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スタンビード

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「ここはいい。川辺で洗って来なさい。そろそろ終わりだ」

「ちゃんと最後までやります。大丈夫ですよ」

回りの者も洗ってくるように進めた。

「きれいな顔が勿体ないですよ?団長と一緒に行って来てください」

「ヤン、預かるぞ!頭を洗わせてくるっ」

髪までべっとりだ。
少し離れた位置のヤンとラウルに声をかけると、分かりましたと返事が返ってきた。
連れて行くとそちらも魔獣を運んでいた。
ダリウスとスミスが数人で濡れたデカイ蛇一匹、肩に担ぎこちらに歩いていた。

「へ、蛇は嫌いぃぃ」

ピュッと私の後ろに隠れて怯えた。

「虫もお嫌いでしょう?」

クスクス笑うダリウスに頷く。

「虫も嫌い、怖い」

「虫の討伐もあるんだが。水辺では蛇型が多い。まあ、無理ならしょうがない」

「うう、行きます。やります」

怯みながらも強気に目をしかめて頑張ると呟く。

「無理はしなくていい」

「な、慣れますっ、たぶん」

その様子にダリウスは破顔する。

「かんばりましょうね」

「うん、がんばる」

「お勉強も?」

「う、うん。がんばる」

「それで団長はどちらに?」

「洗わせる」

泥と血だらけのエヴ嬢の姿に納得して行ってらっしゃいと通りすぎていく。
川辺ではリーグが槍を持ってキョロキョロと辺りを見回していた。

「あ、団長」

「何してる?」

「ああ、偵察っす。血の臭いに集まると困るんで」

首にぶら下げた警笛を見せて説明をした。

「血を洗おうと思ったが無理かな」

「いえ、来るとしたら深いところだけっす。そこの広い浅瀬なら水が綺麗だし大丈夫っすよ。他の奴らも洗って行きました。見張っとくんでどうぞ」

ひょいひょいと連なった川辺の岩場を飛び乗って流れの中央へ立つとじっと水中に目を向けて集中する。
立って手足についた血を流す。
洗いなさいと言えば、エヴ嬢は豪快に浅瀬にザブンと頭から寝そべった。

「こら、」

「ちょと、何やってんすかー?」

驚いていると岩場から離れて見ていたリーグが声を張り上げた。

「こうすると涼しくて楽なんだよー!知らないのー?」

「うちのチビッ子みたいなことしないでくださーい!」

「いいのー!楽だもーんっ」

「しょうがないっすねー、もー!」

顔を洗って、おわりーと烏の行水のような早さで上がろうとするのを捕まえて水の中にひっくり返す。
まだ乾いた血がこびりついているのに。

「しっかり洗えっ」

「きゃぁ!」

ざばんと大きな飛沫をあげて、膝下より低い水面にあぶあぶともがいた。

「もうっ、団長はヤンみたいですっ」

うつ伏せに肘を支えに水面から顔を出して憤慨する。
先程から強化を解いて顔に紋様はない。
可愛い顔を水に濡らして頬に黒髪の筋がつく。

「洗わんからだ」

側にしゃがんで顔に張り付く髪をほどき水面に揺らぐ髪を掴んだ。
触れば固まった血がバリバリと音をたてる。

「湯あみするからいいです」

「仕える者がいないだろう?一人でこの頭を洗えるか」

「…難しいです」

湯あみも一人でしている。
面倒くさがりのエヴ嬢はしょっちゅうやり直しだと叱られているとヤンから聞いた。
諦めて血を被った日は水場に連れて行って頭だけ洗ってやるそうだ。
冬から春先かけての気温は寒かったろうと心配になる。
肩を掴んでひっくり返して仰向けに寝そべらせた。
水面に座って膝にエヴ嬢のうなじを乗せて頭を洗ってやる。

「血が固まってる。してやるから他の血を流してろ」

ごしごしと髪を痛めぬように丁寧に拭う。

「はい」

エヴ嬢は寝転がったままパチャパチャと足や手の血を流して、ざば、と片足を膝頭に引っかけてごしごしと擦っている。
本当に気にしなすぎる。
それでも自分の番が可愛くて、一通り頭についた血の塊を洗い流すと形のよい顎を撫でて頬をぷにぷにと摘まみ、繰り返し触れると不思議そうに見つめてきた。

「団長、楽しいですか?」

「楽しい」

私の答えに顔をじっと見つめている。

「本当に楽しそうですね」

おかしいと小さく呟いて微笑む。
その顔が可愛くて欲が溢れそうになり、慌てて手をどけた。

「もう髪は良かろう。あとはしっかり湯あみで洗え」

無理やりエヴ嬢の身体を起こして、立ち上がるついでに手を引いて立たせる。

「はい、分かりました」

リーグを見ると岩場をまた軽く飛んでこちらへ寄ってきた。

「仲のいいお二人を見るのは楽しいっすね。あっちに綺麗な花畑あるんすけど見てきますか?この岩場を越えて行けば渡るのは簡単っす」

案内しますよと笑う。エヴ嬢は気になると興味を持ったので渡って見に行くことにした。

「偵察はいいのか?」

エヴ嬢を先頭に岩場を跳ねて渡る。
こっそり私の前を行くリーグに問うた。

「さっきの魔獣の運び出しまでだったんで。まとめ役のスミス先輩が把握してますからいいんすよ。とりあえず一緒に戻るのが微妙だったから残っただけっす」

「やはり揉めてるのか?」

あの調子だ。
どうなるか気になっていた。

「いえ、そういう雰囲気じゃないっす。なんか言いたいことがあるみたいっすよ。当たってるかどうか分かんないけど予想はつくっす」

「言ってみろ」

「ラウルについてでしょうね。俺達、そういうんじゃないけど仲が良いいし。昨日のラウルの様子とか俺の一言とかぐっさりキテるから相談したいのかなって。相手する気ないけど」

「なぜだ?付き合いやすくなるんじゃないか?そんなに嫌ってるのか?」

「違うっす。良い方に潔癖で真面目だから尊敬してます。でも先輩とラウルをネタに親しくする気はないってだけっす。それはラウルに悪いんで。信頼をなくしますし。まあ、ぶっちゃけあの変わり身の早さは俺も嫌なんです。今まで下っぱと舐めてたのに、急に頼られたって応える気になんねぇ。今のところ誠意を見せてくんないとこっちは絡みたくないっすね。そんだけっす」

なるほどと首肯した。
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