魔王と王の育児日記。（下書き）

第六章

馬には乗ってみよ人には添うてみよ02

「いったい俺にどうしろと言うんだ」

　アルデラミンは大量の書類を前にしながら卓上で手を組み、組んだ手に額ひたいを押し付けて神経質に眉を寄せる。
　その藍色の瞳には苛立ちと困惑と疲れが滲んでいた。

「あのスカポンタンっ」

　瞳と同じ藍色の短髪を鷲掴み小声で叫ぶ、卓上の書類が一枚ひらりと落ち

「随分頭を悩ませているようで」

　その紙をちょうど入室した男が拾い上げた。

「シファーか、これが頭を悩まさずにいられるか？」

　すると男は拾い上げた紙で口元を隠し、目尻に皺を寄せてほくそ笑む。

「いや、お気持はよく分かる」

　切れ長の若松色の瞳が片眼鏡の奥で更に細められ、首から下げた眼鏡のチェーンがかすかに揺れる。
　前王の頃から国営の一切を任されている男だ。

「お前に何が分かる」

　アルデラミンは思わずぼやいて片手で頭を抱える。あの男の顔が浮かんだ。
　今頃あの空色の瞳を悪戯に輝かせ「さていつ頃迎えにくるか」と呑気に茶でも飲んでるに違いない。
　アイツはそういう奴だ。
　あまつさえ「あれはやれと言われたらやる男だ」などとこっちの苦労も知らず抜かしているのだろう。そう考えるとあの憎たらしい顔面を一発でいい、この拳こぶしで思いっきり殴り飛ばせるものならばと思わずにはいられない。
　いや、待てよ。拳が無理なら剣にすればいい、アイツを連れ戻した日には剣術の稽古と称して手合わせをしてやろう。
　あの頃ならいざ知らず。今なら奴より自分の方が実力は数段上だ。一振りであの頬に傷を入れてやる。そこまで考えてはたと気付く。

（あぁ待て顔は駄目か、せめてバレないところ、腕に、いや腹、足か？）

　悶々と考えていると目の前にいる男、シファーが笑う。

「あの方は相変わらずだ。悪い意味で予想の斜め上をいく」
「あぁ全くだ」
「だがちょうど良いと言えばそうだ。予定としては何も支障はない。あちらで冷遇されている訳でもないのだろう？」

　シファーは手に持っていた紙を卓上へと戻し置いて、顔の横に流れ落ちた銀髪を耳の後ろへと掻き上げる。

「まったく、変な書き留めを残して急に姿を晦ませたかと思えば、意味を汲み取るこっちの身にもなりやがれ」

　卓上に戻ってきたその紙をクシャクシャに握り潰す。
　そこには短く〝収穫の時期なので暫く手伝いに出る。適当なところで呼べ〟とだけ書かれている。
　その紙はあの男がここを黙って出て行く前に書き残した物だ。
　さすがにその後、直ぐに魔族に連れ去られる事になろうとは本人も予想だにしなかっただろうが……。

「既に準備は整っている」
「そうだな。あとはどう連れ戻すかだが……」

　マールからの伝言でも〝折を見て迎えに来い〟とあった。つまりはこのまま予定通りにと言う事だが、それにしたって奴がいるのはあの魔族の土地、魔族の領土、あの森から先へはどんなに鍛え上げられた肉体をもってしても到底踏み入ることは困難。
　なぜなら邪気にやられ死んでしまうからだ。

（そう言えばなぜアイツは死なん？　あぁ結界とかいうのを使っているんだったか、マールが言ってたな）

「そんな貴方に朗報です」
「なんだ結界を使える人間でもいるのか？」
「残念ながらこちらにそのような者はいない」

　ですがと勿体つける姿に苛立ち早くしろとせかす。

「虎仙殿こせんどのがお知恵を貸してくれるそうです」

　すると「呼んだかしら？」と扉から黒髪の妖艶な美女が入ってきた。
　その横には黄金の長髪を後頭部で一本に結えた……

「〝陛下〟どうかなさいましたか？」
「アルデラミン！」

　陛下と呼ばれたその者は空色の瞳を険しくし、ツカツカと卓上の前まで来る。
　この場で誰よりも小柄なその姿はどこか張り詰めていた。

「その呼び方はやめてください。もう無理です私には、時間の問題です」

　確かにそうだろうと頷くと、アルデラミンは立ち上がり騎士の身を正す。


「虎仙殿お知恵をお借りしたい」


　こうなれば死ぬ気で何がなんでも連れ戻してやる。
　いやいっそ殺してやる勢いで————。