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第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ23
しおりを挟むなんだかよく分からないまま魔王は言われた通りリーベを自身の肩にもたれかけさせて縦抱きにした。
「えーとタオルタオル」
「これか?」
カミルラがベビーベッドにかけてあった手拭いを青年に渡すとそのまま青年が手にしていたお椀とスプーンを受け取る。
すると青年はリーベにちょっとごめんねーと言ってリーベの顎を上げて魔王の肩との間に手拭いを挟めた。
「これでよし」
「何をしているんだ?」
言われた通りリーベの背中を下から上にさすりながら魔王は尋ねる。
「ゲップした際に吐いちゃうことがあるので念のため」
「吐くのか?」
それならむしろしない方がいいのではと魔王は手を止める。
「赤ちゃんって飲んでる時に一緒に空気を取り込んじゃうんですよ。そしたらお腹が苦しいでしょ。だからゲップをさせてあげるんです」
「そ、そうなのか」
「まぁ最近はゲップをしなくなったみたいなんで多分大丈夫だとは思うんですけど念のため」
「なるほどな」
それを聞いて魔王は再度リーベの背中をさすりだし、おそらく流しに食器を置いてきたカミルラがさっきはいったい何を飲ませていたのかと尋ねた。
それにたいし初日に魔王へ説明したように青年はヤギの乳を粉末状にしたものを溶かしたのだと語る。
「粉末状にか、よく考えるものだ。ところで魔王さまよ」
魔王はリーベの背をさすりながら「ん?」と反応する。リーベはうとうとして目元が眠たそうだ。
「そろそろ時間じゃないか? あまり遅れると魔王と言えど顰蹙を買うぞ」
「あぁそうだな。名残惜しいが仕方ない」
すまないが頼むと言って魔王は青年にリーベを預けようとしたのだが
「……どうしたら放してくれるんだ?」
困ったと眉を下げた。それもその筈、なんとリーベは眠そうにしながらも魔王の服をしかと両手に握っており放してくれない。
それを見て、青年はリーベの体を持ち上げ放そうとしたがやはり手を放してくれそうにない。申し訳なさそうにチラッと魔王を伺った。
「もしかしなくても仕事だったり?」
「あぁそうなんだが、弱ったな。いっそ連れてくか」
「バカ言ってんじゃないよ。年寄りが赤ん坊可愛がりたさに気が散って会議が会議にならなくなるぞ」
「もちろん冗談だ」
「リーベ、魔王さまもう行かなきゃなんだって、手、放してあげよう」
声をかけながらリーベの指を一つ一つ放そうと試みるが、一つ一つ放した先からまた服を掴み出す。いたちごっこだ。
おまけに放そうとすればする程リーベの表情が明らかに不機嫌になっている。
「魔王さまおめでとうございます。よほど居心地がいいみたいですよ。いっそ嫉妬を覚えます」
「そうかそれは身に余る光栄だが行かねばなるまい」
二人は眼だけで力強く頷いた。
「すまんリーベ、パパは行く!」
「パパは俺ですってば!」
リーベの手から服を無理に引き放す。嫌だとばかりに「びええ!」と泣き出すリーベ「すまん」と言いながら何度も振り返りつつそそくさと出ていく魔王。その背中に「私の欠席についてきちんと説明してくれよ」と声をかけるカミルラ。
眠りを妨げられたからか或いは魔王が居なくなったからかその両方からか理由はいかにしろリーベの不機嫌はマックス。赤ん坊らしく泣きわめくリーベを青年は必死に抱っこしてあやすほかない。
「わぁリーベそうだよね。今せっかく寝ようとしてたのにねぇごめんごめん」
心なしか泣き声がマオと何度も呼んでる気がして罪悪感が胸をつく。
「誰のことだマオってのは?」
「あれ、カミルラ様にもそう聞こえます?」
「あぁ」
「多分魔王さまのことです。なんでかそう呼ぶ傾向があって」
「ふぅんそうか、案外懐いているんだな」
「そうなんですかね。俺の方が四六時中一緒にいるのに不思議だ」
「常に側にいるからこそ、たまにしか訪れない者が恋しくなるのかも知れんぞ」
(確かにそれは一理ありそうだ)
あやしながらリーベをどのタイミングで寝台に寝かせるか考えていると椅子に腰掛けたカミルラが「まるでおままごとだな」とふっと笑っていう。
青年は少し考えてから「そう見えます?」と尋ねた。
するとカミルラは「私は反対なのさ」と返す。
「君はその子がこちらで暮らすことを本当に良しとしているのか?」
「……」
「もう分かっていると思うが君たち人間は私ら魔族が作った結界に護られなければ死んでしまう。自由に動き回れないのさ。そんな死と隣り合わせの窮屈な生活をその子に送らせるのか。それは幸せと言えるかい? 悪いが私は魔王の考えには反対だね。その子は成長していく上で必ず自身が私たち魔族と異なる事に気付くだろう。その時その子はどんな感情を抱くと思う? 少なくとも辛い思いをするのはその子だ。アイツは現実が見えていないのさ。その子はあるべき場所へ帰った方がいい」
〝君はどう思う〟とカミルラは問う。
正直に言って彼女の意見は至極真っ当だ。本当にその通りなのだ。こちらにいたらリーベは普通の人間の女の子として生きるのは難しいだろう。
本当は青年が連れて帰るのが一番良い選択なのだ。カミルラも魔王もハクイもイェンも知らないがこの子をきちんとした里親へ預けることも、あるいは責任を持って自身がなに不自由なく育てることも青年には可能だ。
「確かにままごとと言われちゃうと否定しずらいんですけど……」
それでもだ。生きていれば大なり小なりなんらかの壁にぶち当たることがある。どう生きていても。
里親とうまくいかない事もあるかも知れない。青年が与えた環境で育てたとしてそれはそれでリーベにとっては苦痛になるかも知れない。
「自由とか幸せって一概に言えないと思うので難しいですよ」
青年は苦笑する。
「確かに死と隣り合わせよりかはいいと思うんですけど、今本気でこの子を気に掛けて向き合ってる人がいるのにこの幸運を無かった事にしてしまうにはまだ早いんじゃないかなと」
もう少し様子を見てもいいのではないか。
「色々と不安なところはそりゃないと言えば嘘ですよ。けど魔王さまさっきちっとも嫌な顔してなかったですし」
普通、自身の肩の上で吐くかも知れないと言われたら少しは顔にでそうなものだが魔王は全く嫌そうな素振りも見せず、むしろ吐かせる方が可哀想ではと心配していた。
それにここ最近顔を見に来なかったことから淡白なところがあるのかと思いきや、先ほどの後ろ髪引かれながら去って行った様子を見る限りそうでもなさそうだ。おそらく相当忙しかったのだろう。それは青年にとって想像に固くない。
「出来ればおままごとが本当になったらいいと思いません?」
カミルラは「なるほど、それが君の考えか」と理解を示したあと「だが私の考えは変わらない」と付け加えた。
「まぁなんだかんだ言いましたけど、正直連れて帰るのが正解だったとして、今の俺に口出しできる権利ないですからね。ある意味囚われの身ですから」
その言葉にカミルラはハハっと豪快に笑う。
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