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高飛車

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テーブルに座って話を聞いている途中でノックが鳴る。
ジェラルド伯はおられますかと問う低い声にすぐにエヴが中へどうぞと招く。
開けたらベアード殿が入ってきた。
「失礼します。あ、グリーブス団長、」
驚いてジェラルド伯同様にたたらを踏んだ。
驚くのも無理はない。
上半身を脱いだまま背中から胸に広い包帯が巻いた上に、大きな痣のある肩には冷やしたタオルをかけて、頬にもタオルを当てて冷やしている。
「どうされました?」
「…態度が悪くて、エヴ嬢から仕置きを受けました」
「は?」
目を丸くするベアード殿に正直に答えた。
おそらくいずれ知られる。
隠れて敵意を持たれるより反省を見せた方がいいと明け透けさを選ぶ。
「そう、ですか」
それだけ言うと後は聞かずに、ジェラルド伯とロバート殿に報告に上がりましたと告げる。
「ここに来たのなら問題はないのだろう。下がっていい」
「はい、いつも通りです」
何かあればエヴに聞かせないように執務室を使うのだろう。
「それと、お嬢様にお尋ねがありまして、」
少し考えながらエヴへと身体を向けた。
「なぁに?」
きょとんと目を丸くして首をかしげる。
「息子のダリウスが何か致しましたでしょうか?先程、首をはねてほしいと言いに来ました」
「ダリウスが?!」
「え!?」
「は?!」
「なんだと!」
全員が総立ちになりそれぞれが叫んだ。
「理由を聞いてもお嬢様への詫びだとしか言わず、事と次第によっては息子の願いを叶えてやろうと思っています。珍しく頼み事を言いに来たので父親としては叶えてやりたい」
「いらないぃ!首なんかいらないい!」
「ロバート!ヤンとダリウスを呼んでこい!こうなったらヤンも怪しい!」
「分かりました!」
「思い詰めて馬鹿をやる前に急げ!」
場が騒然としてロバート殿が慌ただしく飛び出していく。
「それで、何があったんですか?」
そんな中、飄々と尋ねるベアード殿にジェラルド伯が頭を抱えた。
「…淫魔の気に当てられたんだ。…多少、仕方のないこととこちらは受け取っている。エヴは、叱りは済ませたつもりでいるから、首は必要ない」
「なんと、あれがとうとう悲願を。それは、なんとも」
今までにないほどニコニコと破顔し、喜色を浮かべている。
穏やかを通り越した不遜さに眉を潜めた。
「不埒な行いをした息子にお許しいただけて感謝します。つきまして、旦那様。事を起こしたのならお嬢様を息子の嫁にいただきたい」
「はあ?!どういうことだ!」
思わず怒鳴り付けて不思議そうにするベアード殿に詰め寄った。
「グリーブス団長、落ち着かれてください。こいつは昔からこういう男です。事ある毎に嫁にと口説く」
「しかし私の番に!」
眉間を揉むジェラルド伯が私の肩を引いて宥めた。
「落ち着いて。言いに来るだけなのですから。こいつは昔から縁があれば自分の子供と私の子供を結婚させたいとやかましいんです」
「ぜひください。うちで大事にしますから」
ジェラルド伯が場を納めようとするのにまた腹の立つことを横から口を出す。
「ふざけるな!身分も違うのに!」
「グリーブス団長、クレイン領内では自由です。歴々たるクレインの姫君達は身分に関係なく嫁入りしています。格式から身分に捕らわれるのはご嫡男のみ。それも、旦那様は覆しましたが」
身分を隠した副団長と婚姻したことを言っているのだ。
思いがけないことに伯爵令嬢でしたねと呑気に笑う。
「黙っておれ。お前は場を見て発言しろ」
「ですが、うちの息子の嫁に欲しい」
「やらん!私の番だ!」
「旦那様がお許しになれば関係ありません。お嬢様、うちの娘になりませんか?」
「お父様の子だもん」
「大丈夫ですよ。お互いの子供ってことです」
「ああ、そうなの?」
なら、と答えたところで慌てて飛び付いて口を塞いだ。
「むが、」
「だから!安易に答えるな!」
「お嬢様に近い」
不機嫌なベアード殿に睨まれるが、エヴを抱き締めて睨み返す。
「嫁にはやらん。息子らはエヴと何も育んではなかろうが。これ以上候補が増えて拗れるのは手間だ」
「しかし、うちの息子なら領内に留まれますよ?グリーブスにやれば王都で過ごすことになります。クレインが寂しくなりますよ」
「ぐ、」
「ジェラルド伯!」
心を揺さぶられるなと怒鳴りたくなる。
「はっきり言ってうちの息子らが先に好いて心から仕えていたんです。あとからかっ拐おうと横やり入れてるのはお宅だ」
「本人が言うならまだしも、親のお前がしゃしゃるな!」
「こういう時に親が動かないならどうするんですか?皆で穏やかに過ごしていたのに番だ言って身分と地位を傘に邪魔立てして。だいたい主のお嬢様に表立って態度をあらわせられないでしょう?むしろよく堪えたと親としては誉め、」
「このばか親が!」
「はい、そうですよ?ついでにラウルとヤンもうちの息子です。後ろ楯として養子縁組してます。お嬢様が選ぶならどの息子でもよろしいんです。今回、ダリウスが相手というなら、」
「はああ?!」
知らなかった話に顎が外れそうだ。
先程からの息子らと複数の言い方はこれかと納得した。
「団長、耳痛い、うるさい。苦しい」
もぞもぞと腕から顔を出してエヴが文句を言う。
「お父様がいい」
緩んだ腕からぴゅっとジェラルド伯に飛び付く。
「そうかそうか、父がいいか」
「うん」
「こら、言葉を改めんか」
「はぁい」
顔を緩めて娘を抱き締めていた。
「お嬢様、ダリウスとヤンとラウル、どれかの嫁になりませんか?」
「やめんか、ベアード。エヴ、断りなさい」
「はい」
「…そうですか」
素直にジェラルド伯の言葉に従い、ベアードが残念そうにする。
ホッとするが腹が立つ。
頭に血が昇って頭痛もする。
ぎっと睨み付けるのにベアードは應揚に構えてこちらを見据える。
「何か?」
殺気を放つの私と向かい合うのに。
気性の荒いオーガの混血のくせに、穏やかな態度で飄々と対峙している。
「この、」
悔しさに歯噛みをしているとしてやったりと底意地の悪い顔でほくそ笑む。
ブラウンが甘いと評した理由が嫌と言うほど分かった。
ダリウスの甘ったれも。
こいつの過保護が原因だ。
親の立場から良い年をした子供の色恋に口出ししてみっともない。
「ベアード、いい加減にしろ」
エヴを抱きつかせたままとは言え、主人が睨むのにそれさえもどこ吹く風と笑った。
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