上 下
134 / 159
第六章

馬には乗ってみよ人には添うてみよ20

しおりを挟む

 翌朝、イェンが言っていた通り代わりの者が部屋を訪れた。
 まだ鳥も鳴かぬ早朝だと言うのに部屋の中に気配を感じ、青年が目蓋を上げると薄暗い部屋の中、ベビーベッドを真顔で見詰める何者かが立っていたのだ。
 思わず「何者だ」と言いかけたのを飲み込んで、青年はその者を注意深く観察した。
 すらりと延びた手足に二重ふたえの切れ長の瞳、美しく長い睫毛、すっと通った鼻梁に品のある真っ赤な唇。
 同じく真っ赤な長髪は後頭部で一纏めにしており、カーテンの隙間から漏れ出た僅かな陽の光に照らされさらりと艶めく。
 青年からしてみれば少し露出気味ではと思える真っ赤な隊服に身を包み、その翠眼すいがんを赤ん坊へ向けたまま呟いた。

「起きたか」

 それはリーベへ向けてなのか青年に向けてなのか、おそらく後者だろう。
 だが青年はあえて直ぐには応えなかった。

(緑の瞳に赤い髪、それにこの体型は)

 前で組んだ腕には豊満な胸、隊服から剥き出す健康的な生足。まさしく、青年がこちらへ連れてこられてから初めて眼にする魔族の女性だ。
 彼女はリーベを見詰めたまま更に呟く。

「これがくだんの赤ん坊か」

 ベビーベッドの柵は青年のいる寝台側だけ下ろしてピタリと繋がるように寄せている。
 青年はそこから腕を伸ばしてリーベのお腹に手のひらをポンと置く。

「可愛いでしょう」と言って。

 何かあればリーベを抱き上げ直ぐにでも助けを呼ぶつもりで、まだ隣の部屋にイェンがいるかも知れない。
 青年が顔を上げると女性の視線と重なった。静かに燃えるそんな翠眼と。

「そして、お前があのが言っていた人間か」
「……ロワです。はじめまして」

 青年は愛想よく微笑む。窓の外から鳥の囀ずりがした。
 女性は自身の顎に片手をやりそのまま親指で下唇をなぞったあと、ニッと口端を僅かばかり上げた。かと思うと窓辺に向かい閉めきったカーテンを片手で豪快に開ける。

「さぁ朝だ。この私が君たちを起こしに来てやったんだ。直ぐにでも支度をしな」

 いつの間にか登った朝日に照らされる凛々しくも雄々しい立ち姿。有無を言わせぬ迫力のある美貌と八頭身。自身が支配する側であると確信しているような言動。
 青年はなんとなくいやーな予感がした。

「あのーそもそもどちら様でしょうか?」
「たく、なんだあのアホウはまだ伝えていないのか、人に面倒を押し付けておいて役立たずにも程があるな」

 女性は呆れて言うとベビーベッド前の椅子に足を組んで腰掛けた。

「いいからさっさと着替えてくるといい。赤ん坊は私が見ている」

 早く行けと態度で示されるので青年は仕方なく昨日見付けたばかりの自身の部屋へと移動した。
 もちろん知った時すぐに着替えも諸々自身の物を殆ど全てそちらへ移動している。とは言え、元々着の身着のままこちらへ連れてこられているのでこちらで用意してくれた最低限の服や自身が頼んだ物しかないのだが。

「せめて名乗って欲しいんだけど」

 愚痴をこぼしながら真新しい服へと腕を通す。正直こちらへ着た時の農夫の服の方が身動きが取りやすいのだが、洗濯に出されるため流石に毎日は着れない。本日は七分丈のズボンに上は下着の上に羽織った服を左右に重ねて紐で縛るような青年にとっては妙な服を選んだ。丈が短く腰より少し下程度の長さで紺色の服だ。帯の色は金だった。これがまたただの農夫が着るにはあまりに上等過ぎるしっかりとした手触りの良い生地で出来ているのだ。

(どこかの国で似たような服を見たことがあるな……どこだったか)

 手探りで衣服の着用方法を思い出しながら案外すんなりと着替え終えた。

「さすが俺、大概のことはどうとでもなるな」

 などと青年が自惚れていると廊下側の扉からこちらを伺う声がした。その声にハッとしてズンズンと扉へ向かうと勢いよく扉を開ける。目の前の胸ぐらを掴み上げて無理やり中へ引き入れ扉をバンと閉めた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

フローブルー

とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。 高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。

公爵家の五男坊はあきらめない

三矢由巳
BL
ローテンエルデ王国のレームブルック公爵の妾腹の五男グスタフは公爵領で領民と交流し、気ままに日々を過ごしていた。 生母と生き別れ、父に放任されて育った彼は誰にも期待なんかしない、将来のことはあきらめていると乳兄弟のエルンストに語っていた。 冬至の祭の夜に暴漢に襲われ二人の運命は急変する。 負傷し意識のないエルンストの枕元でグスタフは叫ぶ。 「俺はおまえなしでは生きていけないんだ」 都では次の王位をめぐる政争が繰り広げられていた。 知らぬ間に巻き込まれていたことを知るグスタフ。 生き延びるため、グスタフはエルンストとともに都へ向かう。 あきらめたら待つのは死のみ。

美人に告白されたがまたいつもの嫌がらせかと思ったので適当にOKした

亜桜黄身
BL
俺の学校では俺に付き合ってほしいと言う罰ゲームが流行ってる。 カースト底辺の卑屈くんがカースト頂点の強気ド美人敬語攻めと付き合う話。 (悪役モブ♀が出てきます) (他サイトに2021年〜掲載済)

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

今日くらい泣けばいい。

亜衣藍
BL
ファッション部からBL編集部に転属された尾上は、因縁の男の担当編集になってしまう!お仕事がテーマのBLです☆('ω')☆

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...