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迎えに行って戻ったブラウンの背中には満面の笑みのラウルがいた。
「サキュバスと翼竜の混血にハーピィの純潔種だって?」
「滑るから気を付けろ」
背中から降りて杖を突きながら歩き、世話を受ける二人のもとへ向かった。
エヴの服は体格にあまり合っておらず、二人を椅子に座らせて女人が丁寧に繕ってやっていた。
「ハーピィの純潔は久々に見たよ。羽は間違いない」
「何よ、あんた」
「触んないでよね、魔力だけしかない精の薄いエルフは好みじゃないのよ」
「はいはい。おばちゃん、危ないからどいて」 
「分かったよ、ここまで縫うから待ってくれる?」
スカートの裾を長めに縫い直している。
背中は切り目を入れて、隙間から羽が出るように改造した。
「いいよ、終わったらブラウンの後ろに下がって」
軽く答えたと思ったらおもむろに二人の前に手をかざした。
女人が離れた途端に目の前に二人を囲むほどの大きな魔力壁を展開した。
「ぎゃっ!」
「ぐぇ!」
それとは別に大きな術式が二人の胸の前に浮き上がる。
椅子に押さえつけられているようで悲鳴をあげて苦悶の表情で激しく首を振って抵抗を見せた。
「終わり」
ぱっと魔法壁も浮いた術式も消えた。
「な、何すんのよ!」
「このっ!」
怒り狂った二人が飛びかかるのに、間抜けにも立ち上がっては座るという動作を繰り返す。
「な、なんで?立とうとするのに立てないぃっ」
「く、ううう、あっ!あー!あー!」
目をつり上げて口をパクパクと意味のない言葉を紡ぐ。
「暴言も暴力も出来ないよ。残念だねぇ?あー、逃げるの?止めといたら?」
天井に空いた吹き抜けを目指し、翼を広げて逃げようとするのを揶揄する。
「今、逃げたら他の奴らや魔獣に襲われても抵抗出来ないけど?それでいいなら行きなよ?」
青ざめて二人は震えた。
反撃出来なければか弱い人族の女性以下だ。
「そ、そんな、嘘よぉ」
「やめてよぉ、外してよぉ。狙われたら死んじゃうぅ」
メソメソ泣く二人に、杖に寄りかかって包帯に巻かれた満身創痍のラウルは満足そうに頷いた。
「…相変わらず、えげつねぇ」
ブラウンの呟きに私も首を縦に振って答えた。
「乗り込んだ先が悪かったな。お嬢様が帰れって言った時に大人しく帰ればよかったんだ」
ブラウンのため息に苦笑いをこぼす。
逃がすなと助言したのは私だからだ。
「外に出てます」
そう言って口を挟みそうな気配の女性らを外に連れ出した。
「まずは体内探知から」
ニコニコと笑みを浮かべてハーピィの頭を掴んだ。
「いや、やめて」
「抵抗するなら痛くしてあげようか?いい子なら悪いようにはしないけど?分かる?」
「は、はいぃ。ひぃぃん」
えぐえぐ泣きながら大人しくなった。
片割れの蝙蝠羽根の探知も済んだら手を離してこちらを向く。
「この二人、互いに伴侶だね」
「分かるのか?」
「慣れかな。とりあえず繋がりがある。淫魔の能力は下の下。最低の下位だね。器が小さい。魔力そこそこだし、大して精も吸えない。本当に淫魔なの?」
「サキュバスよ!私達、強いのよっ」
「飛べるから有利なだけでしょ?能力自体はかなり低いよ」
ふん、と鼻で笑い、それを悔しそうに二人が睨む。
「こういう半端な混血は流れ者だし、ハーピィの方も能力が低いよ」
「ひどい!」
「俺の見た中でね。羽が小さいし手足の鉤爪がない。羽根の柄がハーピィってだけで、普通の有翼種に見える。それに若いから何も能力ないよ。ハーピィは年取ってから強くなる。こんな若い成長途中を見たことないけど、もしかして鉤爪や羽は徐々に育つのかな」
「あ、え、それ、なんで、」
「正解だね」
くっと頬を歪ませて笑う。
「予測が外れた。片割れはサキュバスの上位種かと思ったのだが」
先程、二人が精を嗅いで目視した話を聞かせるとまた目が輝いた。
「へぇ、面白い」
目に術式が浮かんだ。
「誰かそいつの頭を抑えてて。目を見るからに」
ヤンが後ろから頭を両手に挟んだ。
「ひっ、」
「大丈夫、覗くだけだから。片手が使えなくて不便なんだから、ちゃんと目を開けてよ」
蝙蝠羽根の下瞼を引っ張って、たまに上瞼を引っ張る。
「…目の光彩が竜のものだ。もしかしたら精力じゃなくて生気を見てたのかな?…親は地竜?竜種で生気を見れるのは地脈を見る地竜くらいだ。臭いで判別するのも鼻が発達してるし納得。翼竜の能力じゃない」
「あ、あんな地面にのったくったの親じゃない!私はサキュバスよ!」
「そうだね、純潔の地竜なら羽根がない。なら、親が翼竜の混血か」
竜種同士の交配はよくあるから珍しくないと呟いた。
私も討伐でおまけのような羽根をつけた地竜を何度か見たことあった。
理由を初めて知って感心からため息がこぼれた。
「違うわよっ、これはサキュバスの羽根よ」
「畳めないんでしょ?サキュバスなら魔力で作った蝙蝠羽根だよ。出しっぱなしは有翼種や翼竜の特徴だね」
知らなかったのと冷めた声で問うとくしゃくしゃと顔を歪めてすすり泣いた。
「違う、私はあんな、ミミズ、イヤだぁ」
「立派な竜でしょう?」
「ミミズのもぐらよ!あんな奴、大嫌い!わ、私は、サキュバスだから、尊き方の恩恵で、もっと強いサキュバスになるのよ!」
「ラウル、こいつは結局どっちだ?竜なのかサキュバスなのか分からん」
泣いてごねる蝙蝠羽根を無視していた。
ヤンの問いに頭を縦に揺らす。
「サキュバスだよ。消えない翼があるだけの下位。竜種は造形が表に出やすいからね。鱗だったり翼だったり」
なるほどとヤンは呟いた。
「ドラゴンの血のおかげで下位のくせに能力が高いわけか。それでハーピィはなぜ精力が見えた?」
問い掛けると注目されたハーピィはびくっと大きく跳ねた。
「んー?そっちのハーピィも、生気を見ていたんでしょう」
「婚姻の影響か?」
「さあ?わかりません。元々かもしれませんし。食欲旺盛で肉食のハーピィはたまに生気を見る種がいるから。活力の多い生き餌を好むものから腐肉を好むものまで種類が多い。何を食べるか分からないと判断出来ないかなぁ。ねえ?どっち食べるの?」
「ひ!ふ、腐肉も生き餌も食べないわよぉ」
「残飯?」
「ち、違うわっ!そんなの食べない!普通に何でも、モルガナと同じものを、」
隣のサキュバスを指さした。
「サキュバスと同じものねぇ。じゃあ、偏食はないんだ」
若いからかなぁと呟いて首をかしげた。
何者か分かったら次の疑問を口にした。
「こいつらのことは分かった。それより、また次の襲撃が来るのか?」
「来ないと思いますよ」
「なぜだ?」
「こいつらが礼儀知らずな馬鹿なだけです。普通、勝手に押し掛けない。殺されても文句言えないレベルの無作法なんですよ」
「そんな礼儀があるのか?」
「ありますよ。精神感知で互いにやり取りする種族は特にそう言った図々しいのを嫌います。上位に念波を送ったり、押し掛けたりするのは命知らずです。逆に上位から下位へ送るのも、力の差が大きい程恐怖で苦しみます」
「自分を上位と勘違いして返答がないことに調子に乗ったのか」
「最近の不機嫌の理由が分かりました」
ヤンが、こいつらのせいかと呟くと頭を握ると一瞬で蝙蝠羽根は頭を前のめりに倒れる。
「何したのよ!」
「お前もだ」
がっと掴むと同じように椅子から倒れた。
「不機嫌だったのか?具合が悪そうだとは思ったが」
魔力を吸ったのは分かったのでそれは尋ねなかった。
「ええ。毎晩、決まった時間に頭痛を堪えてる様子がありました」
偏頭痛持ちではないのに、と付け足したので、ではこのくらいよかろうと頷いた。
外のブラウンに声をかけて二人の運び出しを頼んだ。
意識をなくした二人を心配したご婦人方にやりすぎだと大変叱られたので、謝って必要なことだったと告げれば仕方がないと受け入れられた。
ついでに、こいつらをただ逃がすのも腹が立つとヤンが言うので好きにさせることにした。
「側にいたいと言うなら置いてやりましょう。女性の側仕えがほしいと思っていたところです。何より肉壁にちょうどよいです」
「この無知をか?」
「こいつら次第です。ちょうど教育係になれそうな罪人もおります。エヴ様と旦那様に確認して許可が降りれば躾をします」
いらなければこのまま放逐すればいいことですと答えた。
「術式をつけたまま」
「もちろん。外す義理はございませんので」
「ラウルの時と似ている。使い捨ての方が手元に置きたがるのだな」
「…言われてみれば、そうかもしれませんね」
言われて初めて気づくヤンの納得に口角をあげた。
その後は二人の見張りにラウルとブラウンがついた。
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