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第四章
塞翁が馬22
しおりを挟む月に向かい消えていく光へと手を伸ばして、はっとして手元を見ると、先程まで男が身に付けていた黒衣の衣服だけを握っていた。
「あの方は月へと導かれたのです。そして貴方も」
気が付くと辺りはすっかり元の世界を取り戻し、自分は真っ赤な玉座の前でただ呆然と立ち竦む。
「……なぜ《俺》はここにいるんだ? どうして俺が……本当に殺す必要があったのか? 他に方法はなかったのか?」
自分でもワケの分からない感情に、残されたそれだけをただただ強く握りしめ、声になるかならないかの声を「どうして、何故」ともう一度呟いたところで、城の外が騒がしくなった。
「……どうやら目覚めたようですね」
声のする方へ視線を向け、ハクイは立ち上がる。
「時期に貴方が眠らせた全ての者が目覚める事でしょう」
そして静かな、けれども強い意思をもった瞳で此方を見据える。
「前王は歴代の王の中でも素晴らしいお方でした。そして長きにわたり民に慕われ民の為に生き、民に愛された。あの方が素晴らしければ素晴らしい程、新たな王の足枷になる。民に慕われぬ王は民を護れない」
「……何が言いたい」
(だから非道な王を演じたとでも言う気か)
「貴方は一生あの方の足元にも及びません。それでも」
続く言葉があの少女の声と重なった。
『貴方がこの地の魔族の王だからだわ』
「貴方がこの地の魔族の王なのです」
『ねぇレーヴ私ね。本当は怖かったのよ。とても小さな国のただの世間知らずの娘が、この大きな国を納める方の妃になるの。今までみたいに自由もきかなくなって、責任だってとても重いわ。だから本当は逃げ出したかった』
『けど、やっぱりやめたわ。だって私がこの地に来たのは意味があるんだもの、私はこの国の《人々の王妃》なんだわ』
『だから一緒に頑張りましょうよ』
(出来るだろうか俺なんかに)
『最後にいい事教えてあげる。王様の時はね。自分を《私》って言うといいのよ。そしたらね。きっと皆の王様に心が切り替わる筈だわ』
「私は……」
城の外がやけに騒がしい。
「どうやら新たな王の誕生を待ちわびているようですね」
ハクイのその言葉を聞きながら、握り締めていた黒衣の衣服を羽織る。
「……魔王さま?」
「行くぞ」
そう言ってバルコニーへと向かう。
途中、ポケットがカサリと鳴り、何かと思って手を入れれば袋があった。
あの少女から貰った花の種をしまった袋が――。
『この花はね。勇気の花よ。私のお気に入りの花。よく見て、種がなっているわ。その種を撒いて花が咲いた時にはきっと、私達は立派な《魔王と王妃》になっている。きっと』
「あぁきっと、そうなってみせる」
袋をポケットに戻して、今度こそ今か今かと待ちわびる民衆の前へと足を踏み出した。
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