126 / 168
第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ12
しおりを挟む「え?」とセルゥが呟く。
青年が叫んだまさにその時、セルゥは背後に広がる崖に、後ろ向きに足を踏み外した……!
「セルゥ!」
その身体を横から突進するように飛んで来たロォがかっさらう。
刹那、セルゥの腕からリーベが滑り落ちて……!
青年は飛び出していた。
考えるよりも先に。
ただ無我夢中でその小さな身体を追い掛けて、その子の名前を叫ぶ。
青年の腕は、手は、確かにその小さな体にとどき、護るように抱き締める。
だが後にも先にももうどうにもならない。
想像以上の高さから、はるか下には川が、その濁流に向かって二人の身体が真っ逆さまに落ちていく。
もうダメだと、さすがの青年もそう思った。
仮に生き延びられたとして、その時赤ん坊も一緒に助かるとは思えない。
(あぁなんて事だ。こんな所で)
青年の意思とは関係なく今日までの事が走馬灯のように去来する。
幼い頃流行った不治の病に苦しむ人々が、行き交う民の光景が、今は亡き父と母の微笑みが、山羊の乳を粉末上に出来ないかと考えた日が、アルデラミンの怒った顔が、ソフラさんの作った美味しいシチューの味が、園の子供たちの笑った顔が、マールの困った顔が。
黄金色の長髪の少女が、その黄金色の瞳を濡らし涙する姿が。
(今死ねばどうなってしまう? 〝サラ〟は、あの子は瞳を痛めず泣かずに済むのか?)
あの日、ハクイに此方へ連れて来られた日を。
本当の意味で魔族を目の前にした日を。
魔王と出会った日を。
マールと再会した日を、イェンと出会った日を、悪魔の存在を知った日を。
たった数週間の事ではあるが妙に懐かしく色鮮やかによみがえる。
脳裏に水色の花と真っ赤な花がよぎった。
リーベが蝶へ手をのばして、青年の言葉を真似て笑って。
『ぱっぱ』
(ダメだ! 〝わたし〟はまだ死ねない!)
ここで死ぬ訳にはいかない! 死ぬのなら戻ってからでなければいけない!
ここではダメだ! ここでは余計な火種を生む!
「わたしはまだ!」
リーベの頭と体をしっかりと抱え直す。
きっとまだ生きていると信じながら、けれど現実は無情、濁流から覗く岩がもう直ぐそこに迫っていた。
(頼む!)
藁をも掴む思いで青空に向かって手をのばす。
「ロワ!」
その手を、誰かの大きな手がしっかりと掴み引き寄せた。
陽に照らされ紫光する黒髪、力強い真っ赤な瞳の持ち主が目の前に。
「っ!?」
その瞬間、何処からか落ちてきた小石が青年の額を直撃した。
◇
「――――おい」
何故だろう。視界が回っている。
「――っ――――おいっ!」
もしや本当に死んだのか?
それとも岩にぶつかることなく何処かへ流れついたのか、あるいは既に死んでいるのか……そうだあの子は……。
「しっかりしろ! おい!」
誰ださっきから〝わたし〟に向かって。
「ロワ!」
ロワとは誰だ。ロワって……。
(〝俺〟のことか!)
ハッとし瞳を開くと。
「魔王さま!?」
黒衣の魔王が、青年を両腕に抱き上げ飛んでいた。
2
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ペットの餌代がかかるので、盗賊団を辞めて転職しました。
夜明相希
BL
子供の頃から居る盗賊団の護衛として、ワイバーンを使い働くシグルトだが、理不尽な扱いに嫌気がさしていた。
キャラクター
シグルト…20代前半 竜使い 黒髪ダークブルーの目 174cm
ヨルン…シグルトのワイバーン シグルトと意志疎通可 紫がかった銀色の体と紅い目
ユーノ…20代後半 白魔法使い 金髪グリーンの瞳 178cm
頭…中年 盗賊団のトップ 188cm
ゴラン…20代後半 竜使い 172cm

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

社畜サラリーマン、異世界で竜帝陛下のペットになる
ひよこ麺
BL
30歳の誕生日を深夜のオフィスで迎えた生粋の社畜サラリーマン、立花志鶴(たちばな しづる)。家庭の都合で誰かに助けを求めることが苦手な志鶴がひとり涙を流していた時、誰かの呼び声と共にパソコンが光り輝き、奇妙な世界に召喚されてしまう。
その世界は人類よりも高度な種族である竜人とそれに従うもの達が支配する世界でその世界で一番偉い竜帝陛下のラムセス様に『可愛い子ちゃん』と呼ばれて溺愛されることになった志鶴。
いままでの人生では想像もできないほどに甘やかされて溺愛される志鶴。
しかし、『異世界からきた人間が元の世界に戻れない』という事実ならくる責任感で可愛がられてるだけと思い竜帝陛下に心を開かないと誓うが……。
「余の大切な可愛い子ちゃん、ずっと大切にしたい」
「……その感情は恋愛ではなく、ペットに対してのものですよね」
溺愛系スパダリ竜帝陛下×傷だらけ猫系社畜リーマンのふたりの愛の行方は……??
ついでに志鶴の居ない世界でもいままでにない変化が??
第11回BL小説大賞に応募させて頂きます。今回も何卒宜しくお願いいたします。
※いつも通り竜帝陛下には変態みがありますのでご注意ください。また「※」付きの回は性的な要素を含みます

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?
ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。
ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。
そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。
皇帝に追放された騎士団長の試される忠義
大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。
帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか?
国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。
日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが
五右衛門
BL
月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。
しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる