魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。

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第六章

馬には乗ってみよ人には添うてみよ24

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「そんな事に拘っていたとはな。帰りたいならそう言えばいいものを、それとも言い出せないのか? 君が望むなら私から奴に言ってやろう。もちろんその子も含めてだ」

 あっさりそんな事を口にするカミルラに青年は呆気にとられる。

「あの、話し聞いてました?」
「もちろん聞いていたさ。だがな、アイツもそこまでうつけてはいないぞ。言えば考えてくれるだろうさ」
「え?」
「私の言葉をきかんのは所詮魔族の意見だからだ。しかし君は人間だ。しかも無理に連れて来られたのだろう。だとしたら必ず耳を傾ける。そういう奴だ」
「……そんな簡単に」
「簡単な話だ。あの男はなその赤ん坊をあるべき場所に戻したところでまた捨てられる事を危惧している。あとは連れて来た責任だろうな。だがそんな心配はないと、むしろここに居る方がその子のためにならぬと理解すれば考えを改める」

 腕を組んで自信満々に言うカミルラ。嘘をついている様子はない。
 青年は胸に抱く赤ん坊へ視線を落とした。いつの間にか泣き止んでいたリーベは自身の手を不思議そうに眺めて指先を動かし遊んでいる。
 おそらく今初めて自身の手を認識したのだろう。
 そんなリーベをなんとなく眺めながらこれまでの事を考えて気付く。
 確かに自分は帰りたいとかこの子を連れ帰るとかそう言ったことは一度も口にしていないのだ。むしろこちらの都合もあり、この話を受け入れたのは自分であったと思い出す。あちらからしてみれば肯定的に受け取って貰えていると考えるだろう(まぁ好意的に思ったので間違いではないが)
 それに魔王の今までの言動から確かに自分がもし嫌だと言っていればそれを受け入れていておかしくない気がした。
 実際昨日の喧嘩で今度城下町へ連れ出してくれる約束もしている。
 だがしかし言わせて欲しい。
 ただの人間があの悪名高い(と思っていた)魔族の城に行きなり連れて来られて完全なアウェー状態のなか魔王に赤ん坊の面倒を頼まれれば常人なら断れる筈がないのだ。断ったが最後、死が待っていると考えて至極当然。
 青年がもし本当は魔王の頼みごとを受けたくないと考えていたとしてもやはりノーとは言わずイエスと答えて逃げ出す機会を伺っていただろう。
 つまりどっちにしろ正しい判断だったのだ。

 青年は暫し考えたあと口を開いた。

「カミルラ様。有り難い申し出ですが今はやめておきます」

(今帰ると俺にとって都合が悪いからな。魔族についてももう少し知りたいし)

「ままごとをまことの事実にしたいからか?」
「それもありますけど、多分魔王さま泣いちゃうんで」

 あえて冗談を言ってはぐらかす。

「それはそれで見てみたい気もするな」

 カミルラはふっと笑う。

「気が変わったらいつでも声をかけてくれ私が力をかそう」
「お気遣い有り難うございます」


 ――カタカタと朝食を乗せたワゴンを押して青年とリーベの部屋へマールが訪れたのはその直ぐあとだった。

「カ、カミルラ様?」

 マールは扉を開けるや否やその姿を眼に止めると入るのを躊躇した。

「ふぅん、ハクイ気に入りの坊やじゃないか。君もこの件に絡んでいたのか」

 食事を運んで来たのか偉いなと言ってカミルラは配膳が並ぶお盆を手にするとテーブルの上へと並べていく。

「さぁ有り難く食すがいい人間よ」
「ロワです」
「あぁそうだったか」

 その口振りからするに名前を覚える気はさらさらないらしい。ただテーブルの上に並べた料理が気になるのか物珍しいなと言って青年が食事する様子を興味深く眺め、飽きたのか立ち上がる。

「赤ん坊の様子は私が見ていよう君は楽に過ごすといい」

 と言ってベビーベッドに寝かせたリーベの元へと移動するのを見計らって青年がマールへ顔を寄せる。

「知り合いか?」
「知り合いも何もカミルラ様はここではハクイ様の次に偉い人だよ。知らない人はいないんだから……イェン様の代わりにとは聞いていたけどまさか本当だったなんて」
「ふーん」
「ふーんて、怒らせたら怖いんだからね。大人しくしててよ」
「しかしなんでまたそんなお偉いさんが来たんだ?」
「結界は上級者しか使えないからこの国では魔王さまハクイ様、カミルラ様ぐらいしかまともに扱えないからだと思う」

 そう言えば以前イェンも似たような事を言っていた。あの時のもう一人、と言うのはカミルラの事だったようだ。

「イェンも使えるじゃないか」
「イェン様はお仕えしている僕たちみたいな者の中では魔力量が違うから、条件付きなら使えるって聞いてるけど」
「マールは?」
「僕は全然ダメ。でもそれが普通だと思うよ」

 青年はようやく魔王がカミルラしかいないと頼んだ理由が分かった。それと同時に実はイェンは凄いのではないかと。思ったままマールへ伝えてみると「そうじゃないと魔王さまが二人のこと任せないんじゃないかな」と言う。

(のわりにはなんで侍従なんかに甘んじているんだ?)

 ただの侍従にしては武芸に長けているようでもあるし、何かと器用な奴だ。そう考えると少し腑に落ちない。そう言えば一人だけここより東の民族衣装に似た服を着ているし、おそらくイェンの故郷はそちらなのだろう。

(まさか地元の魔族じゃないからか?)

 少し考え、いやいやと手で思考を消すように軽く左右に振る。
 どうであれ自身にはなんの関係もない。

 今青年が考えねばならぬこと、それは……。

「びぇええええ!」

 朝食を食べ始めてから二十分もしないで泣き始めたリーベのオムツ替えである。

「……早いな」
「早いね」

 カミルラがこっちを振り向いて言う。

「赤ん坊が泣き出したが、何をすべきだ?」


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