上 下
3 / 18

秋と言えば、紅葉のように頬を染めて。

しおりを挟む


『――ごめんね。今まで有り難う』

 泣きながらそう言って、彼女は私の前から去って行った。
 好きな人が出来たと、その人と結婚するのだと。

「いつかこうなるとは思ってたけどね」


 一人ごちると、白い息が秋の空に消えていく。ビュウっと強い風が吹き、ロングコートが捲れ上がった。

 秋と言えばなんだったか、そうだ食欲の秋とか読書の秋とか。

(私は別れの秋だな……)

 染々そう思って、紅葉もみじを踏みつけると、クシャリと形が崩れる音、その音を聞きながら進み、夕日に照らされた街は、今日も忙しない。けれど寂しく見えた。
 雑踏とした街並みから外れて、川岸の公園へと向かう、海から流れてきているそれは橙色へと染まりキラキラとひかる。
それを冊の向こうから眺めて歩いた。

「寒いな」

思わずポケットに手をつっこむ。

 あぁそう言えばと、寒いと言った彼女の手をとって、ポケットの中で手を繋いだりもしたっけ。とか、今思えば少女漫画みたいな事をしていたなと、ちょっと恥ずかしく、けれどもうそんな彼女がいない事が、少し寂しい。

(昔から好きになって貰うのに苦労したは事ないけれど)

 結局は性別の壁がものを言うのだ。


「結構本気だったんだけどな」


 終わる時はいつも一瞬だ。

 歩いていると、学校帰りなのか塾帰りなのか、ランドセルを背負った子供達が楽しそうに駆けながら通り過ぎて行く。

(可愛いなぁ)

 子供が好きだった彼女。きっとこれから二人で幸せな家庭を築いていくだろう。
 そしてあの優しい瞳で嬉しそうに微笑んで素敵な母親になるのだろう――。
 そうして彼女がこれから生きていってくれるのならば、私は何もいらない。

(もうあの美味しい手料理を喰えないのは残念だけど)

 自分が作ったのより彼女の家庭的な味の方が好きだった。
 そう言えば、以前私を好きだと言ってくれた彼はどうしているだろうか。今思うと付き合うべきだったのかも知れない。嫌いじゃなかったんだ。

(悪い事をしてしまったなぁ)

あれから元気にやっているだろうか。

 そんな事を考え歩いていると、ベンチにうずくまるように座る人が眼に入った。
何かを我慢するようにうつむき頼りなく肩が揺れる。

私はその人に近づくと「まいったフラれた」と言って、隣にドカっと座った。
背もたれに腕を広げて空を見上げ、あまり暗くなるとここはマズイなと思う。

 予想外の事に、先にそこに座っていた人物はビクリと肩を震わし、怯えたように此方を伺っている。

「あんたは? 何かあった?」

ただ空を見上げながらそう聞いた。

 暫し間があいて、あぁダメかなと思った時。隣でわっと泣きじゃくり出す。

「彼氏にフラれちゃったんだよお~!!うわあああん!バカー!バカ男ー!!」

 まだ清潔なハンカチを差し出すと、それを奪うようにひったくり、顔を何度も拭きだして、ポケットティッシュも出してやれば、それで思いっきり鼻をかむ。

「アイツ浮気してたのよ! なんでそんな事したのよ! って聞いたら私の飯がマズイからだって!! 信じられる!? そんな事でって感じ! 私だってねこれでもどりょくしてんのよ! 少しでもおいじいのをづぐっでだぜるようにこの間だってちゃんと料理ぎょうじついってそんでつぐってそんでそんで、もう男なんて男なんて男なんてもう知らない好きになんてならない」

 うんうんと聞いて。
だんだんと言葉尻が小さくなっていく様子を不憫に思い「そうだよね。あんたは頑張ったよ」と背中を摩ると、急に立ち上り声を張り上げる。


「だいいちお前も少しは作れよ!」


「作ってあげようか?」


 「え?」と、今気付いたかのようにその人は私を振り向いた。


「どうせ男と諦めるなら私と試しに付き合ってみない?」

 え?え?と困惑するその人を前に私は冗談のように言う。

「まぁそれはともかく、私、そこそこ腕のいい料理人でさ、作るのも好きだし味も保証する。だから苦労はさせないと思うけど、もうこんな時間だし」

「のった」

 まだ最後まで話していないと言うのに、その人は真っ赤な眼を真剣に向けてそう言う。

「そう?」

 そう言って手を差し出すと、何故かムッとした顔で「お腹空いた」と言いって、その手をぎゅっと握ってくる。

「もうこうなったらなんでもいいわ!ついでにあなたに教えて貰ってうんと上手くなってやる!そんでもってそんでもって~!」

 ハイハイと言いながら、これはお酒も必要かなと家の冷蔵庫の中にワインがあるのを思い浮かべ、ふと気付く。

 そう言えば、彼女と出会ったのは去年の今日かと。


 ビュウっと強い風が吹き、二人ぶんのロングコートが捲れ上がった。

 秋と言えばなんだったか、そうだ食欲の秋とか読書の秋とか。


(私にとっての秋は、出会いの秋かもな)


 私はまだグチグチと言うその人の手を引いて

「それじゃあ、別れと出会いのパーティーでもしようか」

と言うと、その人はムッとした顔で

「あなたさ、ちょっとセリフがクサイよね」

紅葉もみじのように頬を染めてそう言った。




秋と言えば、紅葉もみじのように頬を染めて。end

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きになっちゃったね。

青宮あんず
大衆娯楽
ドラッグストアで働く女の子と、よくおむつを買いに来るオシャレなお姉さんの百合小説。 一ノ瀬水葉 おねしょ癖がある。 おむつを買うのが恥ずかしかったが、京華の対応が優しくて買いやすかったので京華がレジにいる時にしか買わなくなった。 ピアスがたくさんついていたり、目付きが悪く近寄りがたそうだが実際は優しく小心者。かなりネガティブ。 羽月京華 おむつが好き。特に履いてる可愛い人を見るのが。 おむつを買う人が眺めたくてドラッグストアで働き始めた。 見た目は優しげで純粋そうだが中身は変態。 私が百合を書くのはこれで最初で最後になります。 自分のpixivから少しですが加筆して再掲。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。

千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。 風月学園女子寮。 私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…! R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。 おすすめする人 ・百合/GL/ガールズラブが好きな人 ・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人 ・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人 ※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。 ※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

【ショートショート】おやすみ

樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
◆こちらは声劇用台本になりますが普通に読んで頂いても癒される作品になっています。 声劇用だと1分半ほど、黙読だと1分ほどで読みきれる作品です。 ⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠ ・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します) ・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。 その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

処理中です...