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第二章 pleine lune.
【 pleine lune.03 】
しおりを挟むゆったりとした足取りで、屋敷の扉に何者かが近付いて来ている事に、マティアスは気付いていた。全くこんな朝早くにと、身支度を整える。
何者かは扉の前で静かに立ち止まるとこう言った。
「《vampire》って知ってるかい?いや、君が知らない訳がないね。少なくともこの街では、彼らに襲われたなんて珍しくはない話さ。……ところで君は、この話は知っているかな?」
思わせ振りな紳士の声を、扉を挟んだ直ぐ向こうで、壁に寄り掛かりながら聞く。
「君向けの仕事だと思うんだが、聞いてみる気はないかい?」
マティアスはふっと鼻で笑い、扉を開ける。
「これはこれは今日は随分とお早いことで」
「早起きは紳士の嗜みだよマティアスくん」
彼を中へ招き入れ、コーヒーを出す。
「悪いね。有り難くいただくよ」
「それで、話とは?」
マティアスは向かいのソファに腰を落とし、足を組んだ。
「今日は随分な格好だね」
マティアスの姿を上から下へと確認すると、紳士はそう言ってコーヒーを口に運ぶ。
「急な訪問でしたので」
確かに首もとを開けたワイシャツ、更にはボタンを一ヶ所かけ違えているうえ、綺麗な長い髪も結っていなかった。
と言うのも、こんな朝早くに訪ねてくる方が悪いと、支度をきちんと整えるのをやめたからだ。
「いや珍しいものを見れて良かった。今度からこの時間に訪ねる事にしよう」
「ご冗談を、それで?」
「《loup-garou》が出たのさ」
紳士はコーヒーをテーブルに置いた。
「そう満月の夜だった。一人の女性が仕事場から家へと急ぎ帰ったが、その女性は、朝になっても帰る事はなかった」
それはここ最近話題になっている、失踪事件の話だ。満月の夜に老若男女問わず姿を消す。その全ての話が本当なら、被害にあった者はもはや十をくだらないであろう。
「そしてその晩、やはり殆どの者が耳にしたのだよ。狼のような遠吠えをね」
引き受けてくれるかい?
《退治屋、マティアス ・ ルヴィエくん》
紳士は瞳だけでそう聞いてくる。
「私にはまだ、そうとは思えませんが……いいでしょう。とりあえずは引き受けますよ。報酬しだいですが」
「君ならそう言うと思ったよ」
すると紳士は扉の前まで行き、丁寧なしぐさで開けた。
「こちらのご夫婦と相談して決めてくれたまえ」
そこには額の汗を拭う小太りな男と、憔悴しきった様子の女性が並んでいた。
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