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反省

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「ここまでどうやって運んだ?」
「二人とも肩に担いで、強化を最大にしたら木の上をぴょんぴょんです。ちゃんとしがみついてたので楽でした」
ぐったりする二人にそれをすると少々危ない。
着地や跳ねた反動で身体を痛める。
「それは楽そうだが、しょうがない。今は地道に歩くか」
「起こさないんですか?自分達で歩かせましょうよ」
「ペリエ嬢を歩かせたら日が暮れる。それに起きたらやかましい。このまま連れて帰ってどこかに閉じ込めるか馬車に詰め込み送り返したい」
失神した二人をそれぞれ担ぐことにした。
短い坂を滑って降りていたら肩に担いだ性悪がずれたので持ち直す。
「あっ、もうっ。またスカートがっ」
前を歩くエヴ嬢の足が止まった。
手を伸ばして枝に絡んだ絹の裾をほどいた。
「裾を垂らすな。膨らんだスカートを足に巻き込むんだ」
体格の変わらないペリエ嬢を背負って運ぶのに苦労していた。
重さは強化を使えば問題ないが、変わらない身長を持ちずらそうに何度も担ぎ直している。
派手なビラビラのスカートやたっぷりついた袖の細かいレースがそこかしこに引っ掛かった。
途中ぬかるみを見つけて、足元に気を付けろと呼び掛けるとこちらを振り返った。
「エヴでいいですよ。さっきみたいに」
唐突な話に戸惑いを見せると、また前を向いて歩みを進める。
「何のことだ?」
「だから私の名前です。またエヴ嬢って呼ぶから。さっきはエヴって呼んでましたよ」
「ああ、さっきは悪かった。ご令嬢を呼び捨てにして、」
「兵士ですよ」
「私と同等の団長だ。敬意を持って接する」
「王都兵団団長と臨時の団長ですよ?団長が私の上ですからそれが当たり前だと思います」
「呼ばれたいのか?」
頷くのでなぜかと問う。
素っ気ない気配に真意が分からなかった。「もう甘えたくないからです。皆にも、呼び方変えてもらいます。鎧も新調します。上官らしく言葉とか態度とか変えていかなきゃ。私がちゃんとしていればラウルが誤解されなかったはずです」
ご指導お願いしますと呟いた。
「分かった。あなたが望むなら。ただ私から見て問題点はない。以前より討伐の力量が上がってきているし、部下の取りまとめやエド達への交流も上手くできている。途中から見たが、しっかりした理論を組み立て高位貴族相手にあれだけの懲罰を躊躇なく仕付けたことも悪くない。鎧の新調は賛成だ。今は見た目を変えるくらいで問題はない」
「甘やかさないでください。もっとあるはずです」
「ふふ、あとはあなたの嫌いな勉強だ。姿勢や歩き方、礼の仕方はまだ荒い。クレイン家のしきたりの他に王宮の作法や災害や復興業務の手順。先の予定だが、王宮から招致されている。それまでに貴族や他団の対応も覚えねば。それなりに暗黙のルールがある。ジェラルド伯とヤンが代行している書類関係もか。一度も見てないだろう?まだあるが、一辺には無理だと分かったな?まずは見た目から整えろ」
「分かりました。うう、頭が痛い」
半分も分からなかったとぼやいている。
それがおかしくて笑った。
淑女教育も手を抜くなと言えば、ううっと呻いていた。
「先の予定だ。エヴ・クレイン団長として呼ばれるかクレイン辺境伯令嬢として呼ばれるか分かっていない」
「どっちかひとつ、」
「選べる立場ではない。舐められたくないのならしっかり学べ」
「…はい」
疲れたらしい。
何度かため息を吐いて、そのあとは黙々と歩いた。
砦が近くに見えてきた頃、こちらも頼み事を口にした。
「名を呼んでいいんだな?」
「どうぞ」
「エヴ、鎧を新調するなら私が送りたいのだが、」
「え?自分で買います」
再度申し込むがいらないと答えた。
「ったく。相変わらず素っ気ない。なら一緒に選びたい」
「あ、それは助かります。初めて買うので。今度、街に行きましょう」
「楽しみだ。ほら、エヴ見てみろ。手を振ってるぞ」
城壁の上から団員らが騒いでいた。
「あー…皆、怒ってるかな。お父様も。ヤンが一番怖いなぁ」
「何をしたんだ?倒したと聞いたが」
「…引き止めるから精力を根こそぎ抜いて睡眠をかけました。…ダリウスも。…追いかけられないように。うう、帰りづらいです」
城門を抜ければジェラルド伯らとエドが待ち構えていた。
顔色の悪いヤンと、包帯を顔に巻いたラウルを背負ったダリウスもいる。
エヴ嬢はペリエ嬢を地面に放って駆け寄った。
「傷は痛む?大丈夫?」
「こんなの平気です。エヴ様こそ慣れないことして何やってんですか?心配したんですよ」
「ごめんなさい、二人にも」
こそっと三人に、治したいけどまだ待ってね、先に文句言わなきゃと耳打ちしていた。
あれだけ治療はやめろと言ったのに懲りていない。
ラウルなら多目に見る気持ちがあるが、バレなきゃいいと軽く考えている様子にあとで仕置きしてやると心に決めた。
人狼の耳の良さを知らないのは今後も使える。
こちらは聞こえたことがバレないようにエヴをどう捕まえるか、彼らを横目に算段を張り巡らす。
お礼を述べるジェラルド伯へ簡潔に報告を済ませ、その隙にご婦人方と共に二枚の戸板が運ばれ、片方に担いでいた性悪を乗せた。
「公爵令嬢は貴人牢に収容します。他は通常の牢へ」
「処分はここでの労働ですか?」
「ええ、全員取り調べ後はすぐに。今日中には書面にしたためパティ家に送ります。公爵令嬢は箸にも棒にもかからないので賠償金の話し合いが済むまで軟禁です」
妥当だと同意に首肯した。
「そちらの団員のひとり、リーグ?でしたかな。彼も討伐の上位者なのでしょう。残念ながらラウルより怪我がひどく、まだ目を覚ましません。医師の見立てでは後遺症が残ると。そちらの賠償も合わせて上申いたしましょう」
よくも、と憎しみから拳を握った。
「お父様!リーグの怪我はそんなにひどいんですか?!」
ジェラルド伯はエヴの肩に手を添えて宥めている。
「ああ、今は安静にさせねばならない。お前の友人と聞いている。医師にしっかりと頼んだから安心しなさい」
「私、治して、」
途端に、がっと抱き寄せてバンバンと背中を叩いた。
「迂闊にっ、ここでそれを口にするんじゃないっ」
耳元で小さく叱り、すぐさま顔を上げた。
「泣くな!ラウルもリーグにも最高の医師に見せてやる!完治するまで城で預かろう!父に任せなさい!」
エヴを胸に隠して芝居がかかった大声を周囲に聞かせた。
「ご、ごめんなさい」
くぐもった声が小さく聞こえた。
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