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第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ16
しおりを挟む「あたたたた! 分かった分かった! すまんちょっと待て!」
魔王がそう言った瞬間、目の前の緑豊かな景色がものすごく見覚えのあるパステルカラーのファンシーなお部屋に変わった。
「え?」
そう、リーベと青年がいつも生活しているあの部屋に戻って来たのだ。
視線を上げればユニコーンのぬいぐるみが今日もふわふわ浮いている。
「ほら、これで許せ」
部屋にあるラベンダー色のソファの上に青年を座らせると、魔王は少し距離をとる。
「最初からさっさとこうしてくれれば」とぶつくさ文句を言いながら立ち上がり、青年はリーベをベビーベッドにそっとおろした。
(頼むから起きるなよ~)
それはもうそっとそっと、寝かせて、ゆっくり腕を引っ込める。
(よし、起きない。うまくいった!)
寝惚けてむにゃむにゃと身動きする愛らしい赤ん坊の姿。その様子をじっとみて可愛いなと頬が緩む。そんな青年の横からぬっと魔王が顔を出した。
「外傷は無さそうだが本当に大丈夫なのか……」
寝ているリーベを心配そうに眉を下げて眺め
「お前も額はもうなんともないか?」
今度は青年の顔を覗き込み、おでこにかかった前髪を払い上げる。
「え?」
「覚えてないのか? 小石がぶつかって少しの間気を失っただろう?」
言われて見れば魔王の姿を眼に止めた瞬間、小石がぶつかって気絶したのを青年は思い出した。
経験した人にしか分からないと思うが小石とはいえ、高いところから落ちて来た小石のスピードと威力は凄まじい。確実に頭が割れたかと思うのは請け合いだ。
「そう言えば……魔王さま、助けるなら細かいところも抜かりなく助けてくださいよ」
「なんだ私が悪いのか?」
「まさかあのタイミングで気絶する羽目になるなんて」
「私もまさかあのタイミングで小石がぶつかるとは、慌てて傷を治したぞ」
魔王の親指が青年のおでこを確認するように何度かさする。思わずくすぐったくて眼を細めた。
「全然なんともないですよ。言われなきゃ気付かないぐらいには」
魔王が「本当にそうか?」とまじまじと見るので「それよりも」と、青年は話題を変えた。
「念のためリーベを見て貰いたいんです。あのおじいさんに」
「あぁ龍仙のことだな。案ずるな既にここにいる」
「へ?」
魔王が指を差した方向、先程のラベンダー色のソファに深く腰を掛け、年季の入った杖を床について、此方をじろっとした眼で見ている老人が。
「全く人使いが荒い奴じゃ。急ぎだと強引に呼ばれたかと思うたら、お前さん達はおらんしこの奇っ怪な部屋で長々と待たされ、あげく突然現れワシの事には眼もくれぬとは……邪魔なら帰るぞ」
青年はあんぐりと口をあけて呆ける。何故なら先程自分がソファに座った時には、この老人は既に隣に座っていたという事だからだ。
「そう言うな。来てくれて助かった」
「フンッ良く言うわい」
よいしょというように、龍仙はその老体を持ち上げて、深々と被ったその長いローブをずりずりと引き摺りながら赤子の寝台へと歩く。
「い、いつの間に……」
「ここを出る前に念のため龍仙を呼んでおいた。何があってもいいようにな」
「家から突然ここに召還され、腰が抜けるかと思うたわい」
「すまん急ぎの用だったのでな。承諾も無しに呼んでしまった。そう怒るな」
「フンッお前さんはいつもそれか。他に何か言えんのか」
「助かる」
「ほざいとれ」
龍仙がリーベの診察を始め、魔王が隣でそわそわと様子を気にするので、龍仙にあっちに行ってろと煙たがられた。
仕方無しに少し離れて、青年は茶の準備をする。元々部屋になかったのだが、いつでも飲めるようにと青年がイェンに頼んでいたものだ。
魔王は魔王で部屋の様子を見ていたが何かに気付き、クリーム色の壁を軽く撫でた。
「どうも結界の張り方が雑と言うか荒いと言うか、イェンがやったにしてはお粗末だな。……疲労でもたまっているのか?」
そして、手の平で何かを押し込むように壁をポンと叩く。
「これで安定するだろう」
イェンと聞いて、青年ははっとする。
自分達のためとはいえ内緒で外へ連れ出してくれたようだったので、おそらく責任を問われるのではないかと。
「魔王さま、その、イェンなんだけど」
「ん?」
「どうなります?」
「どうとは?」
「俺達の事を考えて連れ出してくれただけで、それにリーベも楽しそうだったし、許してあげて欲しいんですけど」
「あぁそれを心配しているのか。だがイェンについてはハクイに任せているからな。あれに言った方が早いぞ」
「え? そうなんですか?」
「あぁ、だが私も善処してみよう」
その言葉に少しほっとする。
「ありがとうございます」
魔王はチラチラとリーベの方を気にしながら、青年が用意した茶の置かれた席へと座った。
「俺も気になるけど、仕方ないですよ」
「そ、そうだな」
青年も向かいの席へと座って、リーベの方を見詰める。すると龍仙がこちらを軽く振り向いた。
「おい小僧」
「小僧と言うな」
魔王が反応したが龍仙は顔をしかめて「お前さんでなくそっちの小僧だ。人間の」と顎で指す。
「俺ですか?」
青年は立ち上がる。
「あぁそこでよい。見たところ何も異常は見受けられんから安心せい。つい最近まであの花の蜜を混ぜて飲ませていたのが功を奏したな。すっかり丈夫に育っておる。今は体力回復の為に眠っておるだけだ」
続けて「こやつはおそらく長生きするぞ」と言うのを聞き、青年は「え?」と逆に心配になった。
その様子に気付いて、龍仙はいつものように「フンッ」と鼻を鳴らす。
「長生きすると言っても人間のそれよりちょっと長い程度だ。心配ないわい」
「な、ならいいけど」
(ちょっとって、どれくらい? 具体的に何年?? 丈夫って人並み? それとも……)
もしも人間なのに魔族並みに長生きしちゃったらどうしようと、やはり心配になるのも無理はない。
「よ、嫁の貰い手あるかな……いや待て丈夫な方が逆にいいんだっけ?」
まだまだ先の事が心配になり始めた。
「何顔を青くしているんだ? なんともなくて良かったじゃないか」
「そうですけど、でも貰い手」
「何を気にしているのか分からんが、貰い手はいない方が良くはないか?」
「……確かに」
ぽんっと手を叩いて魔王の言葉に納得する。
そうだその通りだ。変な男にひっかかるよりずっといいと。
「……親バカどもめ、もう良いだろう。ワシを早く家へ帰せ。鍋に火をつけたままだ。今頃焦げているだろうな。火事になっていたら小僧、お前さんの責任だぞ」
「な、それを早く言え!」
「言う間があったと思うか?」
帰ろうとする龍仙に青年は待ってと声をかけた。
「なんだ? まだ何かあるのか?」
「いえ、ただ来て頂いて助かりました。有り難うございます」
「礼には及ばんわ、おい小僧」
「分かっている。急ぎだ直ぐに帰す」
すると龍仙の姿が透けていく。
「あの、龍仙さんは普段どちらにお住まいで?」
「フン……ただの森の奥」
「だ」と言う頃には龍仙の姿は消えていた。
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