人狼の団長、見つけた番はすでに溺愛されている《団長はお預け中、たまに待てが出来ないで押し倒す》

逃亡

クレイン領の団員らは頑張りました、よくやりましたと時折優しく声をかけて慰め、うちの団員らも同じように労いの言葉をかけていた。
言われるたびにありがとうと応えて、今度は嬉しいとまた泣いてなかなか泣き止まない。
砦についた頃、やっとさっぱりした顔をしてニコニコ笑っていた。
宿舎に戻ると私がエヴを泣かせた話はあっという間に砦に広まり、クレイン領の者は、いつものかとゆったり構えたものだったが、うちの団員からはあの何をやっても泣きそうにないエヴ嬢を泣かせたと恐怖と反感を買った。
特にエドは何をしたんだと目を釣り上げて怒っていた。
風評被害とあの子供っぽさに振り回されて精神的に疲れたが、真っ赤になった顔と涙に濡れた紫の瞳が好ましく、逆に良いものを見れたと思わないでもない。
それに彼女が多くの団員らから慕われているのも分かって悪くない。
食後はテントに籠って王宮への書類をまとめた。スタンビートを抑え、残党狩りも進んで状況が落ち着いてきている。
たまには良かろうと、鎧を脱いでズボンにシャツと楽な格好をしていた。
初夏の暑さから前をはだけ、腹の辺りのシャツをパタパタと扇ぎながら、書類を捲る。
特に彼ら四人が参加した討伐についての報告書で特筆すべきものは別に仕分ける。
先日、あの魔人の残したアックスは王都へ輸送した。
私の方でまとめた報告書とジェラルド伯のまとめた上位魔人の討伐報告と損害被害、復興状況等の書類も一緒に。
そろそろ返答が来る頃だ。
よほど他領で新しいスタンビートなり何なり起きない限り、余波の大きなクレイン領に残留となるだろう。
一番はあの四人についての報告を求められるに決まってる。
ジェラルド伯のお考えを聞いてから多少内容に手を加えるつもりだが、ある程度先に下準備をしたかった。

「団長、お客様です」

天幕の入り口から聞こえたエドの声に顔をあげた。

「だれだ？」

問うたと同時に誰かわかった。
入り口から風に流れいい匂いが漂い、慌てて立ち上がった。
その拍子に腰かけていた椅子も倒す。

「エド！ちょっと待て！」

止めるのも聞かず外にいたエドが、どうぞ中へとエヴ嬢を天幕へと押し込んでいた。

「失礼します、団長」

頭を下げてエヴ嬢がこちらへと近づいて、思わず両手で鼻を覆った。
鼻を塞いで息を止める。
元来、上官のこちらから話しかけて会話を促さねばならないのに。
無言の長さにエヴ嬢が首をかしげた。
うんうん、と両手で顔半分を覆ったまま頭を上下に振って会話を促すが、伝わらなかったようでますます首をかしげて不思議そうにしていた。

「な、何か用か？」

呼吸が出来ず、鼻を抑えたまま諦めて口を開けた。

「今日は申し訳ありませんでした。自分が危ないことしたことと泣いたこと。助けようとした団長やスミスさんを危険に晒したことが分からず申し訳ありません」

頭を下げるとまた匂いが充満し、口からも匂いを感じて焦る。

「気にするな。もう下がれ」

「はい。あと、助けていただいて感謝します。団長が髪を掴まなければ私達は崖の下に落ちていました」

分かったから早く天幕から出てほしい。
必死で頭を振って頷いた。
高揚して目尻にじわっと涙が溜まり、離れたくて身を引くと倒れた椅子に引っ掛かって背中から盛大に転倒した。

「団長、大丈夫ですか？」

手をついて仰向けに寝転ぶ私の顔を覗きこんで驚いてはいるが、おっとりと尋ねた。
間近の濃厚な匂いに顔がカーっと熱くなり、急いで鼻を覆って尻で後ずさる。
上級上官の天幕でそれなりに広いとはいえ、執務用の机と寝台が並べてある。後ずさった先の寝台に背中がガツンとぶつかってまた音が響いた。
私の無様な有り様に渋い顔をして考え込んだと思ったら、今度はくしゃくしゃと顔を歪ませ意を決した様子で口を開いた。

「もしかして、私。…臭い？…それでしたら、申し訳ありませんっ」

「ち、違う！」

半泣きで立ち去るのを慌てて追いかけた。
天幕を飛び出して走る背中を必死で追いかける。