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「どうしましょう、私この後、お父様達の前でどんな顔をすればいいのかしら……」

 公爵家の馬車の中。
 シリウス様と並んで座りながら、私は手で頬を押さえながら途方に暮れたように呟いた。

「大丈夫、僕がきちんと謝罪して、話をするから。アンジェラは何も言わなくていいよ」

「でも……」

 シリウス様と結ばれて、そのまま気絶するように眠りについたその翌朝。

 夜が明けて早々に、私の家、フォルジュ家から私の身支度用品一式を抱えて公爵家に駆けつけてきたのは、私付きの侍女であるニナだった。

 ニナは元々は私の乳母であり、侍女となった今も私の第二の母親とでも言うべき存在だ。
 そのニナに、寝台の下に放り投げられていたせいで皺だらけになった昨夜のドレスと情事の痕も生々しい身体を見られて、なんとも言えない恥ずかしい気持ちになったのを思い出す。
 ニナが何も言わず、ただ暖かい視線を向けてきただけだったのが、また更に居た堪れなかった。

 そんな私の羞恥を他所に、ニナは私の身支度を整えるだけ整えると、馬車に乗って一足先に帰って行ってしまった。

 そして私は今、私の父に是非一度謝罪と挨拶を、というシリウス様と共に我が家に向かっているところなのだ。
 いくら相手が婚約者とは言え異性の元で一夜を過ごしてしまった娘が、出迎える両親に対してどんな態度を取ればいいのか、皆目見当もつかない。

「ところでアンジェラ。今日フォルジュ侯爵にお会いしたら、婚約披露と結婚式を早めたいとお願いしようと思うのだけれど、いいかな?」

「え?」

 突然の提案に思わずぱちぱちと目を瞬かせると、シリウス様は少し照れたようにはにかんだ。

「本当は一度抱けば僕の独占欲も少しは落ち着くと思ったんだけど、君の全てを知ってしまったら余計に執着心が増してしまったみたいなんだ。少しでも早く結婚して、君をずっと傍に置いておきたい」

 シリウス様の情熱的な台詞に、思わず頬を赤らめる。
 シリウス様は、そんな私を見て嬉しげに目を細めると、頬に小さく口付けを落とした。

「ふふ、可愛い。そんな表情かお、僕以外の前ではけして見せては駄目だよ。ようやくシャルルを排除できたというのに、新たな敵が増えてしまうから」

 その大袈裟な言い方に、思わず吹き出してしまう。そんな心配、ありえないのに。

「まあ。心配しなくても、私なんかを可愛いって言ってくださる酔狂な男性はシリウス様くらいですわ」

 笑顔でそう返すと、シリウス様は何やら困ったような表情を浮かべた。

「……うーん、シャルルに付き合わされてずっと不当な評価を受けていたせいなのかな。君は自己評価が低すぎる。太っていた時の君も可愛かったけれど、今の君は誰が見ても美しくて魅力的なんだから、それを自覚しなければいけないよ」

「あら、そうなんですか。ふふふ」

「……駄目だな、やはり結婚を急がないと。君が僕と一夜を過ごした件も、こちらから積極的に噂を流していこう」

 私が本気にせず笑っていると、シリウス様は深刻そうな顔で額に手を当て、溜息を吐いた。……もしかして、本気で言ってらしゃるのだろうか。いやでもそんな。

「ああ、もうすぐ着くみたいだよ」

 首を傾げて考えている内に、いつの間にか我が家が近付いてきたようだ。窓の外に目をやると、見慣れた景色が視界に飛び込んできた。

 馬車が速度を緩め、玄関の車寄せで停止する。
 シリウス様が扉を開けて先に降り、私に手を差し出して下さったので躊躇う事なくその手を取った。そのまま馬車を降りようとしたら、昨夜も味わったあの浮遊感が。

「シ、シリウス様! 下ろして下さい……!」

 気がつくと、私はまたもやシリウス様に抱き上げられいた。

「ほら、じっとしていて。君は『ダンスで足を痛めて、仕方なく僕の屋敷に泊まった』んだろう? だったら一応それらしくしておかないと」

 上機嫌になったシリウス様が、私を抱いたまましっかりとした足取りで玄関へと向かう。
 馬車が近づく音を聞きつけて出てきた我が家の執事は、私たちの姿に目を見開いたが、ふっと口元だけで笑うと静かに玄関の扉を開けてくれた。ニナと同じく、やっぱり何も言われないのがどうにも居た堪れない。

 私は恥ずかしさに両手で顔を覆いながら、シリウス様と共に玄関の扉をくぐった。
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