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隠蔽

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宮廷で腹の探り合いをするよりこうやって死ぬ気で戦う方が性に合っている。
よほど満足そうにしているのだろう。
三人ともげんなりと呆れている。
だが、オーガであるダリウスは私と同類だ。

「ぜひ」

そう答えていくらかスッキリした顔で答えた。
少し休憩と私とダリウスは上がった。
ラウルに水中ならリーグが強いと教えると相手を頼み、スミスが羨ましそうな顔で二人のやり取りを眺めていた。

「団長、すいませんでした。お怪我をされてます」

「ああ、構うな」

ザブザブと岸に歩いていると、自身の首をとんとんと指で叩いて私の怪我を伝えてきた。

「怪我くらい。本気を出せて楽しかったんだ。君は?」

こちらを見返しながら珍しく口角をあげて笑う。
鋭い犬歯がにゅっとはみ出て、野性的な顔に良さが足された。
同じ男として武骨な逞しさが羨ましい。
つい見つめていたら顔を背け、さっと手を上げて口許を隠す。

「見苦しいものをすいません」

「いや、何も思っていないが?むしろ、私が不躾に見たのなら悪かった」

「いえ、自分の顔は良く思われないので」

そうだろうかと考えてみたが、思い当たる節はない。リーグからモテると話題になったばかりだ。男にだが。

「聞いたことないが?」

「女子供が怯えます」

それには納得だ。気の弱い男も雄々しさに怯えるだろう。

「だが、エヴ嬢は好いてるだろう」

別に他の者に怯えられてもいいじゃないかと、続けて呟いた私の言葉に振り返って驚いていた。

「…いや、あ、それは、…はい…その通り、です」

顔を片手で隠しているが、隙間から見える褐色の肌が赤黒い。耳まで濃い赤銅に赤くしてどもっている。
今回は自分の軽口に後悔した。 
もう何も言うまいと立ち止まって考え込むダリウスを放って水から上がると、背後でギョッとした気配があった。

「腰巻きは?」

「流された」

腰に巻いていた一枚の長めの布。
下着なのだが、暴れていたらいつの間にか無くなった。
水中模擬戦では珍しくない。
だいたいはダリウス達が履くような腰に紐で止める短いズボンを履くが、予定になかったのでここに持ってきていない。
スミスとリーグもそれが理由で腰巻きで動いている。
すいません、と小さく聞こえた。

「替えはある」

気にするなと手を振って焚き火の側へ向かった。

「団長ー、ダリウスーっ、模擬戦はまだやってますかー?見たぁい」

前方からぱたぱたとシンプルなドレスを着たエヴ嬢が裾を抱えて走ってくる。
そのかなり後方に、私の格好を理解したヤンが慌てて駆け出していた。
私も振り返ってダリウスを突き飛ばしながら来た方向に走り、水に飛び込んで対岸まで泳いで逃げた。
ブーツとスカートの隙間から微かに見えたふくらはぎの白さに感動している場合ではない。

「団長ー、模擬戦はー?」

息も絶え絶えに対岸にたどり着き、縮こまって水に浸かったまま後ろの声へ目を向けると姿が見えず、ヤンが大判のタオルを振って手招きをしていた。

「団長ー?」

声から察するに、どうやらダリウスがこちらに背を向けてエヴ嬢に立ちはだかって隠してくれているらしい。

「心臓に悪い」

岸に戻り、苦笑いするヤンからタオルを受け取り腰に巻く。

「ヤン、団長、もういいですかー?ダリウス、もういい?まだぁ?」

見るとダリウスに抱き締められて目元を片手で覆われている。
エヴ嬢の小さい顔はダリウスの大きな手ですっぽりと目隠しされていた。
こちらを確認して手を離し、大きく息を吐いて脱力する。
番の近さに邪気を回すよりダリウスが腰を屈めて心底ほっとする様子から、さすがに距離に喜ぶより慌てたのかと意識がそちらに向かう。
私も白いふくらはぎに喜ぶ暇はなかったと妙な仲間意識を持った。
エヴ嬢は暑いからと焚き火から離れて岸辺に座ってラウルとヤンの模擬戦を眺めた。
私とダリウスはそれを眺めながら火の側で湯を飲んだ。

「ありがとうございます」

先程の軽口のことかと頷く。

「殴り合いの相手がいませんから」

何のことかと目を向けると、伝わっていないと察したようでにやっと笑った。
牙が見えるのも気にせずに。

「団長との模擬戦で溜まってたのがすっきりです」

風切り音を鳴らして拳を真っ直ぐ振る。

「これも」

いーっと口を開いて人にしては大きすぎる犬歯を指す。

「気が楽になりました」

首肯し黙って湯をすすった。

「あの方に好まれればもう充分です」

それだけ言うとあとはまたいつも通り口をつぐんだ。
表情の変化は見えないが、晴れ晴れとしているのが分かった。
無表情で無口なのは顔面コンプレックスのせいだったようだ。牙を見せないための。
あの整った三人に囲まれて野性的な顔立ちは毛色が違う。
しかし、エヴ嬢にだけ好かれれば満足と気持ちを新たにして自信が増したことで一段と男振りが上がった。
また面倒な好敵手を増やしてしまったと自身の軽口を反省し、彼もまた気持ちのいい男だと好感を持った。
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