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花言葉。

愛しいアナタに。おまけ

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 愛しい貴女に。

 その日は貴女と初めて出会った日で、そして貴女との別れの日だった。

 数週間前に仕事で暫く、いやいつ帰って来れるか分からないと、貴女がいつものように淡々と述べた時、僕は驚きで思わず持ち上げた珈琲カップを落としそうになった。
なんと答えるべきか分からずただ『そうなんだ』と、僕は平静を装って、マスターご自慢の珈琲を口にする。
 彼女に動揺を悟られたく無い『行かないで』なんて、女々しい事を言うのは男として恥ずかしい。そう思ったから。

『頑張ってね』

と、無理して笑って言えば、貴女は静かに微笑んで『有り難う』と言う。

 どうしてそんなに落ち着いていられるのか、僕にはわからなかった。絶対こんなのおかしい。

(もしかして別れ話を切り出したいのか?)

 そう思うと不安と妙な見栄から何も聞けず、今日この日を迎えてしまった……。


「そろそろ、時間だね」

空港のロビーで最後の一時ひとときを過ごしていると、貴女は言葉少なに一輪の花を僕に手渡した。
とても綺麗で真っ赤な花を。きっと貴女の事だから、この花には何かしらの意味があるのだろう。
 けれどじっとその花を眺めても、そこにどんな意味が込められているのか、僕にはわからない。

 だから「どうしてこの花だったの?」と聞けば、貴女は「君に贈るならこの花しかないと思ったから」と言って、目元を緩め頬笑む。

 その姿を見て僕はホッとした。少なくとも“別れの花”ではないのだと。
 きっとこの花には僕が想像するよりずっと素敵な意味が込められているのだろうと。

 そう思うと嬉しさと愛しさが込み上げて、僕は自然と「ありがとう」と微笑んだ。

「それじゃあ私はそろそろ行くよ」

 無情にも飛行機の出発の時間が迫っていた。
 涼やかな笑顔を見せた貴女は、スーツケースを片手に僕から離れて行ってしまう、そう思うと不安になって、思わず花をぎゅっと強く握る。
 貴女はとても素敵な人だから、きっとあちらに行っても誰にでも好かれてしまうのだろう。

 そうなった時、貴女は僕を覚えていてくれるだろうか?
 僕以外の誰かを、選んでしまうのではないだろうか。

 最後に何か声をかけたくて、でも今この口を開いたら、多分情けない言葉しか出て来ない。
 貴女を乗せた飛行機は、あっと言う間に青空へと消えてしまった。


 僕は一人、空港を背に家へと向かい、貴女から貰った一輪の花を見詰める。
 この花は、不安がる僕を慰める為にくれたのではないだろうか。

だとしたら、自分はなんて情けないのだろう。
 
 昔からよく言われるのだ。この顔のせいも相まって女みたいとか、女々しいとか。
 けれど確かに僕は、男らしくない。いつもそうだ。寧ろ男らしいのは……勿論そんなところが凄く素敵だし尊敬しているけど、僕は……。

 貴女はこんな僕がいいと言ってくれるけど、本当にそうだろうか。

 考えれば考えるほど、不安になっていく気持ちを振り払い。携帯で花の意味を探る。

 いったい何を僕に伝えたかったのだろう。少し緊張し、掌に汗が滲む。
 見付けたページをスクロールすると、そこに求める答えがあった。

 心臓が、大きく脈うつ。

(一つは一目惚れ、もう一つは)


「……“あなたしかいない”」


 彼女がくれた花は、一輪の真っ赤な薔薇。
 薔薇は色や本数によって花言葉が違う。

「赤い薔薇は“あなたを愛しています”そして一本なら“あなたしかいない”」

 思わず来た道を振り返った。彼女を乗せ消えた先の空を見上げて、カァと顔が熱くなる。いや全身が火照ったように。

 あぁもう貴女は本当に。いつもいつも。


「どうして一番欲しい言葉をくれるんだ」


 なんと言うサプライズだろう。もう先程までの不安なんて、全て何処かへ消え失せてしまった。
 あぁなんて事だ。貴女はこんなことを恥ずかしげもなくさらりとやってのける。

 僕は貴女に敵わない。

「いや、違う」

 このままでいい筈がない。僕だって貴女に負けない。

 この気持ちを伝えたい。



――その翌年。
 僕は海を越えてその場所にいた。勝手の分からぬ街に翻弄されながら、貴女に教えて貰った情報を頼りに、白いアパルトマンを見付け出す。
 出入り口のパスコードが分からず困っていると、上の方から懐かしい声がした。
 ずっと間近で聞きたかった声、たった一年の月日は何十年にも感じられてとても長かった。
 顔を上げると沢山並んでいる窓の一つに思っていた通りの、いや以前よりも魅力的な彼女がこちらを驚いた顔で見ている。
 嬉しくてホッとして、名前を呼べば、貴女は直ぐに引っ込んだ。

 貴女が降りて来てくれる短い間、僕の胸はやたらと煩い。ドキドキドキドキと、こんなに胸が高鳴ったのはいつぶりだろう。

 ずっと、今日この日を待っていた。
 逸る気持ちを押さえてずっと――。


 走って来る貴女と眼が合うと、僕は我慢出来ずに強く強く抱き締める。
 あぁ貴女はこんなに細かっただろうか。こんなに小さかっただろうか。愛しさが後から後から込み上げる。

 どうしてここに?と問われ。

「どうしても今日、貴女に“この花”を渡したくて!」

 そう言って四本の真っ赤な薔薇を。
 直ぐにその意味に気付いて、貴女は僕を見上げる。

「本当に貴女はずるいよ。僕、あのあと調べて凄い焦ったからね」

 と言いながら、再会出来た事に嬉し涙が止まらない。

「僕だって“あなたしかいない”よ」

 それは貴女が僕にくれた花言葉。
 そして、僕が貴女に贈るのは――。


「“死ぬまで気持ちは変わりません”」



 その翌日。彼女の家の玄関には、真新しい花瓶が用意されていた。

そこには僕が贈った花と、もう一本。

全部で五本になった花の意味に驚いて「本当、貴女には敵わないよ」と苦笑した。


僕達は強く思う。

“あなたに出会えた心からの喜び”を。



『愛しいアナタにこの花を。おまけ』END.


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