131 / 159
第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ17
しおりを挟む「龍仙の奴はあぁ言ったが、正しくは西にある山頂で暮らしている」
龍仙の姿が見えなくなると、魔王はやれやれと彼の言葉を訂正した。
「すまないな。気難しい奴なんだ」
そして窓際へと移動し「あの辺りだ。赤い屋根の家がぽつんとある」と指を差す。
魔王が指し示す方角には確かに絨毯のように広がる森の奥に小高い山が見えた。
どうやら森の奥と言うのは本当らしい。
「ここからだと遠くて見えないですね」
「確かにお前はそうだろう」
「え? 見えるんですか?」
「まさか、見えるとは言ってないぞ」
「なんですかそれ紛らわしい」
呆れた声をあげ、窓の外を眺めながら青年はリーベの様子を見に移動した。柵の中で眠る赤ん坊の林檎のような頬を指でそっと撫でる。
後ろから魔王もリーベが眠る寝台を覗き込む。
気持ち良さそうに、たまにすぴーと鼻息を漏らして眠る赤ん坊の姿に、お互い肩の力が抜けた。
ほっとしたのと疲れもあってか暫し無言が続き、おもむろに魔王が口を開く。
「ところで折り入って相談があるのだが……」
「……なんですか急に、しかも俺に」
せっかく肩の力が抜けたと言うのにまた力を入れるハメになったと青年は身構える。
「そのだな。さすがにあれは言い過ぎたと思うか?」
「はい?」
「先ほど子供達に声を荒げてしまっただろう」
「はい……」
「実はあんな風に怒鳴り付けたのは初めてでな」
「はぁ」
「今更ながらあれはどうなんだと、昨日今日生まれたばかりの子達に、いくらなんでも私は、私はあの子らより途方もなく長く生きていると言うのに……大人げなかったのでは、いやしかし、今回は」
「……」
柵に両手を預けて人の肩に項垂れそうになっている魔王に青年は内心「おいおい」とつっこんだ。
まぁここではなんだリーベが起きても良くないと青年は魔王を先程お茶を用意した席まで移動させ座らせた。その向かいの席に青年も腰をおろす。
「それで?」
改めて伺った話を要約すると、どうにも魔族は何千年と長生きしていると、まだ生まれて間もない者に本気で怒ったり叱ったりするのが苦手、になるらしい。まぁこの魔王に限っての事かも知れないけれど、だが確かに千年生きてる者にしてみればまだ八年や十年程の者はたった今生まれたばかりの赤ん坊に見えてもおかしくない。
そのたった今生まれたばかりの赤ん坊に誰が叱ったり怒鳴ったり出来ると言うのか、分かる。分からなくはない。
が、
「それとこれとは別じゃないですか?」
「そうか?」
「正直正解は分かりませんけど、俺はあの時叱ろうと思ってましたよ」
「そうなのか?」
「魔王さまのお陰で出鼻を挫かれましたけど」
「そうなのか」
「そもそもきちんとダメなものはダメと叱った事がなかったからこうなったんじゃ? 本気で怒らないと分からない子もいますよ」
「そうか……」
「多分誰でも怒って当然ですねあれは、俺の知ってる下町のおばちゃんなんて他人の子でも遠慮なく箒を片手に怒ってますし、散々説教したあと気の済むまでこき使うでしょうね……あぁ眼に浮かぶな」
「箒を片手にか?」
「もし良いところの赤ん坊を拐って死なせるところであったのなら、それでは済まされてないでしょうね。最悪殺されていたかも」
「そんな物騒な」
「だから魔王さまが怒ってしまったのは無理もないって事ですよ」
正直一応魔王の娘と言う事になるのなら、他ならぬ王の子供を危険に晒したとして処罰してもおかしくはない。と言う事は黙っておいた。
きっとこの男はあの子達にそんな事は望むまい。
魔王は少々甘やかし過ぎてしまったかと片手で頭を抱える。
青年はその姿を少し眺めてから、多少申し訳ないと思いつつもつい呟いてしまった。
「……子供って親の言動真似するらしいんですよね」
俯いていた魔王の顔が上がる。
「聞いた事ないですか? 子は親の言う事はきかないが、親のする通りにはする。みたいな」
「親のする通りだと?」
「子は親を見て育つとか子は親の鏡とか色々」
魔王は初めて訊いたと驚く、そしてそれでいくとと呟くので、青年は先にその答えを口にした。
「多分あの悪魔、エルディアブロがそれに近いんじゃないですか? 彼があの子達の面倒をみてるんですよね?」
「……確かにやっている事はあれにそっくりだが、そのエルディアブロを幼子の頃から面倒見ているのはハクイで、私も多少は関わって……と言う事は」
自分とハクイに問題があったのかと魔王は頭を抱えた。その姿に流石に全部が全部ではないと魔王の肩を慰めるように叩く。
「確かに言われてみるとエルディアブロの叱り方はハクイにそっくりだな」
「そうなんですか?」
あぁと魔王は頷く。なんでもハクイは基本的に声を荒げず淡々と咎めるんだそうだ。
「たいがい〝あなた達、そこで何をしているのですか?〟と言ってな。エルは〝そこで何をしている〟と一言だけ言って睨み付ける。エルの言う事には皆従うからな。その後どうするかは分からんが、もしかしたら淡々と咎めるのかも知れんな」
魔王は二人の真似をして見せ、似てないか? と言うが、正直二人の事をまだよく知らない青年には頷きづらい。
ただ先程見たハクイの悪魔の子達への接し方を思い出すとそんな感じだった気もするし、先日のエルディアブロの様子を思い出すと、なるほどそうなのだろうと思う。
「悪魔だからと思っていたが、そうではなくエルディアブロを見ているからなのか?」
今でこそ多少落ち着いたがエルが幼い頃やっている事そのままだと魔王は言う。だが先日の一件もあり、青年にしてみればエルディアブロとあの悪魔の子達の行動はそう大差ない。過去の事はあの子達は知らぬだろうしあの姿を見ているからではないか。言おうかと思ったがやめておいた。
目の前の魔王はどうすれば良かったのだと過去の事を思い浮かべ、あの時こうしていればとぶつぶつ呟いて、その赤い瞳も後悔に揺れている。
その様子を肩肘をついてじーと眺め、茶を飲んでいた青年だったが、ふいに口端を上げる。
今目の前で自分にこうも情けない姿を平気で晒しているのが〝魔族の王〟だと思ったら、おかしくなったのだ。まったくらしくない。
「魔王さま……モテないでしょ?」
1
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
フローブルー
とぎクロム
BL
——好きだなんて、一生、言えないままだと思ってたから…。
高二の夏。ある出来事をきっかけに、フェロモン発達障害と診断された雨笠 紺(あまがさ こん)は、自分には一生、パートナーも、子供も望めないのだと絶望するも、その後も前向きであろうと、日々を重ね、無事大学を出て、就職を果たす。ところが、そんな新社会人になった紺の前に、高校の同級生、日浦 竜慈(ひうら りゅうじ)が現れ、紺に自分の息子、青磁(せいじ)を預け(押し付け)ていく。——これは、始まり。ひとりと、ひとりの人間が、ゆっくりと、激しく、家族になっていくための…。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる