。お兄様とお父様はメイスより難しいからやめなさいって言うけど」
「今度は根本から折れるんじゃないか?斧はどうだ?」
「それも試します。ダリウス、用意頼んでいい?」
「分かりました」
なかなか上手く戻らないようで向きを小まめに変えながらメイスを曲げて調節していた。
「座学の勉強は分かった。あとは実技だが、歌と楽器はどうしている?刺繍や縫い物も。どれも教本がない」
積まれた教本に目を通して楽譜がひとつもないことに気づいた。
刺繍の図案本や縫い物に関する装飾や衣類のデザイン本もない。
よく考えたらエヴの部屋に楽器や刺繍物はない。
戦時で駆けつけたからと思っていたが、座学の本を取り寄せたのにそれだけないのはおかしい。
「刺繍はハンカチに簡単なのなら、あとは今着てるみたいな簡単な服なら縫えます。歌と楽器は今は楽譜が分かるくらいでいいって。お母様が」
「…はっきりしている」
王都で楽器と歌は客人へのもてなしの手段として念入りにしつける家が多く、縫い物は花嫁修行の中で一番の手習いなのに。
刺繍も嫁入り先の家紋を入れるのに必要なのだが。
教師を雇って学ばせるのに、どれもばっさり切り捨てている。
教育に不熱心な家でも母親が厳しくしつけるのに。
「奥様は読み書きとマナーを優先してされてます。熟練が必要な実技は最低限でよいという方針です」
ヤンがこっそり耳打ちした。
「なるほど」
「いずれ貴族社会と関わるなら、マナーや語学と、社交に必要なものを中心にしております。クレインは外交が多いので」
時間がないからとそれは納得した。
幼少期から行う淑女教育を片手で数える年数で終えようというのだから。
必要なものだけに特化したのも理解できる。
「なら、エヴはダンスは踊れるのか?社交に必要だ」
くるくる回るエヴを想像して尻尾が緩く揺れた。
「全然です。お兄様とお父様に習っていますけど忙しくて相手してもらえません」
「ヤンがいるだろう?」
こいつにも苦手があるのかと意外だった。
「旦那様にも進められて私もお二人から指導を受けましたが、あまり時間を作れずほどほどに学んだだけです」
「ということは多少出来るんじゃないか?」
「残念ながら基本ステップを少しだけです」
それ以外は何も分かりませんと首を振った。
「ダリウスとラウルもか?」
「ラウルは古典のダンスなら存じてます。楽器もいくつか弾けます」
「術式や魔法に関わる奴だろう?」
苦笑を浮かべながら頷いた。
あいつらしくて私も顔が緩む。
「ダリウスは?」
作業中のダリウスを見ると渋面に顔をしかめ手元の大剣を片手に検分しながら、こちらへ空いた手をパタパタと横に振って見せた。
「そうか。だが、その程度と言うなら王都に行ったらどうする?褒賞授与が済むと夜はダンスパーティーだ。全員、主賓だからダンスは避けられないのに、随分のんびりしている。大丈夫なのか?ダンス以外もお茶会や会食など断れない誘いは沢山く、る…ん?」
そう話していると三人が、はたと固まった。
「…ジェラルド伯から聞いてないのか?」
三人揃ってぽかんとしている。
「ヤン、式典の流れを知らないのか?」
「…いえ、流れは把握しておりますが。…ただ、私共は平民の、側仕えですので、パーティーの参加など、考えておりませんでした」
余程、予想外だったのかぼんやりと答える。
「授与式の頃には、臨時兵団は解体されてますよね?そしたら、俺達ただの側仕えです。だから褒賞のみかと」
握っていた埃落としのブラシと磨いていた革鎧をのろのろと胡座をかいた上に下ろすと疑問を浮かべた瞳でダリウスはこちらを見つめていた。
「…陛下の、謁見で終わりじゃないんですか?」
エヴは謁見で終わるつもりだったのか。
「終わりじゃない。普通、授与式のあとはすぐにパーティーだ。陛下と王妃のファーストダンスの後、王家筋や高位貴族、上位職の歴々が踊る。立場上、私とエヴの参加は当然だ」
「え、エヴ様は理解できますが、俺達はなぜ?旦那様も、何も仰らなかった」
「ジェラルド伯のお考えは分からないがご存じだと思う。陛下から名誉職を給わった場合、実権の返納後に功労として今の地位を残される。名ばかりとなるが、三人は副団長とその補佐官だから参加資格はある。しかも主賓。当然呼ばれる」
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