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「お、下ろしてくださいシリウス様! こんな、恥ずかしいです……!」

「『足が痛くて歩けない』んだろう? いいから大人しく僕の首に手を回していて」

 慌てふためく私にそう答えるシリウス様の声は、実に楽しげだ。

 シリウス様のお屋敷に着いて馬車から降りようとした瞬間、私は軽い浮遊感に襲われて思わず目を瞑った。
 そして再び目を開けた時には、私はまるでお姫様のように抱き上げられていたのだ。

 そしてシリウス様は、出迎えた執事らしき男性に今日は私が泊まっていくこと、フォルジュ家に使者を出してその旨を伝え、明日の朝着替え等を持って来させるように等、一通りの指示を出すと颯爽と歩き出した。

 公爵へご挨拶すべきでは、と思ったが公爵と奥方様は未だ領地にいらっしゃるらしく、気にすることはないと返された。そういえばパーティーの時にそんなことを言っていた気がする。

 いくら痩せたとはいえそれなりの重さはあるだろうに、シリウス様は私を軽々と抱き上げたまま邸内をどんどん進んで行く。

 やがて二階の奥まった場所にある部屋の前まで辿り着くと、シリウス様は私を抱いたまま器用に扉を開けて室内へと入っていった。

 ここはシリウス様の自室だろうか。
 あまり物を置かない主義なのか、絵画や彫刻などの装飾品はなく、全体的にすっきりとしている。
 唯一書き物机の上だけは本や書類が大量に積み重なっていて、後継者としての多忙ぶりを窺わせていた。

 シリウス様は広い寝台の上に私を下ろすと床に膝をついて、私の足を捧げ持つようにしてそっと靴を脱がせてくれた。そして私の足先をじっくりと眺める。

「特に血が滲んでいたりはしていないようだね。うん、良かった」

 それはそうだ。あんなのはただの口実なのだから。私の足は、痩せるために暇さえあれば庭を歩き回っていたお陰でかなり丈夫なのだ。

 わかっていてそんなことを言うシリウス様をつい恨めしげに見ると、シリウス様が楽しげに声を上げて笑った。

「シリウス様!」

「あはは、ごめん、アンジェラがあまりに可愛い顔をするから」

 抗議の声を上げるが、シリウス様はやっぱり楽しそうだ。
 そのシリウス様が、ふと先ほどまでとは種類の違う笑みを浮かべて見せた。なんだかタチの悪い、少し意地悪な感じの笑み。

「――本当に、可愛いよね。ありもしない婚約破棄を恐れて、こんな風に身体で繋ぎ止めようとするなんて」

「――――っ!」

 私の浅ましい考えがすっかり見透かされていたことに気付き、羞恥で頰がかっと熱くなる。
 言い訳が思いつかず口をパクパクさせていると、シリウス様は不穏な笑顔を浮かべたまま、ドレスの裾から中に手を差し入れてきた。

「な……⁉︎」

 驚く私に構うことなく、ガーターベルトの留め具を手際良く外したかと思うと絹の靴下を両足ともするりと抜き取る。そして、そのまま後ろに放り投げた。

「踵が少し赤くなってるかな? けど特に傷付いたりはしてないようだね。綺麗なままだ」

 言いながら再び私の足を取り、まるで手の指にするように足先に唇を押し当てた。

「シ、シリウス様、そんなところ汚いです……!」

 自分よりも身分の高く、しかも美しい男性が額づくようにして私の足先に口付けている。
 現実とは思えないその倒錯的な光景に、目眩がしそうだ。

 慌てて足を引こうとしたけれど、シリウス様の力強い腕に阻まれてぴくりとも動かせない。

 そのままシリウス様は小さな音を立てて私の足先に何度も口付けを繰り返す。やがてその唇は足の甲から足首、膝下へと徐々に上がっていった。

「あ、だ、駄目ですシリウス様……あっ!」

 時折気まぐれに舌を這わされて、擽ったいだけではない妙な感覚が下肢を這い上がってくる。
 太腿の内側に口付けられて、思わず悲鳴のような声が零れた。

「やっとの思いで手に入れた君を、僕が手放すことなんて永遠にありえないのにね。でも、結婚を確実なものにしておきたいのは僕も同じだし、何より思いをきちんと伝えられずに不安にさせたのは僕だし。だから――」

 シリウス様が途中で顔を上げ、艶然と笑ってみせる。その笑みに、恐怖を覚えると共に甘い期待に胸が高鳴る。

「今日は一晩かけて僕の思いをじっくり伝えるから。言っておくけど、僕の愛はすごく重いから覚悟してね?」
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