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第六章

馬には乗ってみよ人には添うてみよ07

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「これがリトスの花か……」

 それは部屋の窓から見えていたあの花だ。
 青年はその場にしゃがむとリーベの手のひらほど小さな花へ顔を寄せる。
 窓から見ていた時は距離があったので分からなかったが、その花びらの中心は白く、花びらの先に向って徐々に真っ赤に染まっている。なんともかわいらしい茶目っ気のある花だ。
 胸に抱いたリーベも目の前の花が気になるのか触ろうと片手をのばす。

「リーベ、これはリトスって花だよ」
「あうー?」
「そうそうリトスな」

 魔王が魔族の王になる前に人間の少女から貰ったという花のたね
 それは今この庭で見事に咲き誇っている。

「これが……」

 この花とは別に青年は〝レーヴ〟という空色の花を知っている。あちらでは珍しくもない花だ。逆にこの花は珍しい。もしかしたら二人が出会ったあの森にしか生息しない花なのかも知れない。
 いや元々あの森にしか自生していない花だったのだろう。なんの因果か今は互いの土地でそれぞれの花を咲かせているわけだ。
 どこまでも続くその真っ赤な花々の道を歩きベンチを見付けて腰を下ろす。

「すごいなぁ」
「うー」
「そんなにすごいか?」

 感動している二人の横に立つイェンには見慣れた光景だ。

「なぁイェン知ってるか? これ魔王さまが持ってきた花らしいぞ」
「あーどうりで、ここは魔王さまのお気に入りだから」
「そのお気にりの場所に俺たちが入って良かったのか?」
「大丈夫大丈夫、ここは魔王さまが城のみんなに解放してるから、二人が気に入ったんなら魔王さまも嬉しいんじゃない?」
「なら良かった」
「ちなみにもうちょっと行った先にはハクイ様の個人的な庭がある」
「それめちゃくちゃ気になるな」
「時間があれば行ってみよう」

 ここでちょっと休憩するかと、イェンが袋の中をあさる。
 手に掴んだのは具を薄切りのパンとパンで挟んだ軽食だ。それを青年に渡して「お姫さまはこっちね」とあらかじめ粉ミルクだけを入れた哺乳瓶を取り出す。

「にしてもさぁパンにこんな食べ方があったんだな」

 イェンは感心したように言う。
 なんでも今日のために昨日からマールに頼んでいたとかで、受け取った際に教えてもらったそうだ。

「え? こっちでもパンは普通に食されているものなのか?」

 膝に座らせたリーベからその葉野菜とおそらくハムを挟んだサンドイッチを遠ざけ「これはリーベには早いからなー」と声をかけながら青年は驚く。
 魔族には食べ物を焼いて食べる習慣がないというからてっきりパンを知らないものと思っていたのだが……。

「そりゃまぁ普通だけど、なに? なんか変?」
「いや、焼いて食べる習慣がないってきいてたからてっきり生物なまものしかないのかと……パンって焼かないと出来上がらないだろう?」

 その言葉に気を悪くしたのだろうイェンの片眉がわずかに上がる。
 イェンによると魔族は食べなくとも生活できてしまうため、食事に関してあまり関心がないのだとか。そのため食に関して工夫ということを殆どしない。
 焼いて食べる習慣がないというのはそういう意味だ。それに年齢によって認識や価値観が極端に異なることも珍しくない。
 魔族と言えば上は何千年以上生きているか分からない者から、下はまだ生まれてから十四年程しか人生を歩んでいない子供と幅広いと聞かされればなんとなく察しがつくというもの、時代とともに人々の環境は目まぐるしく変わるからだ。

 何が言いたいのかというと、焼いて食べる習慣が全くないというのは間違いである。
 彼らにとって食事は生きるために必要なこと、では決してないが娯楽である。
 パンも同じく普段当たり前のようにテーブルに上がるものだが生きるために食事が必要、という訳でもない魔族にとってこのように具を挟んで食べるということを思い付きもしないのだと。

「そうか、娯楽でも工夫しそうなもんだけど」
「悪かったな。もしかしたら広まってないだけで誰かはやってんのかも」
「いやごめん悪気はなかったとは言え失礼なこと言ったわ」
「誰から聞いたのか知らないけど、僕より年上だとちょっと言うことが古いだろうね」
「なるほどねー気を付けとこ」

 さてと、イェンは袋の中からお湯を入れた水筒と湯冷しのお湯を入れた哺乳瓶を取り出す。

「お湯冷めてないか?」
「大丈夫。ちゃんと術で保温効果付けといたから」
「そんなことも出来るのか。魔力って便利だな」
「そうかもね。で、このお湯をこの哺乳瓶ってのに入れて粉を溶かせばいいんだよな?」
「俺がやるよ。リーベ見てもらってもいいか?」
「はいよ」

 サンドイッチを食べ終えた青年はリーベを預けて、哺乳瓶と水筒を受け取る。
 受け取った水筒から粉ミルクの入った哺乳瓶へ少量のお湯を入れ、そのまま哺乳瓶を振って粉ミルクをお湯と混ぜ合わせる。そこへ更に湯冷しのお湯を入れた。
 人肌まで冷ましてから——。

「相変わらず手慣れてるよなアンタ、本当は子育てしたことあるんじゃ?」
「はは、これに関しては俺が出来なきゃお笑い草だよ」
「え?」
「よし、出来た。イェン頼む」

 哺乳瓶を受け取ってイェンはリーベにミルクを飲ませる。

「お待たせお嬢さまお乳の時間だよ」

 ここ数日でイェンはすっかり赤ん坊の抱き方がさまになった。
 リーベもすっかりミルクに慣れてよく飲んでくれる。

「最初は全然飲んでくれなかったから心配したけど」
「やっぱりあれを混ぜたのが良かったのかな」

「あぁ混ぜ……なんだって?」



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