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構築
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その夜は寝なしだ。
眠るのが怖いからと言い、衝立の裏でさっさと鎧の身支度を済ませた。
ダリウスが革の手甲と足の防具を用意している。
布の衝立から現れたエヴ嬢の憔悴した様子に胸が痛い。
足元も覚束ない。
腰のスカート状の腰垂れだけ自分でベルトを閉めて巻いて、肩に乗せただけの胴まで隠れる胸当てという出で立ち。
鎧の下には黒の薄い肌着を着ているのが見えた。
「団長、申し訳ありませんでした」
頭を下げて謝る。
乗せただけの胸当てがぶらりと垂れた。
「いい。あなたが望んだわけではない」
下がった肩がぶるっと震え、こくりと頭を揺らす。
姿勢を戻すと、支度の続きにヤンが手早く胸当てと胴のベルトを締めていく。
次に背もたれのない椅子に腰かけ、足元に膝まずいたダリウスが足甲をつける。
「旦那様に急ぎ知らせてきます」
「ヤン、私も協力すると口添えしてくれ。何でもすると」
逸る背中に声をかけると、振り向かずに分かりましたと反応した。
そのまま足早にその場を後にする。
ラウルはラグに座って本を捲り、手を何度も光らせて術式を作っているのがわかった。
並べてある手甲を片方拾ってエヴ嬢の傍らに膝まづく。
「大丈夫だ。必ずラウルが封印する」
手を取って肘から手の甲に革を当てて巻いてやる。
ダリウスが黙って頷く。
「…必ず」
一言、それだけ付け足した。
このままずっと側にいてやりたいが、そういうわけにもいかない。
空が白み始めた頃、天幕へ戻り自身の身支度を始めた。
途中、いつもより早くエドが現れた。
「身支度のお手伝いを」
持っている桶の洗い水を洗面器に移しながらウキウキしてる。
わざわざ係りの者と交代してやってきたのだ。
昨日はエヴ嬢の天幕で休んだと知ってるので聞きたいのだろう。
背を向けたままシカトしてるがチラチラと覗きこんでくる。
顔を洗って手拭いを受けとると表情が曇った。
「……団長、頬が赤くないですか?腫れてません?」
「ヤンに叩かれた」
「な、何をしたんですか?まさかまたエヴ嬢に、」
エドが不信そうに呟く。
「手合わせしたとは思わんのか。一発食らっただけだ」
「思いませんよっ!また、」
「してない」
適当にごまかそうかと思ったがやめた。
そのまま手拭いを濡らして頬を冷やす。
「エヴ嬢は尻尾を抱き枕に寝てただけだ。途中、夢見が悪くてヤンにしばき起こされた。別にお互い忌避はない。団には夢魔よけの呪符を配っておけ」
青ざめた顔色から察したと分かった。
「何者ですか?団長にとり付けるなら上位種のはず。二つ名のあるような、」
「二つ名は分からん」
エヴ嬢とは言わない。
さすがにこいつも良い顔をしないだろうから。
それに二つ名など付いてないのだから嘘は言っていない。
「私が被害を受けたとは知らせるな。不安を煽る」
お前も黙っておけと低い声で釘をさす。
「…クレイン領側に報告は?」
「ヤンがジェラルド伯に報告をあげている。あちらも同じ対応だ。呪符を配布し私だとは周知しない。動揺が大きすぎる」
お前でさえ戸惑うのだから当然だ、と言えば箝口令の対応に納得した。
あの後、天幕に戻ったヤンからおおよその対策を聞いている。
あちらと足並みを揃える。
そして、もし封印できぬままならここからエヴ嬢は離脱する。
封印をかけた本邸の離れに戻すそうだ。
決定事項だ。
戦況に応じてダリウスのみ残す、おそらく残留だとヤンが言っていた。
それを聞いたダリウスは、普段動かない顔をくしゃくしゃと歪めた。
頷きも拒否もせず黙ったまま。
ラウルは封印を、ヤンは魔力暴走とアモル対策で側から離せない。
三人の離脱は確実。
今、犠牲者もなくこの戦況が安定しているのは四人の功績が大きい。
個々の実力もさることながら、四人のそれぞれの連携が素晴らしかったのだ。
それを分断する。
まだ小さいながら数多くの魔素溜まりが残っている状況で、エヴ嬢が私から離れることも、戦力が欠けることも避けたい。
ダリウスもそうだが、私もエヴ嬢がここを離れるなら全てをなげうって追いかけたいと強く思う。
エヴ嬢から離れるのは何よりも耐え難いのだ。
「配布は今日中に終えろ」
「分かりました。ですが、団長の実力で襲われるなら、配布した呪符がどれだけ耐えきれるか不安ですね…」
その懸念も分かっていた。
「ああ、分かっている」
ラウルだけが頼みの綱だと密かに思った。
今日は元々の計画通り、団の大多数を休ませて、スミスとエドを中心に隊を率いて斥候に出す。
ラウルも予定していたが外した。
エドが戸惑っていたが、他にさせたいことがあると言えば黙った。
術式の構築に専念させたかった。
眠るのが怖いからと言い、衝立の裏でさっさと鎧の身支度を済ませた。
ダリウスが革の手甲と足の防具を用意している。
布の衝立から現れたエヴ嬢の憔悴した様子に胸が痛い。
足元も覚束ない。
腰のスカート状の腰垂れだけ自分でベルトを閉めて巻いて、肩に乗せただけの胴まで隠れる胸当てという出で立ち。
鎧の下には黒の薄い肌着を着ているのが見えた。
「団長、申し訳ありませんでした」
頭を下げて謝る。
乗せただけの胸当てがぶらりと垂れた。
「いい。あなたが望んだわけではない」
下がった肩がぶるっと震え、こくりと頭を揺らす。
姿勢を戻すと、支度の続きにヤンが手早く胸当てと胴のベルトを締めていく。
次に背もたれのない椅子に腰かけ、足元に膝まずいたダリウスが足甲をつける。
「旦那様に急ぎ知らせてきます」
「ヤン、私も協力すると口添えしてくれ。何でもすると」
逸る背中に声をかけると、振り向かずに分かりましたと反応した。
そのまま足早にその場を後にする。
ラウルはラグに座って本を捲り、手を何度も光らせて術式を作っているのがわかった。
並べてある手甲を片方拾ってエヴ嬢の傍らに膝まづく。
「大丈夫だ。必ずラウルが封印する」
手を取って肘から手の甲に革を当てて巻いてやる。
ダリウスが黙って頷く。
「…必ず」
一言、それだけ付け足した。
このままずっと側にいてやりたいが、そういうわけにもいかない。
空が白み始めた頃、天幕へ戻り自身の身支度を始めた。
途中、いつもより早くエドが現れた。
「身支度のお手伝いを」
持っている桶の洗い水を洗面器に移しながらウキウキしてる。
わざわざ係りの者と交代してやってきたのだ。
昨日はエヴ嬢の天幕で休んだと知ってるので聞きたいのだろう。
背を向けたままシカトしてるがチラチラと覗きこんでくる。
顔を洗って手拭いを受けとると表情が曇った。
「……団長、頬が赤くないですか?腫れてません?」
「ヤンに叩かれた」
「な、何をしたんですか?まさかまたエヴ嬢に、」
エドが不信そうに呟く。
「手合わせしたとは思わんのか。一発食らっただけだ」
「思いませんよっ!また、」
「してない」
適当にごまかそうかと思ったがやめた。
そのまま手拭いを濡らして頬を冷やす。
「エヴ嬢は尻尾を抱き枕に寝てただけだ。途中、夢見が悪くてヤンにしばき起こされた。別にお互い忌避はない。団には夢魔よけの呪符を配っておけ」
青ざめた顔色から察したと分かった。
「何者ですか?団長にとり付けるなら上位種のはず。二つ名のあるような、」
「二つ名は分からん」
エヴ嬢とは言わない。
さすがにこいつも良い顔をしないだろうから。
それに二つ名など付いてないのだから嘘は言っていない。
「私が被害を受けたとは知らせるな。不安を煽る」
お前も黙っておけと低い声で釘をさす。
「…クレイン領側に報告は?」
「ヤンがジェラルド伯に報告をあげている。あちらも同じ対応だ。呪符を配布し私だとは周知しない。動揺が大きすぎる」
お前でさえ戸惑うのだから当然だ、と言えば箝口令の対応に納得した。
あの後、天幕に戻ったヤンからおおよその対策を聞いている。
あちらと足並みを揃える。
そして、もし封印できぬままならここからエヴ嬢は離脱する。
封印をかけた本邸の離れに戻すそうだ。
決定事項だ。
戦況に応じてダリウスのみ残す、おそらく残留だとヤンが言っていた。
それを聞いたダリウスは、普段動かない顔をくしゃくしゃと歪めた。
頷きも拒否もせず黙ったまま。
ラウルは封印を、ヤンは魔力暴走とアモル対策で側から離せない。
三人の離脱は確実。
今、犠牲者もなくこの戦況が安定しているのは四人の功績が大きい。
個々の実力もさることながら、四人のそれぞれの連携が素晴らしかったのだ。
それを分断する。
まだ小さいながら数多くの魔素溜まりが残っている状況で、エヴ嬢が私から離れることも、戦力が欠けることも避けたい。
ダリウスもそうだが、私もエヴ嬢がここを離れるなら全てをなげうって追いかけたいと強く思う。
エヴ嬢から離れるのは何よりも耐え難いのだ。
「配布は今日中に終えろ」
「分かりました。ですが、団長の実力で襲われるなら、配布した呪符がどれだけ耐えきれるか不安ですね…」
その懸念も分かっていた。
「ああ、分かっている」
ラウルだけが頼みの綱だと密かに思った。
今日は元々の計画通り、団の大多数を休ませて、スミスとエドを中心に隊を率いて斥候に出す。
ラウルも予定していたが外した。
エドが戸惑っていたが、他にさせたいことがあると言えば黙った。
術式の構築に専念させたかった。
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