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嫉妬
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「リーグ、ねぇねぇ」
「はいはい、今度はなんすか?」
「エヴ嬢、おはよう」
そう声をかけるとぱっとこちらを見て笑った。
「あ、おはようございます。ねえ、リーグ」
声をかければいつも通りと思ったのに、さっとまたリーグへ向き直って話しかけて、あまりのつれなさに固まった。
「ちょ、エヴ嬢っ」
さすがにリーグも渋くこのやり取りを見ていた。
八つ当たりはお門違いと分かってるが、リーグを睨む。
リーグの顔付きから何か橋渡しを考えたようだが、すぐ諦めが浮いて苦笑いをこぼしていた。
「団長、今日もエヴ嬢と一対一っすよね?その時ゆっくりお話してください。ラウル達は引き受けるんで」
「…ああ」
火の付け方や薪の支度を丁寧に教えて、時折混じる弟妹の話題に目を輝かせて、ふんふんと頭を揺らす。
遅れ来たヤンの世話でダリウスの甲冑の支度を終えて交代した。
私は昨日、用意した物干しを組み立てながら、背後から聞こえるエヴ嬢とリーグの仲良さげな声に耳を反応させた。
そのくらい私が教えるのにとふて腐れていると草むらからラウルの怒鳴り声が響いた。
「スミスさん!あんたっ何やってるんですか?!覗きかよ?!」
「ち、違う!手伝おうと思って!一人で大変だろうとっ!ヤンがいないし、リーグには頼んだって聞いて、」
「ヤンとリーグは別だ!あんたみたいな邪な相手には頼まねぇよ!だいたいあんたに見られたくなくてこんなところで着替えてんのに!わざわざ虫に刺されながら!分かれよ!」
行って喜ぶわけないのに本当に行ったのかとささくれた気分が明後日の方向へ飛んでいく。
エヴ嬢を見ればぽかんと口を開けて目を丸く見開いている。隣には知らん顔で作業を続けるリーグ。残りの二人はと目を向けると、ダリウスは背中を丸めて肩を震わせてヤンは草むらの方を可哀想なものを見る目で眺めてため息を吐いた。
草むらから怒鳴るラウルと謝るスミスが追いかけっこで飛び出してきた。
「ラウル、来い」
ヤンの声に駆け寄って、その場にしゃがみこんで笑うダリウスを蹴って怒っている。
「ダリウス!おまえ、準備できてんならさっさと始めろよ!」
わかった、わかったと答えてオロオロするスミスを連れて川へ向かった。
昨日の続きとまた同じように水に浸かり、支度の済んだリーグ達も川に入る。
「エヴ嬢はまだ入らなくていい」
「え?はい」
私はしばらくエヴ嬢を待たせて、それぞれの様子を眺めて進み具合を確認する。
ダリウスの進みは泳ぎの型が時折崩れるが体力のごり押しでこなしている。もう終わりで構わないかもしれないが、もう少し要領よく疲れない泳ぎ方を習得してほしい。
ラウル達は逆に力まずなめらかに泳いでいる。体力のわりにかなり長く遠泳出来そうだと感心しながら見つめた。
進みの確認をしながら、意外なことにどうやらダリウスはスミスを気に入っていると気づいた。
無表情で分かりづらいが、一悶着のあとからダリウスの機嫌がいい。
どんなに厳しく言われてもスミスを見ると口許を隠して笑いを堪えている。
ラウルが気づいてこっそりダリウスに拳を入れるのも見かけた。
それさえも面白がっていた。
しばらくと言っても短い合間だ。
眺めたあとはエヴ嬢に声をかけた。
「さて、エヴ嬢も始めるか」
「はいっ」
元気よく返事をして水にザブザブ走る。
鎧と着衣で動きづらそうに浅瀬で潜って身体を慣らした。
腰巻きひとつで私も追う。さすがに服を着ようかとも思ったが、予想より溺れやすいエヴ嬢を助けるのに面倒だった。
「水面を波立たせるな。水だけを蹴れ。手も波立たせるな」
「は、い」
そうやって昨日のように手を引いて水面を滑らせるながら教えていたら、時折、リーグの声が聞こえるとチラチラと気にして目を向けていることに気づいた。
気づいてしまえば邪気が腹の中で暴れる。
このまま真面目にと考えていたが、手を引いてばた足をさせながら堪えきれずに問う。
「リーグを気に入ったか?」
「はい、好きです」
ニコニコ笑うエヴ嬢の微笑みが心臓に刺さった。
「…どういうところが気に入った?」
「優しくて楽しいです」
「そうか」
隠しようもないほど顔が歪んでしまった。水泳に夢中のエヴ嬢は気づいていていない。
「例えば?」
「お休みの時は家族と過ごして子供のお世話をして遊んであげるって。海で泳いだり外遊びしたり。お勉強も見てあげてるって言ってました」
「らしいな」
「海って凄い大きいんでしょう?団長は見たことありますか?波ってどんなですか?なんでしょっぱいんですか?リーグはいつも小さい兄弟を連れて、皆で泳ぐって、私より泳ぎがじょう、ぶふ、ご、がぼっ!」
おしゃべりに夢中になりすぎて力んだ瞬間、ずぶっと沈んで慌てて浅瀬に立つ。
「げ、けほっ、失敗、しました」
背を丸めて咳き込み、顔や身体に張り付いた黒髪を後ろへ撫で付け、背中をさすってやると顔をあげて詰め寄ってきた。
「団長、まだ聞いてください。それでね、リーグの兄弟がいっぱいで、リリアちゃんとルーナちゃんと双子のサラちゃんとテオ君と、グラディオ君とマイク君と、末っ子の赤ちゃんのカルラちゃん。私、小さい子を見たことないんです。赤ちゃん見てみたい」
まだ話足らないと七人の弟妹を指折り数えてどんな子供かとリーグから聞いた話を楽しそうに話す。
ゆっくり話せとはこういうことかと感心する。
エヴ嬢がリーグを気に入ったのももっと話をしたがるのを、なるほどと心の中で会得する。夢中な理由が純粋だ。子供好きのリーグが誤解をするなと噛みついたのも納得した。
「でも私は吸っちゃうから。話だけで満足しなきゃ、よしっ」
目元の水を拭い顔をあげて気合いを入れている。
「すいません、おしゃべりばっかり。頑張ります。お願いします」
「あぁ、集中しよう。またあとでゆっくりリーグの話を聞くといい。私も一緒に聞きたいがいいか?」
「はい、一緒に。ぜひ」
嬉しそうな顔が可愛らしい。
あいつ相手なら気が楽だ。
上司の私が混ざろうが、ヤン達が混ざろうがリーグなら上手く会話を回すだろう。
私の立場であの付き合いやすさは貴重だ。
下克上も成功だったし、一皮むけるかもしれんと楽しみになる。
「はいはい、今度はなんすか?」
「エヴ嬢、おはよう」
そう声をかけるとぱっとこちらを見て笑った。
「あ、おはようございます。ねえ、リーグ」
声をかければいつも通りと思ったのに、さっとまたリーグへ向き直って話しかけて、あまりのつれなさに固まった。
「ちょ、エヴ嬢っ」
さすがにリーグも渋くこのやり取りを見ていた。
八つ当たりはお門違いと分かってるが、リーグを睨む。
リーグの顔付きから何か橋渡しを考えたようだが、すぐ諦めが浮いて苦笑いをこぼしていた。
「団長、今日もエヴ嬢と一対一っすよね?その時ゆっくりお話してください。ラウル達は引き受けるんで」
「…ああ」
火の付け方や薪の支度を丁寧に教えて、時折混じる弟妹の話題に目を輝かせて、ふんふんと頭を揺らす。
遅れ来たヤンの世話でダリウスの甲冑の支度を終えて交代した。
私は昨日、用意した物干しを組み立てながら、背後から聞こえるエヴ嬢とリーグの仲良さげな声に耳を反応させた。
そのくらい私が教えるのにとふて腐れていると草むらからラウルの怒鳴り声が響いた。
「スミスさん!あんたっ何やってるんですか?!覗きかよ?!」
「ち、違う!手伝おうと思って!一人で大変だろうとっ!ヤンがいないし、リーグには頼んだって聞いて、」
「ヤンとリーグは別だ!あんたみたいな邪な相手には頼まねぇよ!だいたいあんたに見られたくなくてこんなところで着替えてんのに!わざわざ虫に刺されながら!分かれよ!」
行って喜ぶわけないのに本当に行ったのかとささくれた気分が明後日の方向へ飛んでいく。
エヴ嬢を見ればぽかんと口を開けて目を丸く見開いている。隣には知らん顔で作業を続けるリーグ。残りの二人はと目を向けると、ダリウスは背中を丸めて肩を震わせてヤンは草むらの方を可哀想なものを見る目で眺めてため息を吐いた。
草むらから怒鳴るラウルと謝るスミスが追いかけっこで飛び出してきた。
「ラウル、来い」
ヤンの声に駆け寄って、その場にしゃがみこんで笑うダリウスを蹴って怒っている。
「ダリウス!おまえ、準備できてんならさっさと始めろよ!」
わかった、わかったと答えてオロオロするスミスを連れて川へ向かった。
昨日の続きとまた同じように水に浸かり、支度の済んだリーグ達も川に入る。
「エヴ嬢はまだ入らなくていい」
「え?はい」
私はしばらくエヴ嬢を待たせて、それぞれの様子を眺めて進み具合を確認する。
ダリウスの進みは泳ぎの型が時折崩れるが体力のごり押しでこなしている。もう終わりで構わないかもしれないが、もう少し要領よく疲れない泳ぎ方を習得してほしい。
ラウル達は逆に力まずなめらかに泳いでいる。体力のわりにかなり長く遠泳出来そうだと感心しながら見つめた。
進みの確認をしながら、意外なことにどうやらダリウスはスミスを気に入っていると気づいた。
無表情で分かりづらいが、一悶着のあとからダリウスの機嫌がいい。
どんなに厳しく言われてもスミスを見ると口許を隠して笑いを堪えている。
ラウルが気づいてこっそりダリウスに拳を入れるのも見かけた。
それさえも面白がっていた。
しばらくと言っても短い合間だ。
眺めたあとはエヴ嬢に声をかけた。
「さて、エヴ嬢も始めるか」
「はいっ」
元気よく返事をして水にザブザブ走る。
鎧と着衣で動きづらそうに浅瀬で潜って身体を慣らした。
腰巻きひとつで私も追う。さすがに服を着ようかとも思ったが、予想より溺れやすいエヴ嬢を助けるのに面倒だった。
「水面を波立たせるな。水だけを蹴れ。手も波立たせるな」
「は、い」
そうやって昨日のように手を引いて水面を滑らせるながら教えていたら、時折、リーグの声が聞こえるとチラチラと気にして目を向けていることに気づいた。
気づいてしまえば邪気が腹の中で暴れる。
このまま真面目にと考えていたが、手を引いてばた足をさせながら堪えきれずに問う。
「リーグを気に入ったか?」
「はい、好きです」
ニコニコ笑うエヴ嬢の微笑みが心臓に刺さった。
「…どういうところが気に入った?」
「優しくて楽しいです」
「そうか」
隠しようもないほど顔が歪んでしまった。水泳に夢中のエヴ嬢は気づいていていない。
「例えば?」
「お休みの時は家族と過ごして子供のお世話をして遊んであげるって。海で泳いだり外遊びしたり。お勉強も見てあげてるって言ってました」
「らしいな」
「海って凄い大きいんでしょう?団長は見たことありますか?波ってどんなですか?なんでしょっぱいんですか?リーグはいつも小さい兄弟を連れて、皆で泳ぐって、私より泳ぎがじょう、ぶふ、ご、がぼっ!」
おしゃべりに夢中になりすぎて力んだ瞬間、ずぶっと沈んで慌てて浅瀬に立つ。
「げ、けほっ、失敗、しました」
背を丸めて咳き込み、顔や身体に張り付いた黒髪を後ろへ撫で付け、背中をさすってやると顔をあげて詰め寄ってきた。
「団長、まだ聞いてください。それでね、リーグの兄弟がいっぱいで、リリアちゃんとルーナちゃんと双子のサラちゃんとテオ君と、グラディオ君とマイク君と、末っ子の赤ちゃんのカルラちゃん。私、小さい子を見たことないんです。赤ちゃん見てみたい」
まだ話足らないと七人の弟妹を指折り数えてどんな子供かとリーグから聞いた話を楽しそうに話す。
ゆっくり話せとはこういうことかと感心する。
エヴ嬢がリーグを気に入ったのももっと話をしたがるのを、なるほどと心の中で会得する。夢中な理由が純粋だ。子供好きのリーグが誤解をするなと噛みついたのも納得した。
「でも私は吸っちゃうから。話だけで満足しなきゃ、よしっ」
目元の水を拭い顔をあげて気合いを入れている。
「すいません、おしゃべりばっかり。頑張ります。お願いします」
「あぁ、集中しよう。またあとでゆっくりリーグの話を聞くといい。私も一緒に聞きたいがいいか?」
「はい、一緒に。ぜひ」
嬉しそうな顔が可愛らしい。
あいつ相手なら気が楽だ。
上司の私が混ざろうが、ヤン達が混ざろうがリーグなら上手く会話を回すだろう。
私の立場であの付き合いやすさは貴重だ。
下克上も成功だったし、一皮むけるかもしれんと楽しみになる。
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