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第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ20
しおりを挟む翌朝、イェンが言っていた通り代わりの者が部屋を訪れた。
まだ鳥も鳴かぬ早朝だと言うのに部屋の中に気配を感じ、青年が目蓋を上げると薄暗い部屋の中、ベビーベッドを真顔で見詰める何者かが立っていたのだ。
思わず「何者だ」と言いかけたのを飲み込んで、青年はその者を注意深く観察した。
すらりと延びた手足に二重の切れ長の瞳、美しく長い睫毛、すっと通った鼻梁に品のある真っ赤な唇。
同じく真っ赤な長髪は後頭部で一纏めにしており、カーテンの隙間から漏れ出た僅かな陽の光に照らされさらりと艶めく。
青年からしてみれば少し露出気味ではと思える真っ赤な隊服に身を包み、その翠眼を赤ん坊へ向けたまま呟いた。
「起きたか」
それはリーベへ向けてなのか青年に向けてなのか、おそらく後者だろう。
だが青年はあえて直ぐには応えなかった。
(緑の瞳に赤い髪、それにこの体型は)
前で組んだ腕には豊満な胸、隊服から剥き出す健康的な生足。まさしく、青年がこちらへ連れてこられてから初めて眼にする魔族の女性だ。
彼女はリーベを見詰めたまま更に呟く。
「これが件の赤ん坊か」
ベビーベッドの柵は青年のいる寝台側だけ下ろしてピタリと繋がるように寄せている。
青年はそこから腕を伸ばしてリーベのお腹に手のひらをポンと置く。
「可愛いでしょう」と言って。
何かあればリーベを抱き上げ直ぐにでも助けを呼ぶつもりで、まだ隣の部屋にイェンがいるかも知れない。
青年が顔を上げると女性の視線と重なった。静かに燃えるそんな翠眼と。
「そして、お前があのうつけが言っていた人間か」
「……ロワです。はじめまして」
青年は愛想よく微笑む。窓の外から鳥の囀ずりがした。
女性は自身の顎に片手をやりそのまま親指で下唇をなぞったあと、ニッと口端を僅かばかり上げた。かと思うと窓辺に向かい閉めきったカーテンを片手で豪快に開ける。
「さぁ朝だ。この私が君たちを起こしに来てやったんだ。直ぐにでも支度をしな」
いつの間にか登った朝日に照らされる凛々しくも雄々しい立ち姿。有無を言わせぬ迫力のある美貌と八頭身。自身が支配する側であると確信しているような言動。
青年はなんとなくいやーな予感がした。
「あのーそもそもどちら様でしょうか?」
「たく、なんだあのアホウはまだ伝えていないのか、人に面倒を押し付けておいて役立たずにも程があるな」
女性は呆れて言うとベビーベッド前の椅子に足を組んで腰掛けた。
「いいからさっさと着替えてくるといい。赤ん坊は私が見ている」
早く行けと態度で示されるので青年は仕方なく昨日見付けたばかりの自身の部屋へと移動した。
もちろん知った時すぐに着替えも諸々自身の物を殆ど全てそちらへ移動している。とは言え、元々着の身着のままこちらへ連れてこられているのでこちらで用意してくれた最低限の服や自身が頼んだ物しかないのだが。
「せめて名乗って欲しいんだけど」
愚痴をこぼしながら真新しい服へと腕を通す。正直こちらへ着た時の農夫の服の方が身動きが取りやすいのだが、洗濯に出されるため流石に毎日は着れない。本日は七分丈のズボンに上は下着の上に羽織った服を左右に重ねて紐で縛るような青年にとっては妙な服を選んだ。丈が短く腰より少し下程度の長さで紺色の服だ。帯の色は金だった。これがまたただの農夫が着るにはあまりに上等過ぎるしっかりとした手触りの良い生地で出来ているのだ。
(どこかの国で似たような服を見たことがあるな……どこだったか)
手探りで衣服の着用方法を思い出しながら案外すんなりと着替え終えた。
「さすが俺、大概のことはどうとでもなるな」
などと青年が自惚れていると廊下側の扉からこちらを伺う声がした。その声にハッとしてズンズンと扉へ向かうと勢いよく扉を開ける。目の前の胸ぐらを掴み上げて無理やり中へ引き入れ扉をバンと閉めた。
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