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革紐

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垂れた髪の房に指を滑らせた
「ひと房、欲しい」
「これですか…どれくらいいります?」
手元を見つめて房を両手の指で橋のように渡し、伸ばしながら私に見せる。
欲しかったが切るのが惜しくなった。
「いや、やはりあなたの髪を切りたくない。代わりにこれが欲しい」
エヴの後ろにある髪の束を手に乗せて髪紐を見せた。
「え、…これを?」
一瞬の舜巡に手放せないものなのだと気づいた。
エヴの髪についていたそれが欲しくて咄嗟に答えただけだ。
普通の濃い灰色の革紐と思ったのによく見れば、先には小粒だが、質のいい紫の石がいくつも鈴なりにタッセルと共に下がっていて、紐の全体に押し印で花と蔦の柄が彩られている。
かなり高価な品物だった。
「すまない、高価なものを。これはいい。大事なものをすまない」
「これは、お父様から頂いたものだから、ちょっと待っててください」
さっと立って隣の寝室へ行き、すぐに戻ってきた。
「髪紐で良ければ代わりにこれをどうぞ」
見せてくれた手の中にはいくつもの革紐が乗っていた。
私の前に座って先程まで腰かけていた座面に並べている。
「いや、申し訳ない。持って来なくていいんだ」
気づかず高価なものをねだった恥ずかしさで気まずい。
「そうですよね。下手なのばかりですし」
「下手?」
言葉の意味がわからずエヴへ視線を向けた。
「革からなめして、自分で作ったんです。皆で、ですけど。ほら、これなんかよれよれでこっちは幅がおかしいでしょう?多分、最初に作った奴です」
「作ったのか?」
「はい。団長が来られた頃かな。解体とか習ったついでになめしも初めてその時に。この間、出来上がった革と他にも端切れを貰ったから料理番のおば様に習って髪紐にしてみました。あ、これっ、この革は私が仕留めたんですよ」
ひとつひとつ説明をしてくれた。
「これが一番上手です。他のより細く均一に切れました」 
薄い茶色の革が多い中、黒みがかかった焦げ茶色の紐を見せてくれた。
「ああ、上手だ。それに、これも面白い」
太いバングルに編み込んだロープ状の革紐が通してある。
「これ、この太いところで髪を巻いて、その上から革紐で結びます」
「どれもよく出来ている」
端にビーズを繋げて輪っかになってるものや結び目が凝ってるものばかりだ。
本人が言うには不揃いを隠すために結んで誤魔化したそうだ。
「もらっていいのか?」
「どうぞ、下手ですけど」
「そんなことない」
どれにしようか悩んで手が迷う。
「選んでくれないか?全部欲しくなる」
「全部いいですよ」
「嫌だ。お揃いでつけたい」
「…そうですか。…ならこれかな。でも少し長すぎですかね?」
先程まで一番上手に切れたと喜んでいた紐を選んだ。
「…そうだな」
対人戦で髪を掴まれると困るので貴族籍だがそんなに伸ばしていない。
肩甲骨に触れる程度の長さなので金属で出来た細目のヘアーカフでまとめている。
エヴの長髪に合わせた髪紐は長すぎる。
このまま結んだら巻きが多すぎて結び目が団子になってしまう。
逆に余りを垂らしたら紐がほどけやすくなるので困る。
なくしたくない。
「切りますね。このくらいですか?」
さっと腰からナイフを抜いて紐に刃を宛がう。
「切るのは勿体ない」
せっかく上手くできたと喜んでいたのに。
「また作りますよ。まだ材料ありますし、ヤン達も欲しがっていたし」
「…待て、配っているのか?」
「はい。お父様達も、おば様にも団員にも」
「…私だけのが欲しい」
そんな気はしていた。
予想できていたのにがっかり感がとてつもない。
「これは団長用です。残してました。で、これくらいで切りますね?」
名残惜しさも情緒もなく手早くぷつんと切ってしまった。
「…本当に私のために作ったのか?」
明け透けなエヴの言葉を信じられるが確認したい。
「…半分だけ本当です。一番、上手に切れたし、最初からそれをあげるつもりだったけどいらないかなって思ってやめました。クレインでは革物が好まれるけど王都だと貴族には嫌がられると聞いたので、団長にふさわしくないなぁって思ったんです」
確かにエヴがつけているような手のこんだものなら違うが、革物は庶民のものと忌避されやすく、宝石のついた貴金属が好まれている。
「私はいる。欲しい」 
「ならよかったです」
いらないわけないのに相変わらず素っ気ない。
「こっちが団長のです。どうぞ」
「ありがとう」
受け取った紐を丁寧に畳んで懐に入れた。
その間にエヴは残った長い紐で輪っかを作って紐に端を巻き付けてたま結びに留めて、反対の端も同じように輪っかにたま結びを作った。
じっと作業を眺めていると、結び終えたその輪っかを頭から、すぽっと被って結び目を弄って細い首に合わせている。
苦しくないようになのか隙間に指を入れてぱっと見は緩いチョーカーになった。
「団長、これでお揃いですよ。どうですか?」
紐に指を引っかけてよく見えるように伸ばすと細い首を傾げた。
予想外の言葉に気の聞いたことを言えずに間抜けにも目を見開き口が半開きだ。
白い首に濃褐色のラインが一本だけ目立ってとても映えている。
「…団長?」
呼び掛けられても何も言えずに目を丸く開いたままぼうっとみとれた。
「…外しましょうか?」
無言の私にむっと口を突きだして不機嫌なエヴに口を開けたままなんとか横に顔を振っただけだ。
「エヴ様、そろそろお着替えをされてください」
「はぁい」
隣の部屋からヤンが声をかけてすぐに隣の寝室に行ってしまった。
「ヤン、見て。上手でしょ?」
「ええ、とても良くできていますね。明日また見せてください。今は先にお召しかえをお願いします」
「はぁい。あ、ダリウス、見て」
「ネックレスですか?珍しいですね」
「そうよ、たまにはね。ダリウスもつける?」
「作ってくださるなら何でも嬉しいです。だけど、俺、そういうのは似合う気がしなくて。どうなんでしょうか?」
「ネックレスだもんね。ダリウスは短髪だから髪紐はいらないし。おば様達に相談して作るよ。切って結ぶくらいしかできないし、何が作れるかなぁ。あ、ねえ、これ使うよ?今からお湯を待つの面倒だし」
桶の水だろうか。
会話の合間にちゃぷちゃぷと水の音が聞こえる。
「うー、冷たい」
「湯がなくて申し訳ありません」
「夏だしいいよ、今日はバタバタしたから。今はこれで済ませちゃう」
ザブザブと絞る水音と衣擦れの気配から清拭をしてると気づいて一気に顔が熱くなった。
おそらく衝立の裏でだとは思うが薄い板一枚を隔てた無防備さに思わず顔を覆った。
それに、お揃いだと見せたチョーカーも。
それもおそらく深い意味はない。
私がお揃いで私だけのものが欲しいとねだったから、エヴは気を効かせて髪紐の片割れをチョーカーにしたんだと、喜びに叫びそうな衝動に頭を抱えて言い聞かせた。
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