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【 未 来 】

世界の謎を問うもの。

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 庭師の手入れが行き届いた鮮やかな花々が咲き誇る庭園。その道のようになったトピアリーの中をパタパタと小走りする青年が一人。
 灰色の髪をそよ風に踊らせ、海のように青い瞳を瞬きながら、トピアリーの中にひっそりと、けれど一際美しい庭へと入る。
 その中心には真っ白な柱と屋根の優雅な休憩所、ガゼボがあった。

「王様、王様」

 その声に反応してほんの少し顔を向けた男性のその艶やかな黄金きんの長髪が、さらりと肩へ流れ落ちる。
 真っ白な椅子に腰を落ち着かせ本を読むその姿は、何処か高貴さがあった。
 最近ではすっかりあの農夫の成りだったので、こうした姿を目の当たりにすると懐かしさとともに彼の本来の立場を思い出す。

「どうした、こんな所へまで来て。お前でなければ追い出すところだぞ」

 クラバットを緩めてシャツの襟元のボタンを数個あけ着崩すその仕草でさえ気品がある。

「夏も近いとはいえ今日は思った以上に暑いな、ここは今ぐらいの時間になると建物の影で日陰が出来るから涼しくて丁度いい」

 片手に開いて読んでいた本をパタンと閉じる。

「それで?」

 空色の瞳が真っ直ぐに青年を見詰めた。

「おうさ」
「待った」

 王様と言おうとして止められた。

「あれから何年たったと思ってるんだ? わたしはもう隠居している身だ。その呼び方は相応しくないよ」

 と言われて青年はちょっと困りながら

「えぇ……じゃあお兄ちゃん?」

 すると彼は顔を背けて吹き出すように笑った。

「そ、その二択しかないのか」

 声を押し殺すようにクックッと笑い、そして深く息を吸って吐くと「本題は?」と言う。

「あの、実はたいした事じゃないんだけど、つい気になって、貴方なら知ってるかなと」

 彼の隣にある椅子に腰かけて、居心地悪そうに話し出す。

「魔族の王はどうしてつきのお告げで決まるんでしょうか」

 すると彼はその長い睫毛を揺らしてぱちくりと瞬いた。
 きょとんとした顔で「どうしてそれをわたしなら知っていると思ったんだ?」と問う。
 すると青年は「それは貴方が魔王さまにとても近しい存在だから」と答えた。

 なるほどと、彼は応える前にお茶を飲もうとテーブルにあるティーカップに手をつけた。だが既にその中身が空であると気付く、それを察した青年がすかさずそばにあったティーポットに手を伸ばしそのカップに注ぐ。

 礼を言って紅茶に口を付け、暫くすると彼は語りだした。

「人は生まれてくると大概こう疑問を抱く時がある」

 自分は〝なんの為に生まれてきたのか〟と。

「それと同じくらいに答えのない話だとわたしは思うけどな」
「どうして?」
「ならお前はどう思う? 自分がなんの為に生まれてきたのか、とりあえずの答えは出せても明確な事は言えるか?」

 青年は何か言おうと口を動かしたが結局何も出て来ず大人しく彼を見詰めた。

「そうだろう。かくいうわたしもそうだ。けどそれでいいんだよ。深く考える必要なんてない。生まれてきたのだからただ生を全うすればいいだけの話しさ」

 そして更に続ける。
 そもそもそれはどうしてこの世界が存在するのか、どうしてこの世に様々な種族が存在するのか何故魔族は魔力を扱えて私達は扱えないのかと問うのと同じくらい野暮な事だと。

 例えばもしわたしが学者か何かならまずはどうして魔族と人間が存在するのかそこから話したかも知れない。
 宇宙にある星の一つに海が出来上がり、そこから様々な過程を経て人が生まれた。
 魔族も人間も最初は同じ人として生まれたが、永い年月を経て邪気のある場所では生きられない者とその場所に適応出来る者とに住み別れたのがそもそもの始まりだと。
 そこから月がどうのこうのと関わってくるのは考えにくい。
 よって月のお告げなどと言う現実味のない話しはにわかに信じ難いと。

「ただわたしは学者ではないから真実がどうであれ当事者の彼らがそうだと言うのであればそうなのだろうよ。そもそも突き詰めれば突き詰める程答えのでない事はあるものだし、それを考えるよりそういうものだと受け入れた方が生きやすいとわたしは思う」

 それにしてもと彼は微笑する。真っ先に魔王やハクイに聞きに行けばいいものをわざわざ自分に聞きに来るとは不思議なもんだなと。

「ただマール、もしかしたら君には……その答えが分かる時が、いつか来るかも知れないよ」

「オレが……?」

 青年はきょとんとした。

「そうだ。もしその時が来たらわたしに教えてくれないか?」

 それはいつなのか、本当にそんな時は訪れるのか、青年にはさっぱり分からなかったが、ただもし本当にその時が来るのだとしたら…………青年は彼を見てただ「はい」と微笑した。

 もうそろそろで夕飯の時間だからと青年は立ち上がり

「ごめんね邪魔して、準備が整ったら呼びに来るから」

 そう言って走り出す。


「――もし、その時がきたなら……わたしはその後の様子を見届けて、あの人の後を追うつもりだよ」

 走り去るその背中とどこまでも広がる世界を見詰めながら、彼は慈顔を浮かべて呟いた。


「大丈夫って伝えたいからね」







 世界の謎を問うもの。end.
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