魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。

文字の大きさ
上 下
154 / 168
【 過 去 】

王と王の妃。

しおりを挟む

 まさか本当にこうなろうとは――。
 部屋の中をぐるりと歩いて王室の窓から遥か下にある庭園を覗き見る。するとその庭を横切って駆けて行く少女の姿が目に止まった。
 ここに来てからと言うもの少しも大人しくしているところを見た事がない。
 私と同じように窓の外を見た側近が顔をしかめる。何か言い出そうとする前に手でせいした。

「好きにさせておけ」

 まだ年端も行かぬ娘だ。心も幼い。
 だがもう直ぐ、国の母にならねばならぬのだ。
 そうなれば今のようにのびのびと走り回る事など不可能だろう。

「何を考えておいでですか?」

 側近が納得いかないとばかりに言う。

「お前はどう思う?」

 あの少女はただ小さな国の姫とも言えぬ姫だ。
 帰ろうにも海を渡らねば帰れぬ程遠く。そうまでしてわざわざ呼び寄せた。
 それは全てあの少女の髪が金色に輝くが故に。
 妙な伝統に拘るこの国の仕来りが故に。

 私には愛する者がいた。けれど彼女との仲は許されぬものだった。王の血を絶やしてはならぬ、それ故に。
 それでは何がこの国の王を王とたらしめるのか……。

 金の姿見の前に立つと、私はそこにうつる己をまじまじと眺める。

 黄金きんの髪に黄金きんの瞳。

 そう、これが私がこの国の人間の王であり王族である証。
 もう全て諦めているとは言え忌々しいと時折思う。
 この国で純粋な金の髪に金の瞳の女が現れぬからと、わざわざ他国へまで家臣のじじ共が使いをやり、金の瞳は叶わずとも、金髪でそれなりの身分の相手を探してきたのだ。
 少女の住んでいたあの小さな国は隣国の戦争が自国まで飛び火するのではないかと恐ろしかったらしい。守ってやる代わりにと此方が話を持ち出したのだ。

 余程じじ共は切羽詰まっていたのだろう。このままでは後継者がいないと。
 わざわざ妙な伝統になど囚われなければ、相応しい者はいくらでもいる。

 だがあの様な18も下の子供とは聞かされてはいなかった。言えば私が首を横に振るだろうと家臣共は口裏を合わせたのだ。
 既に条約を結び、少女も此方へ来た。今更帰す訳にもいかない。
 例え条約はそのままにしても、一度嫁いだ娘が戻ると言うのは恥でしかない。まだ子を成してはいないとは言え、腫れ物扱いされ新しい嫁ぎ先を見付けるのも難しいだろう。

 となれば互いに現状を受け入れるのが得策だ。

「どう思うとは?」
「分からぬか」

 問うと側近は暫し考え口を開く。

「近頃毎日のように何処かへ出掛けているようです。調べさせます」
「必要ない」
「しかし」
「あまり詮索してやるな、いいな」
「陛下はあの娘に甘過ぎます」
「子供に甘くして何が悪い」
「陛下」
「私に逆らうか?」

 これ以上は何も言わせぬと語尾を強めれば、何か言いたげにしながらも大人しく引き下がった。

 あの少女が何処へ行き何をしているのか察しはついている。あの方角には森がありあの泉がある。
 少なくともそこだろう。
 何より浮き足立つあの顔を見ればわかる。

 ただ一時の事だ。もうすぐそれは壊れてしまう。
 ならば今だけでも夢を見て何が悪い。

 そうだ何が悪いのか。
 私が愛したのは黒髪の美しい女性だった。
 彼女は由緒正しき家柄の娘で、私の幼馴染みであり、私をよく理解している友で、この世で唯一愛した人だった。
 だが私と彼女の仲は許される事はなく、彼女は他の男に嫁いで行き、もうこの国にはいない。
 一国の王である筈の私にもそれだけは変えられなかった。

 それだけこの国にとって黄金きんの髪と黄金きんの瞳は重要なのだ。

(王の血など嗤わせる)

 もしも私が黒髪の赤い瞳で生まれていたらきっと今この玉座についている事もなかったのだろう。
 となればいったい王族とはなんなのか疑問だ。

(そんなに大事か〝これ〟が)

 鏡にうつる己の姿に苦笑する。

 いっその事あの少女が想い人と共に消えてしまえば、さてどうなるか……。
 少なくとも私は慌てふためく皆(みな)を見て心の中でほくそ笑むことだろう。

 ……だが、事はそう簡単にはいかなかった。



「――陛下!」

 挙式を上げるまさにその日。

朝から姿を見せず側近達をざわつかせていた少女が1人の赤ん坊を抱えて私の前へ現れた。

 もう一度私を陛下と呼んで、真っ白なヴェールの奥からじっと空のように清んだ色の瞳が此方を見上げる。
 その後ろには少女の面倒を見る為について来た神経質そうな女がいつも以上に顔を蒼白に変え、震えていた。

「陛下、この子はわたくしの子ではありません。けれどわたくしは本日より正式に貴方の妻とこの国の母になります」

 昨日まで子供のようにいたずらに輝かせていた瞳が、今は見違える程、しっかりとした強い意思と気品を持つ女性として私の目の前に立っていた。

「故にこの子はもうわたくしの子です。わたくしと貴方の――」

 そこまでくれば何を言わんとしているのか嫌でも分かる。ようはこの赤ん坊を私達の子として迎え入れろと言うのだ。恐らく曰く付きの身寄りのない赤ん坊を保護しろと。
 私は近寄り、その胸に抱く赤子の顔を覗いた。
 真っ白な布に包まれたその赤ん坊は伸び始めたばかりの薄い黒髪で、まだ瞳は開かぬかと思ったが、うっすらと開いた瞳が此方を見たような気がした。その瞳はおそらく綺麗な赤色だ。

 思わず「そうか」と苦笑が漏れた。

 今ここで、この赤子の正体を知るのは私とこの少女だけだろう。

「無理に私の妻になどならなくていい。ただ国の母にはなってくれるか?」
「いいえ、もうわたくしは貴方の妻でありこの国の母でありこの子の親です」

 その毅然とした言葉と態度に。
 どうやら私はこの少女を、いや彼女の事を見誤っていたのだと気付かされた。

 寧ろ私の方が子供であったのかも知れない。
 いつまでも過去に囚われて、いつまでも先を見ようとしていなかった。
 こんな小さな少女が、既に腹を決めていると言うのに。
 正直なところ、私は彼女がこのまま戻らなければ良いと少なからず思っていた。それがこの子の幸せにもなるだろうと。

(なんて愚かな)

「いいだろう」

 そう応えると、目の前の女性は強い意思を持つ空色の瞳で、美しく微笑んだ。

 私の眼にはざわつく城内の様子が嫌と言うほど浮かぶ、側近やじじ共は口を揃えて反対してくることだろう。

 だが、だからどうしたと言うのだ。
 私はこの国の王なのだ。そんなものどうとでもしてみせよう。

 どこからか話を聞き付けた側近が、部屋の扉を乱暴に開けた。



 ――きっといつかこの赤子は私達の元から姿を消すのだろう。
 だがそれでもこの国の子だ。
 私達、王と王妃が守るべき子(国民)なのだ。


end.
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~

シキ
BL
全寮制学園モノBL。 倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。 倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……? 真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。 一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。 こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。 今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。 当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?

ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。 ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。 そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

弟が生まれて両親に売られたけど、売られた先で溺愛されました

にがり
BL
貴族の家に生まれたが、弟が生まれたことによって両親に売られた少年が、自分を溺愛している人と出会う話です

処理中です...