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「はあ?襲われるって何ですか?」
「やめろ!脱ぐな!エヴ!こいつは服を脱ごうとしているんだ!止めろ!」
「嫌です!諦める代わりに思い出を!」
高位貴族のドレスはひとりで着脱出来ない仕組みだ。
脱げずにもたもたしてる。
急いで取っ手を掴んで扉を叩いた。
「開けろ!もう壊すぞ!うわっ!」
開いたドアに吸い込まれて前のめりに倒れた。
エヴが背中にしがみつく乱れた装いのペリエ嬢を引き剥がして扉のない奥の寝室へと引きずっていく。
「脱いじゃだめですよ。そんな格好で何やってるんですか」
「離してよ!カリッド様!カリッド様!お願いです!私と一夜を!」
奥の部屋から名を呼ばれ暴れているようだが、男の私達は誰もそちらには行けない。
「嫌です!カリッド様ー!うわぁぁぁん!お願いですから私の初めてを貰ってくださいませ!」
はっとして他に女性を呼ぶように言いつけた。
「誰か他の女性を呼んでくるんだ!」
「は、はい!」
「大丈夫だよー!呼ばなくて!もう静かにさせるから!」
「あ!やめ、何をするのよ!あー!あんっ」
走ろうとした見張りが止まっておろおろした。
私は聞き覚えのある甘い声にぶわっと冷や汗が出る。
「ちょっと廊下に出ててー!」
「お前ら、出ろ!」
ダリウスとラウルに咄嗟に見張りを外に連れて出来るだけ離れていろと指示を出して外から扉を閉めた。
「まさか、何か能力使ってるんじゃないか?」
「お、おそらく」
耳まで真っ赤にしたヤンが袖で顔を隠している。
中からどうにも事を起こしている声が響いてるせいだ。
「ああ、あん、いやぁ、やめてぇ」
気持ちいいと喜ぶ声にヤンが壁に頭を、ごつっとぶつけた。
「…ペリエ嬢の声だけだな」
エヴの声は聞こえない。
「見てくる」
「ちょ!団長!」
「止めずに放っとくのも。…お前も来い」
何をしているか知らんが何で私の番が他の女の相手しなきゃならん。
腹の立つ。
嫌がるヤンを引きずって中へ入った。
寝室を覗くとエヴは寝ているペリエ嬢の頭を掴んでいるだけだった。
「…これは?」
「あ、団長、ヤン。見に来たの?ダメって言ったのに」
エヴの手の下でペリエ嬢ははあはあと喘いでいた。
「だめ!もうだめ!あ!ああ!」
「あっ、わわ、」
ぎゅうっと羽交い締めに抱きつかれたエヴがバランスを崩してペリエ嬢の上に倒れた。
手足を絡めた痙攣が治まれば首に巻き付く手をほどいて身体を離して、エヴは涼しい顔でさっさと寝台から降りた。
私達の顔を見れば罰が悪そうに顔をしかめる。
「思い出がほしいって言うから幻でごまかそうと思ったんです」
言い訳のように口にする。
「何の能力だ?」
「何て言うのかな?したいことを見せるだけなんです。口移しならもっと細かい夢を見せれるのに、手からだと難しいです」
「まさか、私を相手にした幻を見せたのか?迷惑だ」
たとえ、幻でも彼女と関わるのはかなりの嫌悪感がある。
「そこ、失敗したっぽいです。団長のイメージを何度も送り直したんですけど、多分送れてないです」
「うう、わたし、」
「あ、起きた。大丈夫ですか?お姫様、ごめんね、思い出になる夢を見せられなくて」
顔を覗きこむとペリエ嬢は飛び起きて叫んだ。
「きゃぁぁぁぁ!いや!いや!そんな、わたし、あなたと、」
「私と?やっぱり失敗かぁ。ただの夢ですよ。何もありません」
「だ!だめよ!私はあなたと!あんなはしたない、そうよ!責任とって!」
「うわ!」
急にペリエ嬢に抱きつかれてエヴは尻餅をついた。
「おい、」
「夢なはずないわ!あんな、すごいの!」
どうにもおかしな気配に引き離そうと近づくが、ペリエ嬢はこちらに目もくれない。
「責任とってくださいまし!」
「え?!う、ぷ、ぷはっ、離して!んぶ、」
「んん!あなたが、私をこんな、はしたなくしたんです!ん!結婚を!」
「ぶは!やだよ!やめて!口付けもやめてよ!」
ヤンと二人で引き剥がすと、エヴは自身の口許を乱暴に拭った。
「か、カリッド様も、一緒に、もう一回!先程のを私に、」
ヤンが後ろから羽交い締めに抑えるのに、鼻息荒く熱のこもった視線に対峙するエヴも私もぞわっと総毛立って震えた。
「もう!いい加減にしてよ!」
エヴが指をおでこに当てるとペリエ嬢はとろんと目を閉じて寝息を立てて倒れた。
「…欲求不満か」
「どういう夢見たのよ!?二度としない!変態姫!」
「安易に使うからだ。自分も反省しろ」
「うっ、はい。もうしません」
「ええ!本当にそうされてください!」
ヤンが乱暴にペリエ嬢を寝台に放ってエヴに向き合った。
「どうされるおつもりですか?!能力を晒して!」
「ゆ、夢で押し通す!」
「そんな簡単に行くわけないでしょう?!簡単に物事を考えるのは止めてください!」
「待て、イメージを送れるのだろう?どうせならたっぷり送れ」
1人だから固執するのだ。
夢も同じだ。
「適当な人間の顔を思い浮かべろ。あの付き人でいいし、色魔でも誰でもいい。目移りするほどな。思い付く限り沢山送れ」
「無理ですよ。本人の望みを膨らませただけなんですから。今は眠ってるし、私の想像つかないことは送れません」
「なら適当なイメージを見せるだけでいい。それは出来るんだろう?」
「それなら出来ます」
「大丈夫なんですか?そんなことをして」
心配するヤンに頷く。
「よかろう。このまま執着されるよりましだ。何でもいい。誰との何の夢か分からないくらいようにするんだ。数が多ければそれだけ先程の幻の記憶が薄まる」
「分かりました」
意外と乗り気で素早く頭を掴むとペリエ嬢が微かに呻く。
「そうだ、どうせなら魔獣討伐のイメージも送ってやる」
悪い笑みを浮かべて笑った。
「うっ!うう!いや!」
「怖いよねぇ、小型でさえ泣いてたんだから。ラウルとリーグにしたことまだ怒ってるからね?皆がどれだけ命がけでここを守ったか見せてあげる。私が鳥に食べられたところとか、黒獅子に投げつけられたことととか」
「あまり恐怖を見せると精神が崩壊するぞ。程々にしとけ」
はぁいと間延びした返事で答えた。
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