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第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ27
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「――どういうことだ」
暗闇の中、こちらへ問う声がした。
子ども達が寝入ったのを確認し、ようやく自室へと帰ったハクイだったが、部屋に入り灯りをつける前に、部屋の奥からその声に呼び止められた。
そろそろ来ると思っていたとハクイは暗闇のなか苦笑し、灯りをつけぬまま部屋の奥へと進んだ。
「ガキどもが帰って来ないと思ったら、全員こちらにいるとはな」
アーチ状の窓から月明かりが射し込みそれを背に黄金の瞳を持つ悪魔、エルディアブロは立っていた。
「話せば長くなりますがあの子らは暫くこちらで預かります」
いたって端的にハクイは話した。
そのまま風呂場へと向かおうとして、退路を阻まれる。ハクイはエルディアブロを咎めるが彼はそこを退こうとはしない。
「どういうことだと言っているんだ」
ハクイの肩をエルディアブロが鷲掴む。
「人間の赤ん坊を覚えていますか?」
「……だったらなんだ」
「あの子らがその子を殺してしまいそうになったのですよ。怒った魔王さまが城での生活を命じました。これは覆せません」
「ふん、あの男も怒ることがあるのか」
「怒りを生涯一度も抱かない、そんな者などいないでしょう」
肩を鷲掴むエルディアブロの手へハクイはそっと手を重ねた。
「貴方も一緒に入りますか?」
「っ何が」
エルディアブロは顔を顰めハクイの手をパシッと振り払う。
「つれないですね。それなら仕方ありません」
そのままエルディアブロの脇を通り過ぎる。
「待てまだ話は」
ハクイは身体半分程振り返った。
「あとで貴方にも分かるように教えてさしあげますよ」
「っ今にしろ」
「エル」
「黙れ」
それでは黙りましょうと言うようにハクイは静かに口を閉ざした。
それに余計機嫌を損ねたエルディアブロことエルは今度は「黙るな」と言い出す。呆れたようにハクイは「仕方のない子ですね」とため息を着く。
「子ではない」
「安心なさい。子ども扱いした訳ではありません」
「なぜこの俺があの男の決定に従わねばならん」
「ならわたくしに従いなさい」
さらりとそう言ってハクイはまた歩き出す。「誰が貴様なんぞに」とエルが言い切る前に、ハクイの声が今度ははっきりとエルの耳に届く。
「わたくしに従いなさい」
◇
エルは苦々しい顔で出かかった言葉を引っ込めた。
(何が従えだ)
一晩立ってもガキ共が帰って来ない。そんな事は今までなかった。放置しては後々面倒だと探しに出てみれば、あろうことかあの魔王の城でハクイに面倒をみて貰う子供らの姿。
エルディアブロは妙に苛立ったのだ。なぜガキ共がここにいてハクイの世話になっているのかと。なぜ馴れ馴れしくハクイと会話しているのかと。
そして今、ろくにきちんとした説明もなくただ〝従え〟と一方的な命令だけ残し、ろくに顔も合わせないままハクイの背が徐々に離れて行く。
「……っ女顔の癖に」
全く脈絡もないことを苦し紛れに呟いた。これを言えばどうなるか分かっていながら。けれどこれしかこの相手に一矢報いる方法をエルは知らない。
「っ!?」
その瞬間、エルの身体は何かに縛られたかのように身動きが全く取れなくなった。
「気が変わりました」
顔を上げれば目の前に絶世の美人の顔面。濃厚で上品な香りが鼻を掠め、思わず距離を取ろうとして身体が動かないことに焦る。目の前の紫眼は凍り付くように冷たい。
しまったと後悔してももう遅い。ハクイを本気で怒らせたのだ。白く美しい指先がエルディアブロの顎を持ち上げる。
「全くお前は、そんなにわたくしに構って欲しいんでしょうね」
言葉の端々から静かな苛立ちが伝わる。
「貴様が女顔なのは本当の事だろうが」
それでもエルの減らず口は止まらない。
ハクイはただ黙り、暫しエルディアブロの瞳を見詰めた。
エルディアブロの額から知らず知らず頬へと汗が伝う。
「……そうですか。あなたの気持ちはよく分かりました」
「何が分かったと……っ!?」
とたんにエルの身体は己の意志など関係なく動き出す。
「構って貰えなくてやきもきしているのでしょう。来なさい存分に相手をしてさしあげますから」
「っ待て、何処に連れて行くつもりだ」
と言いながらこの時間、寝所に入る前に行く所と言えば。
「まさかあのやたらに広く派手で落ち着かん湯殿か」
「厳と言いなさい」
自身の意志とは関係なくハクイのあとを追って足が動く。
「なぜこの俺が貴様なんぞと共に湯に入らねばならん」
「背中を流して差し上げます」
「いらん」
「たまには心行くまでゆるりと過ごすのも良いでしょう」
「だから落ち着かんと言ってるだろうが!」
口には出さないが(よりによって貴様となど余計落ち着かんし苛つくだけだ!)と心の中で叫ぶ。
「静かになさい」
その瞬間エルは声も出せなくなった。
「~~っっ!!」
「夜分に騒ぐな。着くまで我慢なさい」
誰のせいだと心の中で苛つきながら結局なす術もなくエルディアブロはハクイに着いて行き、あっという間に夜が明けていくのであった――。
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