魔王と王の育児日記。(下書き)

花より団子よりもお茶が好き。

文字の大きさ
上 下
93 / 168
第四章

塞翁が馬19

しおりを挟む



『ある時、一人の人間の男が、森の泉に迷いこんだ。
その男は妻と息子、いっぺんに亡くしたばかりで、死に場所を探し途方にくれていた。
そんな時、声が聞こえたのだ。赤ん坊が泣く声を。
導かれるようにその赤ん坊に近付き抱き上げる。
すると赤ん坊はピタリと泣き止み、すやすやと寝息をたてだした。
その姿をみて男は思ったのだ。
これはきっと、神が授けてくださったに違いないと。哀れな男に与えられた慈悲なのだと。
生きる気力を取り戻した男は、さっそくその赤ん坊を連れ帰ったんだ』

『それでどうなったの?』
『それはそれは苦労して育てたさ、男一人でなんて、女でも苦労するのに、いつもその子を背負ってな、歩き回ったもんだよ』
『なんで?』
『働かなきゃ喰ってけないだろう? たまに知り合いのご婦人に預かって貰ったりもしてなぁ。まぁ色んな人に世話になったのさ』
『それって大変じゃないの?』
『そうさとても大変だったんだ。けれどな。けれど、それでも男は幸せだった。生きるのが楽しかったんだ』
『全然わかんないや。この話しつまんないよ』

『はは、そうだろうな。でもいつかきっとお前にも分かる時が来るさ。どんなに苦労しても、確かにそこに幸せがあるってな』


昔よく父が話してくれたことが頭に響く。
あの頃はいつもつまらない作り話だと思っていた。
けれどあの日。
逃げ出して直ぐにこれは己の話しだったのだと、父と自分の事であったのだと気付いた。

きっと父も初めは知らなかった筈だ。俺が魔族の子であるなど、気付いていたならきっと拾わなかった筈だ。きっと。きっとそうだ。
そうしていたなら――。


(どうしたら良かったんだ……)

父は亡くなっていた。
あの墓を見るまでは、心の何処かでまだ父は生きていると、もしくは自分が逃げ出してからも、少しは長生きしていたかも知れないと。
その僅かな望みさえも全て消え失せた。

「俺が殺したのか? 俺が?」


(そんなつもりはなかった。そんなつもりは)

「何処から間違った?」

自分がそうかも知れないと気付いた時に、あの家から出なかったからか?

「何が正しかった?」

父が俺を拾わなければ良かったのか?


(違う。俺が悪かった。俺が自分は人間ではないと認めるのが怖くて、気付かない振りをしたから、自分を認めなかったから、何かがおかしいと感じていたあの時に家を出ていれば良かったんだ)


『お前は生きる希望だ』

(違う)

『だから《ユミト》と名付けたんだ』

(やめろ!)

いつか父が教えてくれたそれは、あの頃は誇らしかった。
けれど今は自分を追い詰めるただの《呪い》だ。


「俺は希望なんかじゃない、俺には生きる資格なんかっ!」


その時、何処から現れたのか、ざっと周りを魔族に囲まれた。

追っ手だ。

今の今まで忘れていたその存在に、もはや苦笑がもれる。

「なんだ。丁度良かった」

もう疲れた。
もう疲れたんだ。

ここで、全てを終わりにしよう。
そもそも逃げる必要なんか初めからなかったんだ。

覚悟を決めたその時。
目の前の魔族が一斉に膝まずいた。


「今までのご無礼、どうかお許し下さい」

一番前にいる、隊を率いているらしい男がよく通る声でそう言った。

この男は良く知っている、いつもしっかりと隊をまとめ率いて俺を追い詰めた。
何度捕らえられそうになった事か。
俺をその鋭い瞳で、憎き仇とでもいわんばかりに見ていたそれが、今は別の光を宿し、しっかりと俺を見ている。
けれどそれは、何処か疲れてもいた。

「今まで我が隊は、陛下に命じられるまま貴方を追っていた。それが正しいと信じて、それが国の為に、我々魔族の為になると信じて、だからこそ、次の魔王である貴方を消そうと……けれどご覧下さい我々を」

言われ見れば、初め見た時とは違うすっかり薄汚れたその姿、一人一人が疲れた顔で、もうその眼に、自分を捕らえようとしてきた恐ろしい光はない。

「我々は何も知らずここまでずっと追い続けて来ました。しかし、その間に我がはすっかり変わってしまった。……我々にも家族がいます。子はいなくとも、嫁や愛する人がいます。本当の子でなくとも我が子のように面倒をみている家族だって。大切な友人だっております。愛する大切な人が沢山。……陛下は確かに素晴らしいお方でした。我々を、国を愛していた。あの方はいつも素晴らしい政策で人々を導いてきた」

「けれど」と、男は悔しそうに顔をしかめる。

「陛下は、今の我らの王は、すっかり変わられてしまった。貴方を捕らえる為だけに躍起になって、貴方を殺す事だけを考えて、他の事には見向きもしなくなった。貴方がいつ自分に牙を向けるかとそれだけしか考えていない」

男は語る。
この隊の他にも各地に俺を殺す為だけに派遣された魔族が沢山いると

「貴方は本当に上手に逃げおおせる。奇跡のように難を逃れる方だ。あと少しの所でいつも掴めない」

まるでそれは水のようだと、いくら掴もうとしても、隙間からするりと逃げて行ってしまう。
そうして時間がかかるにつれ、当然陛下の苛立ちは強くなっていった。

どうしてたかが魔族の小僧一人にこんなに手こずっているのかと。

「次第に陛下は、我々の大切な者を手にかけるようになりました。一人、一人。順にです。毎日誰かの愛する者が一人、殺されていくのです。女子供も構わず、そして早く貴方を連れてこいと言うのです。余がこの手で殺す。さすればこの地獄も終わると」

すると、一人の男が声を殺しながら泣き始めた。

「彼はつい最近、我が隊に入ったばかりの若造です。彼は私達と合流する前に、四日で貴方を連れて来れなければ、お腹の子供共々嫁を始末すると言われ、もう五日が立ちました」

ただ黙って下を向いている男達の肩が震えている。僅かに溢れてしまった涙が、地面を濡らし、色を変える。


「全ての事は彼から聞きました。それまで我が隊は、何も、何も知らなかった。自分が守りたかった愛する者が、もう既にに残っていないなど……!」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

ペットの餌代がかかるので、盗賊団を辞めて転職しました。

夜明相希
BL
子供の頃から居る盗賊団の護衛として、ワイバーンを使い働くシグルトだが、理不尽な扱いに嫌気がさしていた。 キャラクター シグルト…20代前半 竜使い 黒髪ダークブルーの目 174cm ヨルン…シグルトのワイバーン シグルトと意志疎通可 紫がかった銀色の体と紅い目 ユーノ…20代後半 白魔法使い 金髪グリーンの瞳 178cm 頭…中年 盗賊団のトップ 188cm ゴラン…20代後半 竜使い 172cm

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】俺はずっと、おまえのお嫁さんになりたかったんだ。

ペガサスサクラ
BL
※あらすじ、後半の内容にやや二章のネタバレを含みます。 幼なじみの悠也に、恋心を抱くことに罪悪感を持ち続ける楓。 逃げるように東京の大学に行き、田舎故郷に二度と帰るつもりもなかったが、大学三年の夏休みに母親からの電話をきっかけに帰省することになる。 見慣れた駅のホームには、悠也が待っていた。あの頃と変わらない無邪気な笑顔のままー。 何年もずっと連絡をとらずにいた自分を笑って許す悠也に、楓は戸惑いながらも、そばにいたい、という気持ちを抑えられず一緒に過ごすようになる。もう少し今だけ、この夏が終わったら今度こそ悠也のもとを去るのだと言い聞かせながら。 しかしある夜、悠也が、「ずっと親友だ」と自分に無邪気に伝えてくることに耐えきれなくなった楓は…。 お互いを大切に思いながらも、「すき」の色が違うこととうまく向き合えない、不器用な少年二人の物語。 主人公楓目線の、片思いBL。 プラトニックラブ。 いいね、感想大変励みになっています!読んでくださって本当にありがとうございます。 2024.11.27 無事本編完結しました。感謝。 最終章投稿後、第四章 3.5話を追記しています。 (この回は箸休めのようなものなので、読まなくても次の章に差し支えはないです。) 番外編は、2人の高校時代のお話。

皇帝に追放された騎士団長の試される忠義

大田ネクロマンサー
BL
若干24歳の若き皇帝が統治するベリニア帝国。『金獅子の双腕』の称号で騎士団長兼、宰相を務める皇帝の側近、レシオン・ド・ミゼル(レジー/ミゼル卿)が突如として国外追放を言い渡される。 帝国中に慕われていた金獅子の双腕に下された理不尽な断罪に、国民は様々な憶測を立てる。ーー金獅子の双腕の叔父に婚約破棄された皇紀リベリオが虎視眈々と復讐の機会を狙っていたのではないか? 国民の憶測に無言で帝国を去るレシオン・ド・ミゼル。船で知り合った少年ミオに懐かれ、なんとか不毛の大地で生きていくレジーだったが……彼には誰にも知られたくない秘密があった。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

紹介なんてされたくありません!

mahiro
BL
普通ならば「家族に紹介したい」と言われたら、嬉しいものなのだと思う。 けれど僕は男で目の前で平然と言ってのけたこの人物も男なわけで。 断りの言葉を言いかけた瞬間、来客を知らせるインターフォンが鳴り響き……?

処理中です...