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第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ11
しおりを挟む炎はまるで選んだかのように取り囲む樹海だけを燃やし続ける。
真っ赤に染まる空、恐怖のあまりセルゥはその場にへたり込んだ。その腕にいる赤ん坊を隠すように抱きしめながら
「なん、で」
目の前に突如として現れた人間と魔族にも恐怖する。
――少女の悲鳴が上がって直ぐ、二人の行動は早かった。
青年は駆け出し、イェンはほんの一瞬躊躇したが袖に隠していた赤と金の耳飾りを取り出し握りしめる。
「アンタ絶対落ちるなよ」
「はぁ!?」
イェンが動いたと思う隙もなく青年は俵抱きにされ
「燃やした方が早い」
悲鳴が上がった方向に向かって、一直線に炎の渦が走る。
「なっ!?」
巨大な渦の目の中を、イェンは青年を担いだまま炎の勢いで出来た風に乗った。
「ちょ! 飛んでる!? 飛ばされてる!?」
「かもね!」
弾丸のように鋭く走った炎の渦は瞬く間に子供たちの元へ届き、間一髪でセルゥを助け、二人を少女達の元へ運んだのだ。
そして今、彼らはセルゥの前に立っていた。
「リーベ!」
赤ん坊の異変に気付き青年が顔面を蒼白にし慌てて手を伸ばす。
だがはっと我に返ったセルゥがその手を避け、中央に集まっていた仲間の元へわたわたと逃げた。
「いい加減にしろ! その子は玩具じゃないんだぞ!」
焦りと怒りから青年が怒鳴った。
リーベの様子は明らかにおかしい。顔色を無くし泣きもせず笑いもせずただ眼を見開き硬直している。
怖くて動けない。まさにそれだ。
それだけならまだいい、呼吸が出来なくなっていたら……!
更に青年を焦らせたのは魔晶石を縫い付けた箇所がほどけかかっている事だ。
(手遅れになる前になんとかしないと)
その時、事が切れたように燃え盛っていた炎が一瞬にして消えた。樹海が粗方燃えきったのを確認し、もういいだろうとイェンが消したのだ。
(あーやっぱり若干亀裂が入ってるな)
手の平の上に転がる赤と金の耳飾り、わざと強く握り締めてそうしたのは他でもないイェン自身であったが約束を違えた事に内心溜め息を漏らす。
(この状況も状況だし僕の落ち度なのは確かなんだよなぁ。不可抗力とはいかないか)
確実に責任を問われるのは目に見えていた。ならばいっそと思ったところでセルゥと青年の声が響く。
「ちょっとこっちに来ないでよ」
「そういう訳にいかない。リーベ怖かったよな。大丈夫もう大丈夫だから」
「何意味わかんないこと言ってるのよ!」
「自分のことばかり考えてないで少しはその子を気にかけろ。様子がおかしいだろ。頼むからリーベをこっちに渡して、取り返しがつかなくなる前に」
「え?」
ようやくセルゥは動きを止めて腕に抱く赤ん坊を見た。
先ほどまで大声で泣きじゃくっていたのに妙に静かで動かない。おまけに体温が冷たい気がした。
「え? ちょっと、あなたどうしたの?」
その様子にイェンも助けに入ろうとして、誰かにその長い袖を思いっきり引っ張られる。
「ルゥが、ルゥが動かないの!」
見ると黒髪をお団子にまとめた少女が瞳に涙を溜め訴えていた。少女の後ろを見ると少年が一人地面に転がっている。
一瞬で状況を理解したイェンは即座に駆け寄ると手の平を少年へ翳す。すると少年の体が緑色の光のようなものに包まれた。
「あーもう、よりによって樹海の枝かなんかを素手で折ったな!」
「違う爪で裂いたの!」
「どっちも同じさ。剣か何かで斬り落とすならまだしも。いいか樹海は爪で傷をつけただけでもそこから毒に犯され生気を吸い取られるんだ。そんなこともあの悪魔は教えなかったのか?」
「エル様を悪く言わないで!」
「そうだエル様を悪く言うな!」
「だいたいお前たちが悪いんじゃんか!」
「そうだそうだ!」
ぎゃーぎゃーわんわん騒ぎ出す子供たちを尻目にイェンはあぁなんてことだと心の中で舌打ちをする。
このままでは確実にまずい。この少年もそうだが赤ん坊の様子も気掛かりだ。
だが治癒術に関して今のイェンには出来る事が限られている。そもそもイェンは黒の魔族で本来なら攻撃術が得意なわけで、治癒術や回復術となると白の魔族の方が圧倒的に……。
(駄目だ早くハクイ様の所へこの子を、それかもういっそ)
片方の耳飾りを割ろうとしたその時、地響きが鳴り地面が大きく揺れた。
「うっそ、勘弁してくれよ今度は地震か?」
「なになになに!?」
「ぎゃーいやー!」
互いを支え会うように抱き締め合う者から空へと逃げようとする者。
「こら待て! 僕から離れるな!」
どんどん激しくなる揺れにイェンは柄にもなく本気で焦る。
「ちょっとまったまずいこれ!」
瞬間大地が盛り上がり太い木の根が勢いよくイェン達を押し上げた。仕留め損なったとイェンはルゥを抱えて飛び上がる。
双刀の片割れを振り上げ燕のように舞い、地面から雪崩れるように噴き出す樹海の根を軽やかに斬り落とす。
「君たち絶対斬れ目には触れるなよ! くっそ、しつこいったらないな!」
子供たちに襲いかかる樹海の根を断ち斬りながらイェンは青年とリーベを探した。
「あそこか!」
◇
青年は金色の刀柄を握りしめセルゥとリーベを背に庇う。使い慣れない湾曲した武器、苦戦しながらそれでも必死に樹海から二人を護っていた。
「くそ! 斬れ目に触れるなって無茶だろうこれ!」
襲いくる根を捌きながらいつの間にか徐々に徐々に後ろへと追いやられる。
(どんどんイェンから引き離される! 俺一人でどうやって打破する!?)
青年の体力が尽きるか、もしくはほんの少し気を抜けばそこで終わりだ。
(やはり火か!?)
そうは思うが青年に火のアテなどない。
(イェンは何故そうしない!)
だがおそらく今は使えない理由がある。もしさっきのようにそれが出来るのなら彼ならとうにそうしているからだ。
(どうする、防戦一方で何が出来る?)
「ちょっとねぇ、ちょっと起きてる? ねぇ反応して」
青年の背後でセルゥが声を震わせた。
「どうした!?」
「この子おかしいの真っ青で、なんで、なんで? 手足が震えてるし、さっきまでこうじゃなかった、変だよ怖い」
分かってはいた。多分先程からひきつけをおこしている。
このくらいの赤ん坊は泣き過ぎて呼吸するのを忘れることがある。だがそれは基本的に一分以内でおさまる筈で、これはいくらなんでも長い。
焦る気持ちを抑えながら青年は背後にいるセルゥへなるべく穏やかに話しかける。
「落ち着いて。君が落ち着かないとその子も落ち着かないんだ。こっちは大丈夫だから、優しく抱っこしてちゃんとお尻もささえてあげて、ゆっくり背中をさするんだ」
セルゥは訳が分からないまま、ただこの得体の知れない恐怖から逃れたくて青年の言う通りに動く。
「そうだその調子。君、名前は?」
「セルゥ」
「そうかセルゥいい名だね。その子はリーベって言うんだ」
そうやってセルゥを宥める間も青年は樹海に追い詰められていた。
正直この状況で落ち着けと言う方が狂っている。
(どう考えても分が悪い!)
その時「そっちはダメだ!」とイェンが叫ぶ。
青年はハッとし背後を見た。
「と、止まれえええ!」
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