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第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ22
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「おはようリーベ。今日はご機嫌だね~! 天気の良い日で良かったね~」
部屋へ戻ると青年は直ぐにリーベに声をかけた。寝起きはいつもぐずることが多いのだが、今日のリーベは見るからにニコニコとご機嫌だ。
機嫌が良いうちにとオムツをサッと取り替え、軽く体をぬるま湯で濡らした手拭いで拭き、薬草を煎じて作った保湿クリームを塗るとササッと着替えさせる。
「ふぅん、たいしたもんだ手慣れている」
黙って見ていたカミルラが感心した。
「その身体に塗ったのはなんだ?」
魔王の問いに「ただの塗り薬ですよ」と青年は答える。
「赤ん坊の肌は荒れやすいと言ったらイェンがどっからか薬草を調達して煎じてくれて」
「あぁ確かにあれはそういうのに詳しいからな」
なるほどと魔王とカミルラが頷く。自分たちだと魔力でなんとでもしてしまうからなぁと言って。……なんて便利なんだろうか。
それにしても二人とも何をすればいいのかサッパリ分からないのでとりあえず青年のやることを見学するばかりだ。
「さて、今度は朝ごはんにしましょうか」
「何を食べるんだ?」
カミルラはそう尋ねたが魔王は初日の事を思い出してあぁあれかと反応した。
「よし、では私が」
「遠慮します。そもそも魔王さまこの部屋のどこに何があるか分かっていないでしょう。魔王さまとカミルラ様はリーベの相手をしててください」
「う、分かった」
青年が行ってしまうと二人はそれぞれ腕を組んで大きな寝台に寝かされたリーベを見詰めた。
「なぁ我らが魔王さまよ……幼子の相手をするってのはどうしたらいい?」
「わからん」
とりあえず、寝転がり手足を動かしながらこちらをじーと見て様子を伺うリーベと見つめ合う。
すると突然リーベが「あ~あ!あー」と言いだした。
「何か喋りだしたぞ。なぁ魔王、何言ってるか分かるか?」
「わからん」
「チッ使えん奴め。これだからお前は」
とりあえずカミルラは「おはよう」と声をかけてみた。すると……。
「はぁあよ」
舌足らずな声で返事が返ってきたのだ。まさか返答があるとは思っていなかった二人は思わず息をのむ。
「これは恐れ入った。君はもう話せたのか、今朝の調子は良さそうかい?」
「うーう」
「そうかいまいちか、もしや腹が空いてるのが原因か?」
「う」
「そうかそうか心配するな、今あの人間が……なんて名だ」
「ロワだ」
「あぁそうだそのロワが何か持ってくるらしい。ちょっと待っていな。もうすぐさ」
するとリーベはキャッキャッと嬉しそうにする。
二人は再度息をのんだ。
「会話が成立しているだと……。赤ん坊てのはここまで意志疎通出来るものだったのか……? なぁ聞いてるか魔王さまよ」
「……も、もしや天才なのでは」
子供を持つ親が一度は通る道「うちの子もしかしたら天才かも知れない!」をもれなく通る二人。
はじめて覚える感情になんとも言えない気持ちと感動を覚えていると後ろから「ちょっとどいて貰えます?」と声がした。
「もう二人してなに固まってんですかぁ通れないっての」
青年は木で出来た堀の深い器、分かりやすく言うとお椀とスプーンを両手に持って、頬を膨らます。
カミルラがさっと避けて青年の入るスペースを作ると魔王もすまんと言ってそうしようとしたが何故か青年に止められた。
「魔王さまはリーベ抱っこして貰っていいですか?」
「ん? 私がか?」
「なんか文句でも?」
「いやない決してない」
とりあえず言われた通り抱き上げて、寝台へ腰掛けた。
「あぁそうじゃなくてこっち向きで」
「こうか?」
「もうちょっと顔と体を、ほら俺が持ってるこれをリーベに飲ませたいんですよ。だから」
「あぁそう言うことか」
青年が持つお椀の中には乳白色のスープが、いや初日に見たあの粉を溶かしたミルクであるとようやく魔王は気付き、青年が飲ませやすいように赤ん坊の抱き方を変えた。
「これでどうだ?」
「うん、リーベもぐずってないし大丈夫でしょ」
「にしてもあの哺乳瓶とか言うのはどうした?」
「あーあれ煮沸消毒中なんですよ。昨日ドタバタしていてやる時間なくて、さっきやったばっかりで」
「消毒?」
「雑菌が溜まりやすいんですよ。赤ん坊は俺たち大人と違って免疫がまだ出来上がってないから衛生管理はきちんとしないと、腸内に良い菌が増えないので」
「まるで医者みたいなことを言うな」
「まさか、医者じゃないですよ。お世話になってた園の女性に教えて貰っただけです。彼女薬草とかにも詳しくて、いわゆるワイズウーマンって呼ばれる人なんですけど」
お腹が空いているリーベは青年が何を持って来たか理解して早く早くとばかりにパタパタと手を伸ばす。
「はいはい。お口あーんして~はいどうぞ~」
青年はミルクを掬ったスプーンを口元へ運ぶ。
すると横から「おい」とカミルラが声をかけてきた。
「なんですか?」
「そのまま飲ませて問題ないのか?」
「えぇ?」
リーベの小さな口がスプーンをパクッと口にした。すると口の隙間からぼたぼたと。
「あちゃ~」
「言わんこっちゃない」
さっとカミルラの腕がのびてきて、赤いハンカチでリーベの口元を拭うと汚れた部分を内側に畳み直し、リーベの首と服の間に濡れた部分とは反対側を少しだけ入れ込んだ。要はよだれ掛けだ。
「有り難うございます。うっかりしてました」
「いや、どうも口元が心許ない気がしたのさ。もう少し早く声をかければ良かったね」
「あとで洗って返しますね」
「気にしなくていい、このハンカチはこのままこの子にあげよう。使うといいさ」
この一連の対応に青年はちょっとキュンとした。実は先ほどまでの魔王と一緒に眺めているだけの姿に、これは戦力にならないなぁとマイナスの印象を受けていたのだが。
(マイナスからのこれは得点高いわ~魔王さまだと絶対こんなこと出来ないって、あと顔もちょっと好みだし)
ついつい魔王と比べてしまう。もしこれを口に出していたなら、そもそも赤ん坊を抱くだけで精一杯な状態で無茶言うなと魔王は言いたくなっただろう。
「でもどっちかと言うと女性はほわほわ美人系がタイプなんだよな~頼れるカッコいいお姉さまもいいけどさ」
「なにをブツブツ言っているんだ?」
魔王にきょとんとした顔で尋ねられ、しまったつい口に出ていたらしいと「なんでもないです」と言って首を振る。
気を取り直してリーベに飲ませていると、リーベはもういらないとばかりに顔をプイッと背けた。
「もうお腹いっぱい?」
「うーう」
「もうちょっと飲まない?」
口元へ近付けてみるとやはりプイプイっと顔を背ける。
「そっか~いっぱい飲んだもんな。お腹いっぱいだよね。てことで魔王さま」
「ん?」
「はい縦抱き、縦抱きにする」
「んん?」
「いいから肩にもたれかけさて背中を下から上にさすってください」
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