94 / 168
第四章
塞翁が馬20
しおりを挟むずっと気丈に振る舞っていた男の赤い瞳が僅かに涙で濡れる。
「一時は貴方が全ての元凶だと恨み、早く殺さねばと焦りもした。けれどそれでは何も解決しない」
男の瞳が、表情がはっきりと強い意思を持つ。
「貴方に我々魔族の王になって頂きたい」
全員が顔を上げ、ただ見詰める。
まるで最後の《希望》にすがるように。
その光景に、思わず後ずさる。
(何故、なんで……)
自分はただ何も知らず、自分の事を人間だと思い込んでいた。
違うと分かるとただ途方にくれて、己のせいで誰かが犠牲になっているとも知らずに逃げ惑ってきた。
挙げ句の果てには、今になって殺して貰おうと、楽になろうとしていただけなのだ。
(そんな情けないただの男なんだ)
「《陛下》!」
(なのに)
「どうか《国》を変えて下さい」「我々に出来る事があればなんでもします」「心穏やかに暮らせる日々を」「我々は間違っていたのです」「月が新たな王を示した時にもはや全てが変わっていた、いや移り変わらなければならなかったのです」
「今こそ変わる時なのです新たな時代へ」
「その時が来たのです!」
次から次へと投げ掛けられる言葉を全て凪ぎ払うように、声にならない声を叫び。
そのまま彼らの間を足早に突っ切る。
それでも尚も追い縋るように声が付きまとう。
「陛下」「新たな王よ」「どうか!」
(なんなんだ)
「我らを《お導き》下さい!」
(どうして)
無我夢中で走り、急に視界が開けるとそこから広がっていたのは魔族の土地。
枯渇し寂れた大地。
土煙が舞うその中を、歩を進め、人が住んでいるのか、そもそも住めるのか分からぬ家々を眺め、歩く。
ふと、一軒の家の前に倒れていた魔族に恐る恐る近付いた。
骨と皮だけのガラガラに痩せ細った身体。
声をかけてもなんの反応もなく、もはや分かってはいたが、何かの間違いではと、確認する。
触った瞬間に伝わる石のような冷たさと固さ、それでも信じられず、口元に手をあてて、息をしているか確かめた。
「嘘、だろ……魔族は、死なないんじゃないのか? こんな簡単に、死にやしないんじゃ」
以前流れ着いた時、この村はこんな様子ではなかった。
元々は農家を営む魔族達が汗水を流しながらも皆、生き生きと1日1日を過ごしていた。
そうではなかったか?
身を隠し潜めながら、確かにこの村の者は皆、輝いていると。
そう感じた筈だ。
なのに
「何が、何が、あったと言うんだ……」
頭が回らない、ただ現実を受け入れられず、他に人はいないかと辺りをさ迷う。
けれどいくら進めど誰一人姿を現しはしない。
「俺のせいだとでも言うのか?」
――ふらふらとどれくらい歩き続けただろうか、今までとは違った小綺麗な街並みへ出た。
けれどもこの霧のように沈みきった空気はなんだ。
ここはもっと活気があった筈じゃないか?
ここは中心街だろう。
目の前を横切る、痩せ細った赤毛の女性と眼があった。
彼女が手に持つ紙がくしゃりと歪む、ブルブルと手を震わせこちらを凝視し、みるみるうちにその翠の瞳に涙をうかべる。
「あぁ我らが王よ」
その小さな呟きを、周囲の者は聞き逃しやしない「なんだって?」とこちらを振り向く。
「王がいるだと?」「新しい王なのかそうなのか?」
疑いの眼差しで、じりじりと近寄って、誰か分かるとギラギラと瞳を輝かせ、涙を流す。
「あぁ確かにそうだ貴方こそが」「あぁ王だ! 皆我らの新たな王だそ!」「お待ちしておりました陛下」「もう今の王ではダメなのです」「貴方を捕らえる為なら私達などどうなろうとも良いのです」
止まらぬ言葉。
どうして自分だと分かるのか。
「王は私の妻を殺した」「あたしもあたしも旦那を」「税もありえないくらい高くなりました」「貴方を捕らえる事が出来ないのは我らのせいだと、だから苦しんで当たり前なのだと言い出したのです」「そして私達は断罪人であると言うのです」「国の魔族全てに貴方を捕らえるようにとさすれば平穏が訪れると」
(やめてくれ)
「あの方はおかしくなってしまわれた!」
「誰も悪くないのです! 誰も!」
「もはや貴方にすがるしか……!」
(やめてくれ)
「 貴方様しかいないのです!」
「私達の世界を変えて下さい!」
「「あぁ我らをお救い下さい!」」
(やめてくれ!)
『お前は私の《希望》だ』
(俺は……!)
『貴方は私に《夢》のような一時を』
「どうして俺なんだ!!」
張り裂けんばかりに声を張り上げ、魔力を無意識に――。
一人、二人と、周りにいた者達が静かに倒れていく。
肩で呼吸をしながら倒れ行くその音を聞いて、本当に何も聞こえなくなった時。
ようやく顔を上げた。
「どいつもこいつも勝手だ。勝手に俺に《夢》や《希望》を見て、求めて押し付けて」
ふつふつと、静かに怒りがわきあがる。
『貴方がこの地の魔族の王だからだわ』
いいだろう応えてやる
そうまでして俺に来て欲しいのならば
そうまでして俺を求めるのならば
『王様の時はね。自分を《私》って言うといいのよ』
私が
「――私が魔族の王だ」
2
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。
なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。
なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。
「まあ何も変わらない、はず…」
ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。
ほんとに。ほんとうに。
紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22)
ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。
変化を嫌い、現状維持を好む。
タルア=ミース(347)
職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。
最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

紹介なんてされたくありません!
mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。
けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。
断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

真面目系委員長の同室は王道転校生⁉~王道受けの横で適度に巻き込まれて行きます~
シキ
BL
全寮制学園モノBL。
倉科誠は真面目で平凡な目立たない学級委員長だった。そう、だった。季節外れの王道転入生が来るまでは……。
倉科の通う私立藤咲学園は山奥に位置する全寮制男子高校だ。外界と隔絶されたそこでは美形生徒が信奉され、親衛隊が作られ、生徒会には俺様会長やクール系副会長が在籍する王道学園と呼ぶに相応しいであろう場所。そんな学園に一人の転入生がやってくる。破天荒な美少年の彼を中心に巻き起こる騒動に同室・同クラスな委員長も巻き込まれていき……?
真面目で平凡()な学級委員長が王道転入生くんに巻き込まれ何だかんだ総受けする青春系ラブストーリー。
一部固定CP(副会長×王道転入生)もいつつ、基本は主人公総受けです。
こちらは個人サイトで数年前に連載していて、途中だったお話です。
今度こそ完走させてあげたいと思いたってこちらで加筆修正して再連載させていただいています。
当時の企画で書いた番外編なども掲載させていただきますが、生暖かく見守ってください。

見ぃつけた。
茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは…
他サイトにも公開しています

拝啓お父様。私は野良魔王を拾いました。ちゃんとお世話するので飼ってよいでしょうか?
ミクリ21
BL
ある日、ルーゼンは野良魔王を拾った。
ルーゼンはある理由から、領地で家族とは離れて暮らしているのだ。
そして、父親に手紙で野良魔王を飼っていいかを伺うのだった。

傷だらけの僕は空をみる
猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。
生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。
諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。
身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。
ハッピーエンドです。
若干の胸くそが出てきます。
ちょっと痛い表現出てくるかもです。

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる