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第六章
馬には乗ってみよ人には添うてみよ03
しおりを挟む〝首を洗って待っていろ!〟
「——ヘックシュン!」
妙な寒気とむず痒さからくしゃみが出ると、傍にいたイェンが「おいおい風邪か?」と訊いてきた。
「いや、誰かが俺の噂してんだわ」
言いながら青年はその人物を頭に思い浮かべる。
マールに伝言を頼んでから数日経つ。動いてはいるだろうが。
「こんなに待つのが楽しみなことはない」
独り言を呟いてベビーベッドにいるリーベを眺める。リーベはお気に入りのうさぎ……のようなお人形で一人遊び中だ。
「あのさぁ部屋掃除したいからちょっとそこどいてくれない?」
軽く返事をし、その場から離れて壁に寄りかかると、箒を片手に床を履くその姿を眺める。
掃除をしているからかイェンはいつもの緑を基調とした衣服の上に白い服を羽織り、三つ編みの長髪を頭の上に結い上げていた。
「……んーお前大変だね。こんなこともしないといけないの」
「じゃあ手伝うか?」
「手伝おうか?」
するとイェンは黙った。
「ここに出入りできる者は限られてるし、あんたらの世話頼まれてんのも僕だけだからな、僕がやるしかないんだよねぇ」
そしてまた、箒で床を掃く。
「へぇそう」
青年はどこから持って来たのか、テーブルを台拭きで奇麗にしていく。
「え? マジでやってくれんの?」
「うん、なんか気の毒でさ」
「うわぁお、上には内緒にしといてくれよ」
「りょーかーい」
二人でリーベを見つつ部屋の掃除をしていてふと悪魔の子たちが気になった。
実はあれから五日経つ、あの日泊まったらしい子供達だったがあれ以来姿を見ていない。
どうしているのかと問うとイェンはあぁと窓際を掃除しながらこたえた。
「別に翌日には帰ったさ」
「帰るってどこに?」
「森だよ森」
窓の外、庭園のその向こうに広がる森林を指してイェンが言う。
「えぇ森って……家があるってのか?」
「さぁねよく分かんないけど、森のどっかに住んでんのは確かだよ」
「見たこと無いのか?」
「ないね」
「気になんないの?」
「なんないね。確認しようと思ったことなんて……」
何かに気付きイェンの手が止まる。
「おかしいな、僕の故郷では悪魔なんていないから、珍しいし気になってもおかしくないのに、なんで気にならないんだ?」
「だろ? フツー気になるって、あんな子供だけで森なんてさ」
「……あ、あぁ…………ハクイ様か、あぁそうだ多分きっと」
イェンはデコを手でおさえて嫌なことに気付いてしまったと先程よりせっせと手を動かす。
「あー怖い怖い。知らないうちになんか術使われてたのかと思うと、あーそうかじゃあ誰も近付かないからいいのか」
「どーしたんだよ」
「んん? いいのとりあえず森で暮らしても特に危険はないってことだよ。あーもうこの話やめよ。背筋が寒い」
「なるほどハクイ様関係か」
まだここに来て数日しか経っていないが、なんとなく青年にも察しがついた。少なくとも魔王やハクイ、イェンの人となりは多少分かるつもりだ。
「分かってんならやめてくれ」
了解了解と言いながら青年は台拭きを洗う。
「ところでさ、魔王さま何してんの?」
実はあの夜、リーベに〝パパ〟と呼ばれたことを得意気に伝えたところ、目に見えて落ち込み、それから姿を見せなくなった。
「何って、特に変わりなく普通に仕事してるよ」
「……ほぉお?」
なるほど既に気を取り直していたか。
「なっっっとくいかない」
「はい?」
青年は洗い終えた台拭きを思いっ切りパンッと音を立て引っ張る。
「人をこんなところに閉じ込めて置いて、あとは放置で自分はいつも通りってなんだ? 俺だってねぇ好きでここに大人しくしているんじゃないんだけど! 少しは外に出歩いたり気分転換ってやつを」
「あぁうんそう言うと思って」
イェンは袖の中から何やら取り出した。それは透き通るような緑の石に小さな穴をあけ革紐を通してある。
「〝魔晶石〟てやつだよ。首飾りにしてみた。やるよ」
ひょいっと投げ渡され、青年はまじまじと眺める。
歪にカットされた石は角度を変えると反射しキラキラと光った。
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