魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。

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【 過 去 】

王と王の妃。

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 まさか本当にこうなろうとは――。
 部屋の中をぐるりと歩いて王室の窓から遥か下にある庭園を覗き見る。するとその庭を横切って駆けて行く少女の姿が目に止まった。
 ここに来てからと言うもの少しも大人しくしているところを見た事がない。
 私と同じように窓の外を見た側近が顔をしかめる。何か言い出そうとする前に手でせいした。

「好きにさせておけ」

 まだ年端も行かぬ娘だ。心も幼い。
 だがもう直ぐ、国の母にならねばならぬのだ。
 そうなれば今のようにのびのびと走り回る事など不可能だろう。

「何を考えておいでですか?」

 側近が納得いかないとばかりに言う。

「お前はどう思う?」

 あの少女はただ小さな国の姫とも言えぬ姫だ。
 帰ろうにも海を渡らねば帰れぬ程遠く。そうまでしてわざわざ呼び寄せた。
 それは全てあの少女の髪が金色に輝くが故に。
 妙な伝統に拘るこの国の仕来りが故に。

 私には愛する者がいた。けれど彼女との仲は許されぬものだった。王の血を絶やしてはならぬ、それ故に。
 それでは何がこの国の王を王とたらしめるのか……。

 金の姿見の前に立つと、私はそこにうつる己をまじまじと眺める。

 黄金きんの髪に黄金きんの瞳。

 そう、これが私がこの国の人間の王であり王族である証。
 もう全て諦めているとは言え忌々しいと時折思う。
 この国で純粋な金の髪に金の瞳の女が現れぬからと、わざわざ他国へまで家臣のじじ共が使いをやり、金の瞳は叶わずとも、金髪でそれなりの身分の相手を探してきたのだ。
 少女の住んでいたあの小さな国は隣国の戦争が自国まで飛び火するのではないかと恐ろしかったらしい。守ってやる代わりにと此方が話を持ち出したのだ。

 余程じじ共は切羽詰まっていたのだろう。このままでは後継者がいないと。
 わざわざ妙な伝統になど囚われなければ、相応しい者はいくらでもいる。

 だがあの様な18も下の子供とは聞かされてはいなかった。言えば私が首を横に振るだろうと家臣共は口裏を合わせたのだ。
 既に条約を結び、少女も此方へ来た。今更帰す訳にもいかない。
 例え条約はそのままにしても、一度嫁いだ娘が戻ると言うのは恥でしかない。まだ子を成してはいないとは言え、腫れ物扱いされ新しい嫁ぎ先を見付けるのも難しいだろう。

 となれば互いに現状を受け入れるのが得策だ。

「どう思うとは?」
「分からぬか」

 問うと側近は暫し考え口を開く。

「近頃毎日のように何処かへ出掛けているようです。調べさせます」
「必要ない」
「しかし」
「あまり詮索してやるな、いいな」
「陛下はあの娘に甘過ぎます」
「子供に甘くして何が悪い」
「陛下」
「私に逆らうか?」

 これ以上は何も言わせぬと語尾を強めれば、何か言いたげにしながらも大人しく引き下がった。

 あの少女が何処へ行き何をしているのか察しはついている。あの方角には森がありあの泉がある。
 少なくともそこだろう。
 何より浮き足立つあの顔を見ればわかる。

 ただ一時の事だ。もうすぐそれは壊れてしまう。
 ならば今だけでも夢を見て何が悪い。

 そうだ何が悪いのか。
 私が愛したのは黒髪の美しい女性だった。
 彼女は由緒正しき家柄の娘で、私の幼馴染みであり、私をよく理解している友で、この世で唯一愛した人だった。
 だが私と彼女の仲は許される事はなく、彼女は他の男に嫁いで行き、もうこの国にはいない。
 一国の王である筈の私にもそれだけは変えられなかった。

 それだけこの国にとって黄金きんの髪と黄金きんの瞳は重要なのだ。

(王の血など嗤わせる)

 もしも私が黒髪の赤い瞳で生まれていたらきっと今この玉座についている事もなかったのだろう。
 となればいったい王族とはなんなのか疑問だ。

(そんなに大事か〝これ〟が)

 鏡にうつる己の姿に苦笑する。

 いっその事あの少女が想い人と共に消えてしまえば、さてどうなるか……。
 少なくとも私は慌てふためく皆(みな)を見て心の中でほくそ笑むことだろう。

 ……だが、事はそう簡単にはいかなかった。



「――陛下!」

 挙式を上げるまさにその日。

朝から姿を見せず側近達をざわつかせていた少女が1人の赤ん坊を抱えて私の前へ現れた。

 もう一度私を陛下と呼んで、真っ白なヴェールの奥からじっと空のように清んだ色の瞳が此方を見上げる。
 その後ろには少女の面倒を見る為について来た神経質そうな女がいつも以上に顔を蒼白に変え、震えていた。

「陛下、この子はわたくしの子ではありません。けれどわたくしは本日より正式に貴方の妻とこの国の母になります」

 昨日まで子供のようにいたずらに輝かせていた瞳が、今は見違える程、しっかりとした強い意思と気品を持つ女性として私の目の前に立っていた。

「故にこの子はもうわたくしの子です。わたくしと貴方の――」

 そこまでくれば何を言わんとしているのか嫌でも分かる。ようはこの赤ん坊を私達の子として迎え入れろと言うのだ。恐らく曰く付きの身寄りのない赤ん坊を保護しろと。
 私は近寄り、その胸に抱く赤子の顔を覗いた。
 真っ白な布に包まれたその赤ん坊は伸び始めたばかりの薄い黒髪で、まだ瞳は開かぬかと思ったが、うっすらと開いた瞳が此方を見たような気がした。その瞳はおそらく綺麗な赤色だ。

 思わず「そうか」と苦笑が漏れた。

 今ここで、この赤子の正体を知るのは私とこの少女だけだろう。

「無理に私の妻になどならなくていい。ただ国の母にはなってくれるか?」
「いいえ、もうわたくしは貴方の妻でありこの国の母でありこの子の親です」

 その毅然とした言葉と態度に。
 どうやら私はこの少女を、いや彼女の事を見誤っていたのだと気付かされた。

 寧ろ私の方が子供であったのかも知れない。
 いつまでも過去に囚われて、いつまでも先を見ようとしていなかった。
 こんな小さな少女が、既に腹を決めていると言うのに。
 正直なところ、私は彼女がこのまま戻らなければ良いと少なからず思っていた。それがこの子の幸せにもなるだろうと。

(なんて愚かな)

「いいだろう」

 そう応えると、目の前の女性は強い意思を持つ空色の瞳で、美しく微笑んだ。

 私の眼にはざわつく城内の様子が嫌と言うほど浮かぶ、側近やじじ共は口を揃えて反対してくることだろう。

 だが、だからどうしたと言うのだ。
 私はこの国の王なのだ。そんなものどうとでもしてみせよう。

 どこからか話を聞き付けた側近が、部屋の扉を乱暴に開けた。



 ――きっといつかこの赤子は私達の元から姿を消すのだろう。
 だがそれでもこの国の子だ。
 私達、王と王妃が守るべき子(国民)なのだ。


end.
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