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第五章
水魚の交わり10
しおりを挟むそしてイェンは息を殺して隣の部屋の様子を伺う。
もし青年に何かあれば直ぐに動けるように、或いは奴がこちらの部屋に来て赤ん坊を狙うかも知れない、そうなればマールも巻き込まれるだろう。だがそうはさせない。
しかし構えながら、本当にこれでいいのかとまた考える。
こんな時間までこんなマールを付き合わせる必要があっただろうか、いやない。しかもこの子供は青年が何をしようとしているのか分かっていないのではないか。
青年は特に詳しくは言わなかったが、イェンは別に鈍い訳ではない。
(……教育に悪くないか?)
隣から微かに聴こえる話し声に耳を澄ませながら、眼の端で後ろを気にする。
幸いにもマールは気付いていないようだったが、緊張した面持ちでリーベを護るように赤ん坊用のベッドの柵をひしりと握っていた。
何かあったら自分が護るつもりでいるのだ。その健気な姿をイェンは哀れに思う。何故なら隣ではとんだ茶番が繰り広げられているのだから。
(まさかあの人間、ただ悪魔と遊んでみたかっただけじゃないよなぁ?……物好きな)
呆れながら会話を聴いて術を唱える。
別に直接自分が引っ捉えても良かったのだが、今朝のように万一逃げられでもしたら元も子もない。
つまりは青年は囮と言う事だ。
イェンは立ち上がる。隣へ続く扉を開くと状況が飲み込めていない悪魔の声。
魔術で部屋を明るく灯せば、寝台の上に重なる悪魔と人間。
なんつーもんを見せられてるんだと思いつつ、いやある意味貴重なもん見てるかと思い直す。
『はーい、そこまで』
――さて、そんな訳で現在この状況だ。
青年は此方へ呆れた視線を向ける彼を眼に止める。
「なんだよ早かったな。これからいいとこだってのに」
「だからに決まってんだろ何しようとしてんだアンタ」
「いやだなイェンくん。わかってる癖にー」
わざと見せ付けるように、悪魔の身体にしなだれかかる。
「さては貴様か、この俺に何をした!」
苛つきを隠さずに悪魔はイェンを睨みつけ、だがイェンはただ面倒そうに「ただの捕縛の術だよ」と言う。
「あんまり無理して動こうとしないでくれよ? 加減が狂うから」
イェンが多少脅して、悪魔が舌打ちした時「あの~」と隣の部屋から此方を伺うような声。
「あぁマール安心していいぞ。奴をひっとらえた。お前もこっち来るか?」
その言葉にイェンがギョッとする。
「待て待てまだ来なくていいから! おいアンタ早く服を着ろ。子供に何を見せる気だ?」
「見せるも何もまだなんにもやましい事は」
「「いいから服を着ろ」」
身動きはとれないが鬼の形相で睨みつけてくる悪魔と、冷ややかなイェンの眼差し、何故か息ピッタリに言われ、青年は渋々寝間着を羽織った。
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