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【 過 去 】
黄金の王。
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昔々ある所に一人の少年がおりました。
その少年は黄金の髪に黄金の瞳をしており、あまりに美しい容貌に、人々は気味悪がりました。
少年の母は少年を産んだ時に亡くなり、父は己にも母親にも似ていない事を不信がりました。
そして少年にいつも言うのです。
『お前の母はお前のせいで死んだのだ』
『お前のような“気味の悪い化け物”を産まなければ彼女はまだ……』
そう言いながら精神を病み、最後には滝の上から身を投げ、帰らぬ人になったのです。
けれど少年は何一つ悲しくありませんでした。
その時にはもう何も感じなくなっていたのです。
ですので実の父が亡くなったというのに泣きもしませんでしたし、そんな少年を気味悪がる人々の事も気になりませんでした。
いえ、少年にとってはいつもとなんら変わらない状況なので、少年は気付けなかったのです。
気付いたところでやはり少年は何も感じないのです。
そんなある日。
国中のあちこちで大規模な自然災害にみまわれました。
嵐が襲い夜通し雨が降り続き家々は流され、作物は全て駄目になりました。その後はまるで砂漠のど真ん中にいるように日光が毎日毎日照りつけるのです。水がなくなり大地は見るからに干上がっていき、人々は一人また一人と死んでいきました。
そんな中、少年の住む土地だけがどうしてか変わらずそこにあったのです。
嵐がくる事もなく雨が降り続く事もなく灼熱の太陽が照りつけ大地を干上がらせる事もありませんでした。
すると、ある村人が言い出したのです。
もしかするとあの妙な子供のおかげなのでは?
あの少年は天が使わした者なのではないか。
ただの村人がなんの気なしに呟いたその言葉は、まるで伝染病のように広まっていきました。
気付いた頃には少年は神の使いだなんだのと祀り上げられていたのです。
そして末端のその土地がいつの間にか天の地と呼ばれるようになっておりました。
干やがった土地からこの土地へ大勢の人々が移り住み、すると不思議な事に今まで干やがっていた土地に雨が降るようになったのです。
少年の元に集えば何もかもが元通りになると人々は思いました。
そして少年はいつの間にかその国の王に仕立て上げられたのです。
けれども少年はやはり何も感じておりませんでした。
少年にとってはほんのちょっとのあいだ瞼を閉じ、開いた時には自分は知らない建物の見覚えのない立派な赤い椅子に座り、頭には大きすぎて落ちそうになっている王冠があるのです。
そして無感情のまま人々の期待に応えていきました。
その姿を見て人々は思うのです。
あぁなんて神々しい。
我々の王は素晴らしい何があっても動じず冷静であらせられる。なんて立派なんだ。
ギラギラと光る人々の瞳に彼は応えていき、気付けばその存在がのちに伝説として語り継がれるまでになっていたのです。
“天から使わし神の子が王として我々を導き人々を救った”と
そしてその血は決して絶やしてはならないと、今も尚語り継がれているのです。
“黄金の髪に黄金の瞳”
それがこの国の人々の“王の証”であると。
******************
「これが真実さ、どうだいお気にめしたかい?」
灰色の髪に海のような青い瞳の者が目を細めてそう言った。
その者の手には十代くらいの少年と少女が先程まで持っていた分厚い本がある。丘の上に座りのんびりと時を過ごしていた二人の前にふらりと現れ、その中身とは似て非なる話をしだしたのだ。
「めすもなにも」
なんと答えるべきか困ったのは少年だった。
「言ってる事がさっぱり分かりません」
キッパリと言い切ったのは少女のほうだった。
「そうかそれは困ったな。とりあえず君達が信じてる“王”ってのはそんなもんなのさ」
ちっとも困ってなさそうにその者は微笑する。
中性的な顔立ちで、灰色の長い髪を肩より少し下のところで一纏めにしている。それなりに上等な生地の灰色と白の衣を着て。
線も細く小柄なせいか男のようでもあり女のようでもあった。
「それにその話しがどうして本当だと言えるのですか?」
少女は更に問う。
「それは私が全て見ていたからさ“彼”が死ぬまでずっとね。いや見守っていた。彼が産まれる前からずっと、ずっとずっと見守っているのさ君達“人間”を」
まるで自分は人間ではないかのような言い草に少年は首を傾げた。
「彼が住まう土地だけがなんの被害もなかったのはたまたま運が良かったからさ、移住して来た者の元の土地が元へ戻っていったのはそれはそのタイミングで災害がおこらなくなったからさ、彼が黄金の髪と瞳をもち産まれてきたのも、その全てが偶然さ、なのに不思議だよね。君達はそれが全て彼に関係があると思い込んだのだから、おかしな光景だったなぁ」
懐かしむように目を細め思い出してやはり微笑するその姿。二人の眼には確かに自分達とは何かが違う者なのだとうつった。
「知ってるだろうけど、国なんていっぱいある。あの時、他国はなんともなくてね。ここでだけそんな災害がおこったんだ。それもまた偶然さ、守ってやっても良かったんだけどね。それだと生態系を壊しちゃうかもなぁて思ったから。そして何がおかしいって、あの頃の君達はまるで自分達しか世界に存在しないかのような様子だったってことさ」
その者の話を黙って聞いていた少女が真っ直ぐな瞳で見詰めて言った。
「貴方は君達と言うけれど、私達はその時代の人ではないから一緒にして欲しくないです」
そして隣にいた少年も口を開く。
「貴方は僕達にそれを聞かせてどうしたいのですか?」
するとその者は少し寂しそうに微笑む。
「……彼がね。最後に言った言葉が何か分かるかい?」
二人は同時に“わからない”と答えた。
そして真っ青な空を見上げると立ち上がる。
「ごめんなさい私達そろそろ戻らないと」
「お話し有り難うございました」
二人はお辞儀をすると、手と手をとりあって走り出す。
けれど直ぐに立ち止まって此方を振り向いた。
「その本差し上げます」
「僕達にはもう必要ないので」
そっくりな黄金の瞳をその者に向け、かと思うとそっくりな黄金の髪を揺らして走り出す。
――その者は二人が見えなくなるまで軽く手を振った。
「彼がさ、最後に言ったんだ。“自分は人になれただろうか、母は許してくれるだろうか”ってさ。……初めから人だったのに変な奴だったよ」
あれだけ祀り上げていた者達は、いつ死ぬかわからぬ王に見切りを付け、新たな王の存在に夢中になっていた。
もう死を待つだけの王など興味がなかったのだ。
見兼ねて彼の老いた手を握り、最後のその瞬間まで見届けた。
「それは俺に語りかけているのか?」
いつの間にか男が隣に立っていた。
短髪の黒い髪、赤い瞳、小麦色の肌、金色の耳飾りに金の足輪、黒い装束。
「あの子達がさ、自分はこんな風に立派にはなれないって落ち込んでたから、こんなのデタラメだって教えてあげようと思ってね」
その者は男に本を手渡した。
男はその分厚い本の中身をペラペラと捲ると鼻で笑ってそれをとじ、燃やした。
「くだらない。まるでお伽噺だな」
「そうだろう。真に受ける事はない」
「ただお前の言葉があの子達のためになるとも思えんな」
「大丈夫じゃないかな。あの子達は一人じゃないんだから」
「そうか」と言うと、男はその者に手を差し伸べた。
「さぁ帰るぞ。我らが魔族の王よ」
その者は柔らかな笑みを浮かべると「あぁ」と言ってその手をとった。
「またね。未来の小さな王さま」
丘の向こうにそびえ立つ城に向かってそう言うと、二人はその場から姿を消した。
燃え散った、本の僅かな灰だけを残して。
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