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第五章
水魚の交わり09
しおりを挟む――――物音一つしない丑三つ時。星の煌めきが霞むほど暗いその部屋で、足音を静かに響かせ、寝台に横になるその姿を眼に止めるとその手をのばした。
「こんばんはお兄さん」
突然かけられた愉快そうな囁き。反射的に身を引こうとしたが、伸ばした手を強引に引っ張られ首に何かが絡みつく、そのまま身体ごと引き寄せられて。その柔らかな布地の上に肘と膝をつくと、今度は耳元で「待ちかねたよ」と囁かれた。
「ッ貴様」
狼狽する身体に密着した生暖かい人の体温。
眉間に皺を寄せ、眼をこらす。くすんだ黄金色(こがねいろ)のような髪が月明かりに照らされ金色(きんいろ)に輝き、まるで昼間みるような空色の瞳が全てを見透かすように楽しげに目尻を下げる。
それは昼間見た人間の男で間違いなかったが、どうにも雰囲気が違う。
薄い布一枚から剥き出す脚が月明かりのせいか妙に艶めかしく自身の腰に絡みつく。
「何をする」
「おっと、まさか先に言われるとは」
「離せ」
「つれないねぇ、そのつもりで来たんじゃないのか?」
「ッなんの話だ」
すると眼の前の人間は「酷いなぁ。しっかり湯もあびて準備万端で待ってたのに」と残念そうな振りをする。
「それで? お兄さんの目的は?」
それにはこたえず、この場から離れようとして違和感に気付いた。
「……貴様、何をした?」
すると眼の前の人間は薄っすらと微笑む。
「さて、なんでしょう?」
するりと頬を撫でられた時、突然部屋に光が灯る。
「はーいそこまで」
そして突然何者かが現れた。
**********
『――【出直しだ】と言っていたからな』
ほんの数時間前、どうして夜中にあの悪魔がまた現れると思うのか、イェンは問うた。すると青年はそうこたえたのだ。
イェンは訝しんで、どうしてそれだけで【いつ】来るとわかるのか、そんなにアンタの勘とやらはあてになるのかと問えば。
『勘と言うかこれでも考えがあっての勘だよ。あの悪魔は見たところ気が短そうだ。後先考えず感情のままに動きだすタイプだろう。それで出直しだとくれば、俺達が寝静まった頃に動き出すんじゃないか? そこでまたここに来るようなら俺が奴をひっ捕まえて事情を聞いてやろうってだけの話だよ』
と、青年は言ったのだ。
『まぁ確かに、目的がわかんねぇってのが一番こぇし』
『そうそう』
『でもどうする気だ? また逃げられたら?』
『そこで相談なんだけど――』
そう言葉をかわして今に至る。
(本当にこれで良かったのか)
そんな事を思いながらイェンは隣の部屋で灰の魔族の子供であるマールと共に息を潜めていた。
そのマールの傍らには何も知らぬリーベが結界に護られながらすやすやと寝息をたてている。
ふと青年がいる部屋から物音が聞こえ、イェンは来たぞとマールに目配せする。するとマールは緊張した面持ちでしっかりと頷いた。
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