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第四章

塞翁が馬20

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ずっと気丈に振る舞っていた男の赤い瞳が僅かに涙で濡れる。

「一時は貴方が全ての元凶だと恨み、早く殺さねばと焦りもした。けれどそれでは何も解決しない」

男の瞳が、表情がはっきりと強い意思を持つ。


「貴方に我々魔族の王になって頂きたい」


全員が顔を上げ、ただ見詰める。
まるで最後の《希望》にすがるように。

その光景に、思わず後ずさる。


(何故、なんで……)


自分はただ何も知らず、自分の事を人間だと思い込んでいた。
違うと分かるとただ途方にくれて、己のせいで誰かが犠牲になっているとも知らずに逃げ惑ってきた。
挙げ句の果てには、今になって殺して貰おうと、楽になろうとしていただけなのだ。


(そんな情けないただの男なんだ)



「《陛下》!」


(なのに)


「どうか《国》を変えて下さい」「我々に出来る事があればなんでもします」「心穏やかに暮らせる日々を」「我々は間違っていたのです」「月が新たな王を示した時にもはや全てが変わっていた、いや移り変わらなければならなかったのです」
「今こそ変わる時なのです新たな時代へ」

「その時が来たのです!」


次から次へと投げ掛けられる言葉を全て凪ぎ払うように、声にならない声を叫び。
そのまま彼らの間を足早に突っ切る。

それでも尚も追い縋るように声が付きまとう。

「陛下」「新たな王よ」「どうか!」


(なんなんだ)


「我らを《お導き》下さい!」


(どうして)


無我夢中で走り、急に視界が開けるとそこから広がっていたのは魔族の土地。

枯渇し寂れた大地。

土煙が舞うその中を、歩を進め、人が住んでいるのか、そもそも住めるのか分からぬ家々を眺め、歩く。

ふと、一軒の家の前に倒れていた魔族に恐る恐る近付いた。
骨と皮だけのガラガラに痩せ細った身体。
声をかけてもなんの反応もなく、もはや分かってはいたが、何かの間違いではと、確認する。
触った瞬間に伝わる石のような冷たさと固さ、それでも信じられず、口元に手をあてて、息をしているか確かめた。

「嘘、だろ……魔族は、死なないんじゃないのか? こんな簡単に、死にやしないんじゃ」


以前流れ着いた時、この村はこんな様子ではなかった。
元々は農家を営む魔族達が汗水を流しながらも皆、生き生きと1日1日を過ごしていた。
そうではなかったか?
身を隠し潜めながら、確かにこの村の者は皆、輝いていると。
そう感じた筈だ。

なのに

「何が、何が、あったと言うんだ……」

頭が回らない、ただ現実を受け入れられず、他に人はいないかと辺りをさ迷う。
けれどいくら進めど誰一人姿を現しはしない。

「俺のせいだとでも言うのか?」


――ふらふらとどれくらい歩き続けただろうか、今までとは違った小綺麗な街並みへ出た。
けれどもこの霧のように沈みきった空気はなんだ。
ここはもっと活気があった筈じゃないか?
ここは中心街だろう。

目の前を横切る、痩せ細った赤毛の女性と眼があった。

彼女が手に持つ紙がくしゃりと歪む、ブルブルと手を震わせこちらを凝視し、みるみるうちにそのみどりの瞳に涙をうかべる。



その小さな呟きを、周囲の者は聞き逃しやしない「なんだって?」とこちらを振り向く。
「王がいるだと?」「新しい王なのかそうなのか?」

疑いの眼差しで、じりじりと近寄って、誰か分かるとギラギラと瞳を輝かせ、涙を流す。

「あぁ確かにそうだ貴方こそが」「あぁ王だ! 皆我らの新たな王だそ!」「お待ちしておりました陛下」「もう今の王ではダメなのです」「貴方を捕らえる為なら私達などどうなろうとも良いのです」

止まらぬ言葉。
どうして自分だと分かるのか。

「王は私の妻を殺した」「あたしもあたしも旦那を」「税もありえないくらい高くなりました」「貴方を捕らえる事が出来ないのは我らのせいだと、だから苦しんで当たり前なのだと言い出したのです」「そして私達は断罪人であると言うのです」「国の魔族全てに貴方を捕らえるようにとさすれば平穏が訪れると」

(やめてくれ)

「あの方はおかしくなってしまわれた!」

「誰も悪くないのです! 誰も!」
「もはや貴方にすがるしか……!」

(やめてくれ)

「 貴方様しかいないのです!」
「私達の世界を変えて下さい!」

「「あぁ我らをお救い下さい!」」


(やめてくれ!)


『お前は私の《希望》だ』


(俺は……!)


『貴方は私に《夢》のような一時を』



「どうして俺なんだ!!」


張り裂けんばかりに声を張り上げ、魔力を無意識に――。

一人、二人と、周りにいた者達が静かに倒れていく。

肩で呼吸をしながら倒れ行くその音を聞いて、本当に何も聞こえなくなった時。
ようやく顔を上げた。


「どいつもこいつも勝手だ。勝手に俺に《夢》や《希望》を見て、求めて押し付けて」


ふつふつと、静かに怒りがわきあがる。



『貴方がこの地の魔族の王だからだわ』


いいだろう応えてやる
そうまでして俺に来て欲しいのならば
そうまでして俺を求めるのならば


『王様の時はね。自分を《私》って言うといいのよ』




私が



「――私が魔族の王だ」





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