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スタンビート

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「ベアード、あとは頼む」

ジェラルド伯の言葉に体格のいい赤毛の兵士が頭を下げる。圧のある風貌とデカイ犬歯が二本目立っていた。
おそらく他種族の混血。尋ねればオーガが祖先にいると答えた。

「我が領の私兵団団長ベアードです。何かあれば彼に。ベアード、不自由ないように頼む。ロバート、お前も付き添いなさい」

「かしこまりました」

「はい、父上」

その後は二人から砦内の案内を受けた。無愛想な見かけ通り無駄口を叩くタイプではなくこちらの質問に端的に答える。

副団長のエドも交えて今後の予定について意見を擦り合わせる。
ご子息のロバート殿は若いということもあり、静かに私達の打ち合わせに耳を傾けて口を挟まない。

分からないと言うことはなく、理解した上で口数が少ない。

立場と年齢の割りに思慮深く控えめな人柄なようだ。

「上位魔人の死で魔素溜まりが出来たはずだ。それについては?」

「スタンビートが起こるのは間違いありませんが、時期は全く。なにぶん、初めてこんな高濃度の魔素が辺りに散らばってしまって予測がつきません」

「私もこれほどの魔素を持つ魔人のスタンビートは初めてだ」

上位種の死は魔素が周囲に爆発する。
要因は多々あるが、出来た魔素溜まりは魔獣の大量発生と言われるスタンビートの原因となる。
それを散らす方法はない。
スタンビートが起きるに備えるしかない。

「毎日、斥候を出して予兆を探らせています」

小規模なスタンビートなら通常、このように領地の私兵団か傭兵を雇って対応する。

規模が大きいか緊急の要請があった場合のみ私達の出撃となる。

今後の王宮と指示が来てからとなるがおそらく私達もここでスタンビートの対応で残るだろう。

今までで最大規模のスタンビートになるはずだから。

打ち合わせをしつつ案内が終わると広場には連れてきた団員らの簡易テントの宿舎が出来上がっていた。 

3日後に到着する歩兵部隊のスペースも確保している。

「グリーブス団長ら上官の数名の宿泊なら城内でご用意できますがいかがされますか?」

「いえ、一時戦況が落ち着いたとは言え今は有事です。部下と共に寝起きをします」

ロバート殿はそう答えると分かっていたようで軽く頷くと、念のためにご用意だけしますので必要な際はいつでもご利用されてくださいと丁寧に付け足した。

大まかな話し合いは滞りなく進み、私が避けていた話題に触れる。

「お二人からの説明に問題がないのなら、次はエヴ嬢の話を聞きたい。今回の戦況について」

平静を保つが、あの濃いアメジストの乱れる輝きを思い出すと妙に気持ちが高揚する。名を言うだけで声が上擦った気もする。

歳も30を超えて今まで多くの女性とそれなりに遊び、女慣れしていない訳でもないと言うのに。自分の半分ほどの若い女性に。

「後ほど団長の元に寄越します。食後でよろしいですか?」

「いや、私から赴こう」

自分のテリトリーとなる宿舎に入れたくない。入れてはいけないと何か警戒心が出来上がっていた。

「今からでも可能か?出来れば王宮への報告を急ぎたい」

言い訳だ。本当に急ぐのなら先伸ばしの会話を続けていない。会えると思えば、なぜかすぐにでも会いたくなった。

「早急に案内願う」

「こちらへ」

捲し立てるように告げるとロバート殿は背を向けて歩を進めた。

ベアード殿がすれ違う兵士達にエヴ嬢は見掛けたかと問う。

「今は水場で甲冑を洗ってましたよ」

「自分でされるのか?」

普通は世話人か下っぱにさせることだ。

「父が武具の手入れが好きでして。破損の確認や改良を重ねるので余裕がある時は私共はそのように致します」

「ああ、だからですね」

定期的な点検なら確かに自分でするのでロバート殿の言葉に頷いて返した。

水場に近づくと桶を担ぐ使用人や兵士らとすれ違う。

それぞれが、あちらにいた、すくそこだと答えるともうすぐ会えると緊張に唇を幾度も舐めた。たった一度見ただけなのに。年甲斐もなく浮き足立つ。

遠目から先程の小柄な人物を見つけた。
背もたれのないベンチに黒髪の娘がいる。
先程のずんぐりとした甲冑ではなく、今は身にぴったりとまとう革鎧を身につけて、薄い茶色の髪の少年が背後に立って髪に櫛を通して編み込んでいる。その足元にはベアード殿に似た赤髪の大柄な男が膝まずいて片腕に紐で縫い止める手甲を編み上げている。
エヴ嬢は男の手作業をじっと見つめてこちらに気づいた様子はない。

「エヴ、少しいいかい?」

ロバート殿の呼び掛けに顔を上げると、太陽の光に反射してやはり濃いアメジストが美しく輝いていた。
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