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不遜

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「よそ者がクレインの姫を盗りに来たんです。簡単にはやるものか、ですよ。坊っちゃん」
「…くそが。ベアード、貴様は主人にまでふてぶてしい。躾に蹴ってやるものを」
エヴを押し退けて近づくと、ベアードは降参だと手を上げて顔を緩ませた。
「はは、もう黙りますよ」
「遅い!」
ごっと脛を蹴るが少し動いただけで生暖かい目でそれを見ている。
「客人に尊大な態度な上に昔の呼び方をしおって!」
「歳ですか?脚力弱ってるみたいですね」
また、ごっとさっきより強く蹴るのに涼しい顔だ。
「この男は幼い頃から武を鼻にかけて、本当はこういう不遜な奴なんです。だから、普段は喋るなと」
ジェラルド伯も怒って顔を真っ赤にしている。
「俺も若い頃は大型を一人で殺れてたんですけどね。坊っちゃんもなんとか出来ていたのに。お互いに年を取りましたね。悲しいことに、」
「やかましいわ!」
はははっと顔を上げて笑った。
「グリーブス団長がお嬢様と息子らのことを引っ掻き回すなら俺も、」
「やめんか!」
「ふざけるな!親の立場で参加するな!」
「何を仰る。お宅も変わらんでしょう?公爵の権威を使ってらっしゃる。グリーブスの栄誉も高い地位と先代の威光から派生しています。あなた個人ではありません。親の七光りで相手を落としているのと何が違いますか?」
「はあ?!」
身分の上の私へ軽々しく何度もお宅と呼び掛けて、あまつさえグリーブスの栄誉を七光りと揶揄する。
他領の団長に癖のある奴は山ほど見てきたがここまで面の皮が厚いのは初めてだ。
「…ベアード、ちょっと性格悪い」
茫然とやり取りを見ていたエヴが呟いて、ベアードはニコニコと笑う。
「ははは、内緒にしてましたが実はそうなんですよ。申し訳ありません。しかし、息子らはとっても良い子ですよ?自分と違って本当に謙虚です。穏やかだし素直で、何よりお嬢様を愛してます。だから、うちの、」
「やかましい!黙っとれ!」
べちんべちんと高い位置にある後頭部を叩くのにジェラルド伯に微笑んでいる。
「あはは、腕力も落ちてますね?あれだけ鍛えているのに。やはり歳ですか」
こんなに小さかったのにと腕と手で赤ん坊の大きさに抱く姿勢を見せた。
「やかましい!やめろ!少し年上だからって偉そうに、」
「お世話楽しかったですよ。このくらいの時は引っ付いて回って、いないと泣くし、そう言えばおねしょしたのを助けてあげましたね」
「ベアード!」
子供の頃の話にますますジェラルド伯は顔を真っ赤にして怒る。
「…そんなに嫁に欲しがるのはクレインと縁続きになりたいためか?」
あまりの不遜さに頭が冷えた。
私の回りでここまで主人に偉そうな奴は見たことない。
単純に息子の願いを叶えてやろうとしてるのにしては不自然で他の利を求めてるのかと気になった。
「縁続きになりたいですよ?赤ん坊の頃から可愛がった坊っちゃんのお子ですし、ワルキューレの奥様も素晴らしい。守護の紋がありますが、万にひとつでも子を成すかもしれない。それならぜひ見たいです。そうでなくても息子らなら命に代えてもお嬢様をお守りします。私共家族も含めてです。ちなみに坊っちゃんはこうやって可愛がりました。よっと」
「やめんか!馬鹿者が!」
「嫌がらせです。懐かしくないですか?」
ゲラゲラ笑いながら脇を持ち上げて子供のように高く振ってからかった。
「あ、お嬢様もします?」
「する」
隣に並んだエヴは手を広げて準備している。
交代とすぐに下ろしてエヴを持ち上げて遊び始めた。
ジェラルド伯は側のテーブルに腰を屈めて突っ伏している。
怒りすぎて頭が痛いようだ。
顔を覆って唸っている。
「…この、馬鹿が。…くそったれが」
私も同じだ。
頭の痛さに目をつぶって眉間を揉む。
「きゃははは!すごーい!」
「坊っちゃーん、やっぱりうちの息子の嫁にくださーい。お嬢様がめっちゃかわいー」
「うるせぇ!くそベアード!てめえのところにやるかよ!じじいがめっちゃとか言うんじゃねぇよ!」
「いけませんよー、お客人とお嬢様の前で言葉使いが乱れています。あはは」
主人に怒鳴られようが笑い飛ばしている。
「かなり、癖の強い御仁ですね。…どういう方なんですか?」
私も痛むこめかみを押さえてジェラルド伯の背中に声をかけた。
「…年の離れた、乳兄弟です。…側仕えの時期もありました。…あまりの不遜さから外したかったのに、腕はあるから外せず。…やっと何とかして外したのに。…そしたら、アイツは暇潰しに団に入って、あっという間に上に駆け上がって団長に、」
「坊っちゃーん、昔はおしめの世話もしたんですよー?覚えてますかー?」
「うるさい!黙れよ!って、ちょっと待て!そんなに高く投げるな!天井に当てる気か!」
「エヴ!」
振り返って見ると、きゃっきゃっと喜ぶエヴを横抱きの形から高い天井すれすれに投げていた。
「お父様ー、天井に届きましたぁ」
「大丈夫です。お嬢様なら当たっても天井に穴が開くだけですよ」
「やめろ!この馬鹿が!」
「下ろせ!」
「おっと、」
上に掲げて届かないように持ち上げている。
獣化していたら変わらない身長なのにと腹が立つ。
「親父!なんでエヴ様を!」
「ベアード団長!」
私達の間にダリウスとヤンが飛び込んできた。
ぎゃあぎゃあ騒いでいるうちにいつの間にかロバート殿が二人を連れて戻ってきていたようだ。
「こんなに喜んでいるのに。ほれ、ダリウス。お嬢様を受けとれ」
上からぽんと放ってダリウスがエヴを横向きのまま抱きとめた。
「ダリウス!投げて!楽しい!」
喜ぶエヴがダリウスの顔にしがみついてねだる。
「だ、だめです!顔から!また鼻血が、ああ、もう、」
エヴを下ろしてまた手拭いに顔を埋めた。
「聞いたぞ。悲願達成おめでとう、息子よ」
「…やめてくれ、親父」
「やはりオーガだ。血が余ってる」
顔を真っ赤にしたダリウスが顔にめがけて拳を振ると直線的な動きに片手で軽く弾いて、そのまま首と顎の隙間に鋭い払いを入れた。
パァンと弾ける衝撃にダリウスは立ちくらみからふらついた。
「対人は下手だ。相手にならない」
「…つぅ、」
膝をついて痛みにうずくまるのをつまらなそうに見下げた。
「こっちの方が上手い」
言うが早いか一瞬のうちに、側のヤンに大股に一歩踏み込んで横殴りに拳を入れるがヤンは一足先に手を弾いて横に飛び、次の拳が来ないように手首の関節と肘の関節を固定していた。
だが、反対の手刀はヤンの目を捕らえている。
あと少しで目がつぶれていた。
「止めてください、ベアード団長」
「そうする」
青ざめるヤンに目を細めて笑い、また穏やかな雰囲気をまとって先程の人を食った辛辣さは影を潜めた。
「すごーい」
二人の一瞬の攻防にパチパチと手を叩いて感動している。
「お嬢様、いかがですか?対人は弱いがダリウスは頑丈ですし、ヤンもこの通りお勧めです。ラウルだって小さくて可愛い。三人とも、死ぬほどお嬢様のこと大好きだから婿にしても嫁に来てもお好きに、」
「わ、わわ、」
すかさず詰め寄って息子を売り込み、圧にエヴが後ろへ仰け反る。
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